第十二話 残念な世界一周
世界は広い。全てを見渡そうとすれば、そこに息づく命が見えなくなるほどには。
世界は丸い。真っ直ぐ飛び続ければ、やがて元の場所へと戻ってくる。
世界は美しい。何よりも細かく大きく色鮮やかな細密画だ。
「というわけで、世界はどうだいハニー。」
「いきなり攫っておいて何を言い出すかと思えば、私とあなたは初対面な上、これが私の初台詞なんですけど!?」
真っ白な力強く美しい翼。淡い虹色の大きく長い尾羽。薄紫色の丸い五つの目。攫われたミュツィから見ても美しいとは思うが、ミャージは性格も行動も残念な精霊だ。
「あー確かに精霊って自分本位な奴が多いって話は聞いた事があるけど、こういう方向とは予想外……。」
いつもと変わらない普通の日。天気が良かったから洗濯物を干して、あんまり風が気持ちよかったからちょっと散歩でもしようかと道に出て空を見上げたら白いものが見えた。そして気付けば大きな白い鷲のような精霊の上に座っていた。
「君の中で僕らはどんなイメージなのかい?」
「上から目線で人の都合などお構いなしに自分の欲しいものを求める奴。」
ノンブレス。ミュツィはもうどうにでもなれと思った事を言ってやったら、ミャージはくつくつと笑っていた。
「うーん、そういう奴は少ないとは言わないけど、半分もいないよ?僕らだって個性はあるし。」
「ま、どーせ私もただの田舎娘だしね。近所にいたのがたまたまそんな感じだったんじゃない?」
「近所、近所……、あれ、どんなのがいたっけ。」
「そんな事言われても私も知らないよ。あー……昔聞いた話では砂漠の魚とかあったなあ……。」
「え?砂漠?君の住む村の近くに砂漠なんてあったっけ?」
「さあ?時々うちの村に来てた旅商人が話してくれただけだし。あ、あと芋好きの奴とか結構衝撃的だったかな。」
「ああ、あれは僕も友人から聞いた事あるかな。」
「え、あんた友人とかいたの。」
「いるよ!君結構ズバリと言うよね。嫌いじゃないけど。」
「そう?いっそさっさと嫌われて、捨てられるなり食われるなりしちゃえばいいかなって考えてんだけど。」
「食べないし捨てないから。捨てるぐらいならちゃんと元の場所に帰すし。」
「へえ、意外とその辺はしっかりしてるんだね。ただのタラシかと思ってた。」
「人の事を何だと……。」
「ところで、攫うのはこれで何人目?」
「さあ?」
「……やっぱりただのタラシか。」
「違う!そもそもちょっと連れてきてみたりはしたけど、言葉巧みに騙したりはしてないじゃん。そう、告ったけど互いにいまいち合わなくて別れた的な。ちなみに、君はこれまでになく割といい感じだと思ってる。」
「……そう。」
「へえ、君も照れるんだ……って何で殴ったの。」
「全然応えてない……。殴った気もしない……。あと、あんた見てるとちょっとイラついて。」
何故かその後も続く会話。そこそこのスピードで世界を回っていると、初めやや右前方の高い所にあった太陽が少し後ろに傾いてきた。時間の基準になるものがないこの場所では、どれぐらい飛んでいたのかはっきりしない。ただ、初めて見る広い世界はとても美しく、時間を忘れるようだった。
「そういえば、あんたはどこの出身なの?」
「え?僕?んー、生まれたのは高い山の天辺だけど、それからずっと旅してるしなあ。というか、生まれたところは親の支配領域っていうか、分かりやすく言うと他人の縄張り?みたいなイメージで基本すぐに自分の居心地のいい場所を探しに行っちゃうから、僕らはあんまり生まれは意識しないんだけど。」
「ふーん、そうなんだ。物心も初めからついてたりするの?」
「そうだねー。世間知らずではあっても、親に育てられる必要は最初からないね。よほどの物好きでもなきゃ面倒は見ないよ。」
「あんたは?」
「んー、相手が子供好きならちゃんと面倒みてもいいかな。そういう人の子なら面白そうだし。」
「そう。」