第十話 海の底の拾い物
気紛れだった。いつも通りに落ちていたものを拾って、その中に紛れていた死体を蘇らせたのは。
ここは特別浅くもなければ深くもない、生身の人間が訪れるには少々厳しすぎるような深さの海の底。調整された潮の流れにより色々なものが流れ着くが、航路とは大きく外れているために人を見る事はほとんどないし、見かけてもそれは既に魚などに食い荒らされて原形を留めていないような死体ばかり。だから、彼はそれを見つけた時、少々物珍しいものを見つけたという感想を抱いた。
皮の手袋と丈夫そうな靴、短パンにノースリーブと動きやすそうな服装の女性。真っ黒な長い髪だけは少々活動の邪魔になりそうだったが、もしかしたら元は括っていたのかもしれない。
いつも通り、それ以外のガラクタと共に住処にしている広い洞窟に運ぶと、彼は彼女を蘇生し、同時にもう一つの魔法をかけた。
「うう……。」
「目を覚ましたようだな。」
かけられた声に女性ははっとして目を向ける。大きな角のような棘と細長い尾を持つ、ウツボと三葉虫を足したような形。女性は驚きの声を上げようとして、慌てて手で口を塞いだ。
「空気など微塵も残っていないはずだが。」
「えっ。えっ……あ、あれ……?」
この状況と、それきり何も言わない精霊に女性は戸惑ったが、やがて落ち着くと女性はヒュザと名乗り、精霊も短くセザヒとだけ名乗った。
「あの……助けていただいたのはありがたいのですが、出来れば状況説明をしていただけると……。」
「拾ったガラクタの中に綺麗な状態の死体が紛れていた。それを何となく蘇生させた。」
簡潔過ぎる説明に女性は何とも微妙な顔をする。しばらく手元と精霊を見比べるように視線をやっていたが、ぶつぶつと独り言にも満たない言葉を漏らしながら、今に至る状況を振り返り始めた。ふと顔を上げておずおずと口を開く。
「あ、あの、もしよろしければ私を」
「死にたいなら死なせてやるが、それ以外の事をしてやる義理はない。」
かぶせられた淡々とした言葉に女性は一瞬だけムッとする。だが、本来であればこうして再び意識のある状況すらあり得なかった物。女性は海水に紛れて見えない涙を一滴だけ零すと、うつむきがちに違う要望を口にした。
「この場所を探検させてもらってもいいですか。」
「構わぬ。どうせガラクタしか置いてないからな。」
苔むしたコイン、壊れた船の断片と思しき大きな木片、触れれば原形なく破れそうなボロボロの書物、元の色も分からないほどに汚れた何かの布きれ。予想よりも広かった洞窟内には、あの精霊でも一度には持ちきれそうにはない量のガラクタが無造作に積まれていた。ヒュザはその中からいくつかの本とコインをそっと持ち出すと、先程と変わらない様子のセザヒの前に置いた。
「これ、読めるようにできますか。」
セザヒはほとんど動かないまま、本とコインは新品同様の姿となり、本をぱらりと捲ってみれば地上と同じように読むことが出来そうだった。
「こうして時々本を拾ってきてくれるなら、このままここにいてもいいですよ。」
そう言うヒュザの表情は決して明るいものではなかったが、少しだけセザヒに笑い掛けていた。