1ー8.真夜中のお茶会(前編
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1ー8.真夜中のお茶会(前編
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とうとう時刻は二時を回って三時過ぎを迎えていた。
今さら二度寝に入るわけにもいかず、文継はしばらく悶々と物思いにふけっていた。
もちろんそれはあの哀れな少女と、どうにも珍しい零夏の独断行動についてだ。
そのうち零夏の狙いについては、昼間に彼を外界へと追い出した出来事からして、主人の生活や孤独を危ぶんでのことなのだろうと憶測できた。
問題はあの少女の処遇だった。
それについてはいくら考えても名案が浮かばなかった。
零夏の言葉は正しく、だが彼女は復習の自縛霊なのだ。
一時的に彼女の心境が落ち着いていたとしても、凝り固まった復習心は、生を奪った者への報復は、絶対の確定事項といっていい。
……やがてタイムリミットが訪れた。
零夏が自室へと戻ってきて、とある趣向を提案したのだ。
それは斬新で、適切で、名案とも言える処置だった。
……………………。
…………。
「うん…………うーむ、うん……うーん……?」
「……なあ零夏……他に何かなかったのだろうか?」
重く荒んだ空気は吹き飛び、代わりにベルガモットティーの、甘く爽やかな柑橘臭がほのかに立ち込めていた。
文継は無類のお茶好きで、真夜中のお茶会といった催しには喜んで賛同した。
だがしかし、彼の目前にあるものはいささか……場違いというか、合理性や適切性に乏しいものだった。
「ちょっと……っ、そんなに見ないでよ……っ」
「いくらアンタだからって……ぅぅ……恥ずかしいじゃん……」
後半の言葉は聞き取れないくらいの小声になって、彼女はモジモジとスカートを押さえる。
「そ、それは悪いことをした…………じゃ、なくて!!」
「これはどういうことなのだと聞いているのだ、零夏?!!」
恐ろしい亡霊であるはずの彼女は、今やすっかり麗しい淑女だった。少し小さめの学制服を着込んだ彼女は、スカートからすらりとした長い足を露出して、気恥ずかしそうに戸惑っている。
「はい、幸いか波長の合う服がこれしかありませんでした」
「ははは…………そんなミステリアスな用法は初めて聞いたよ……」
メイドの返答に、やれやれとティーカップを傾ける。
「…………」
「そんな幸いあってたまるかっ!」
ひと思いにそれを飲み干すと、彼はカップをテーブルへと叩き付け、ムチャクチャなその展開にツッコミを入れた。
「なら先ほどの格好に戻しますか?」
「あるいはいっそ、ご主人様は全裸がお好みでしたか?」
「なっななっ、あ、アンタそういう目で私を見てたのっっ?!!」
悪意ある冗談に、またもや少女は頬を染める。軽度の赤面症の傾向があるようだ。
「何でそうなる?!!」
「だってそういうことじゃない、エッチ!!」
全身を隠すように、彼女は身体を抱いてテーブルへとうつ伏せになった。顔だけが上目遣いの目線で、彼へと警戒と恥じらいの混じり合ったものを向ける。
「違う! 俺はただ…………自宅でそんな格好をされると…………」
「ど、どうにも妙な心持ちになるではないか……?」
その姿があまりに初々しく、逆に男をドキドキとさせるもので、彼は少女の視線から顔をそらしながら……下手な弁解をした。
「へ、変な妄想しないでよっ、バカっっ、不潔、エッチエッチ!!」
「そういう意味ではないっ!! 違うっ誤解だっ、なんでそーなるっ?!!」
「そうに決まってるでしょ!!」
優雅なお茶会はどこへやら、彼らは見事なシンクロで同時にイスから立ち上がり、ツバが飛ぶほどの至近距離で睨み合った。
相性が良いのやら悪いのやら、ともかくこの二人にはやはり綾宮零夏が不可欠だ。
「文継様、もう少し紳士としての落ち着きを持って下さい」
「一体彼女の何が気に入らないのですか」
「ほぼ全部だ! 恨みがましいところも、自意識過剰なところも、キレキャラを自重しないところも全部だ!!」
「はぁっ?! ソレ全部アンタのことじゃん!! 厨二病こじらせたクソガキそのものじゃぁーん!!」
「ほぅ…………その態度……後悔することになるぞ、亡霊」
「ほーら恨みがましい! 性格わるーい!!」
零夏は思わずこぼしてしまった自分の言葉を後悔した。犬猿の仲とはこのことだろうか。確かに似たもの同士だ。
「失言でした、お二人とも落ち着いて下さい」
「ほら、お砂糖たっぷりのお茶ですよ、文継様」
「こ、こらっ、お前はシュガーポットに触れるな?! あああああっ、せっかくの茶が……台、無しに……」
彼のティーカップには新たに茶がそそがれていたが、彼の好みに従ってノンシュガーだった。
せっかくの風味豊かなベルガモッドへと、どぼりと大盛りの砂糖が投入される。
「ありがとう、零夏さん……怒らないって約束したのにごめんね」
「いいえお気になさらず……」
「とてつもなく相性が悪いのは把握しておりますので……」
「そうみたい……」
「それについては全力で同意しよう……ぁぁ……甘ったるい……甘過ぎる……砂糖の風味しかない……」
少女は自分にも差し出された、だがけして飲むことの出来ない紅茶を眺めた。
それは零夏からの心遣いだ。彼女だけが自分を人間扱いしてくれる。
その恩義を思い返すと、不思議と少女の心は落ち着きを取り戻していった。
「さて…………文継様」
自分のティーカップへと紅茶を継ぎ足して、メイドは姿勢をあらためて整え直した。
一杯だけその茶を口へと運び、それから砂糖をうんざりとするほど追加する。
「うわ……」
「最低の流儀だ……」
疑うような小声が上がったが、そこは個々人の好みというものだ。
綾宮零夏は事態の収拾をつけるべく、物静かに本題を切り出した。
「ここは一つ、彼女の話だけでも聞いてみてはどうでしょうか」
「…………それは……そうだな」
「結論は変わらないと思うが…………ここに至っては仕方なかろう……」
「何よりもう、今さら興奮して寝れん」
確認するように彼は少女の顔を見つめ直した。彼女から見る文継の立ち振舞は穏やかで、茶さえ与えていれば優雅だった。
やがてその彼はげんなりと自分の紅茶入り砂糖汁へと目線を向けると、話を聞くのだから当然の権利なのだと、それを少女の茶と交換してしまった。
「話を聞こう。亡霊よ、キミの事情を話してくれ」
「さすがにこうあっては、興味を覚えないわけがない」
彼はクールに、確かにその時ばかりは紳士然として、ぬるくなったベルガモットティーに口をつけた。
それから落ち着き払った表情で腕を組み、机へと突き立てて、真夜中の乱入者の言葉を待ったのだ。
最近、投稿時間が遅くなってすみません。