1ー6.珍入者
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1ー6.珍入者
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『コンコン……』
「文継様……夜分失礼いたします」
「こんな時間ではございますが……どうしても確かめておきたいことがありまして……」
綾宮零夏は主人の部屋を訪れ、丁重に扉を鳴らした。
こんな時間に寝室を訪れるなんて、実際のところこれが初めてのことだ。
ノックは平時よりはっきりしたもので、彼女は真剣な眼差しを木製の扉へと向けていた。
『コンコン……』
もう一度、今度はさらに力強く扉をノックする。
「えっ?!」
「わっわわっ、あっわっ、ちょっ……きゃぅぅぅぅっ?!!」
すると何てことだ。扉の向こう側から女の子の悲鳴が上がり、バタリとベッドがきしむ音を立てたのだ。
「…………文継様?」
主人を心配していたはずの面もちが、一気に不機嫌な無表情へと変わる。
「失礼します、何とぞご容赦を」
忠実なメイドは押し入るように部屋の扉を開き、薄暗い室内へと駆け込んだ。
電灯がパチリと灯される。
「う、うう……あいたたたた……」
「げほっげほっ、な、何事だ?!! うおぉぉっっ、誰だチミはっっ?!!!」
そこにあったのは想定外の光景だった。
「………………」
経緯はどうあれ、今現在の状況を冷静に見下ろすと……それは……。
「……!!」
「…………文、継、様ッ?!」
それは夜這いだった。意中の相手の寝込みを狙って襲いかかり、最終的には行為におよぶという、平安以前より続く日本の伝統文化――もとい、悪習だった。
少なくとも状況は間違いなく、夜這いの形で現行犯となるだけのものだったのだ。
「だ、誰って……私のこと忘れたっていうの?!!」
「な、何だと……?! う、ううむ……キミは一体、どなた様だ?!!」
「嘘!! 忘れるなんて酷い、許せない!! なによそれ!!」
「えっ、いや待てっ、悪い! わかったすぐに思い出してやるぞ……!」
悪い意味でも良い意味でもマイペースな彼は、じっくりと女の顔を見つめ返した。
近過ぎる顔と顔、密着して徐々に蒸れてくる肌と肌、彼女の……ボタンの外れたあられもないパジャマ姿。
胸が、尻が、繊細な髪の毛がやわらかく、さらさらと男の身体に擦れる。
「ふむふむ、なるほどなるほど…………これは…………」
それらを総合的に噛み砕き、文継はうなずき理解する。
理解した後、ほんのりと頬を赤く染めた。
「…………え?」
彼の凝視を受けて、彼女も違和感に気づいたようだ。
肉付きに乏しいゴツゴツとした繊細な身体、下腹部のささやかな盛り上がり、どこか土埃と石鹸臭い青少年の体臭……。
密着した相手の胸からは、興奮の証そのものとして、トクントクンと加速した心拍が波紋する。
「ひゃっ、ひゃぁぁぁぁーーーっっ?!!!」
「だらわぁあああぁぁぁぁああぁぁっっ?!!!」
彼らの絶叫は不協和音となって部屋中を振動させ、不機嫌な零夏の顔をしかめさせた。もやは静謐なる夜はどこにもない。
「わっ、はわわっ、はうぅっ?!!」
慌てて飛び起きようとしたが、かの亡霊は――――ドジっこ亡霊は男の胸へとまた倒れ込む。
「おごぅっっ?!!!」
だが少しばかし勢いがあり過ぎた。
霊体ヘッドバッド(ナニソレ少年誌っぽい)を食らい、文継は口からしぶきを飛ばした。
物理攻撃を超越した霊体属性アタックは、腹筋などといった防御力を無効化し、貫通ダメージを与える!!
「……………………」
「…………これは……予想とだいぶ食い違った状況ですね……」
ダメ男ではあるが、毎朝毎晩ご奉仕しているご主人様である。
ソレにどこの馬の骨かわからないものが、夜這い同然の密着をしているとあっては、心境穏やかなものではない。
綾宮零夏は怖いくらいに引きつった笑顔を主人に向けて、親指の第一関節をポキリと鳴らした。
「ご、ごめん痛かった?! すぐにどくから…………ふわっ?!!」
「かっ、かはぁぁっっっ!!!」
胸の次はみぞおちだった。
的確に「究極奥義・呪縛殺霊体ヘッドバッド」は急所を貫き、菱道文継の意識を木っ端微塵に吹っ飛ばした。
…………。
……。
よくよく考えたら、霊は霊らしく浮遊すればいいのだ。
「ふぅ…………」
「ちょっと私、イライラドロドロしてたかも……」
「うん……だいぶ落ち着いてきた……」
未遂ではあるが、一応自縛霊の本能は満たされた。
そのステップが重要だったらしく、すっきりと彼女は落ち着きと人間らしさを取り戻す。するとその脳裏に、彼を探してやって来た、その本来本当の目的が蘇った。
「あーーーー…………ぅーー……」
はたと片手で顔を覆う。
「ぅぅ……どうしてこんなことしちゃったんだろう……」
「コイツの顔見たら、ついカッとしちゃって……」
「……」
続いて、やっちまった感と、ばつの悪さ。
状況的に色んな意味で最悪だ。
「あのね……ごめん……でもホントは、巻き添えにしに来たんじゃないの……」
「だって……こんなふうに話せる人、あなた以外にいなくて……!」
「……すみません……ごめんなさい……」
謝る他に無い。
先ほどとは一変して、彼女は驚くほどしおらしい人柄を見せた。深々と心からの謝罪のお辞儀をして、真面目な性格をかいま見せる。
「…………」
「ねえ、だけどお願い!!」
かと思えば亡霊は力強く叫び、まゆを吊り上げて真っ直ぐに、相手の顔をのぞき込んだ。
それから真剣そのものの眼差しで何度か発言をためらい、だが何とか吐き出すように声を上げる。
「お願い、私を殺したヤツを見つけて!!!」
彼女はただひたむきに手助けを願った。
自縛霊なりに考えたのだ。成仏できない理由と、この先しなければならないことを。
「…………」
やがて切なげに少女は涙をジワリを浮かべ、相手の返事に怯え始めた。
もし、断られたら…………。
彼女は不安に唇を痛いほど噛み、自らの肩を抱く。
自縛霊である自分は、また終わりのない八方ふさがりに陥る。病院を徘徊する苦悶の亡霊へと、逆戻りしてしまう。
それは悪夢以外の何物でもない。絶望だ。苦痛だ。生き地獄だ!
「ぅ……ぅぅ……っ……」
「ねえ、お願い……返事してよ……っ!!」
ひどく息苦しげに彼女は叫んだ。
「…………」
だが…………。
「お取り込み中、失礼いたします」
「…………」
「おや、これは…………」
メイドは主人の両頬を引っ掴んだ。
軽く身じろぐくらいで、反応はほぼ無いと言って良い。
「完全に、気絶していますね。どうも当たりどころが悪かったようです」
八つ当たりもかねてか、メイドは撫でるようにビンタを二つ入れた。うめき声が上がるだけで、やはりバッチリ気絶している。
「ひゃぁぁっ、ごめん! ええと、クソキザ眼鏡さん大丈夫ッ?!!」
「菱道文継です。……特徴はキッチリ押さえてはおりますが」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、お気になさらず。ちょうど良い薬です」
いい気味だと微笑を浮かべて、メイドは白目むいてる主人を介抱し始めた。
「どうせご自分の高飛車な言動とお節介が、この災難を呼び寄せたに決まってますので」
「難儀というか、因業というか、そういう方なのですよ、この人は」
零夏は主人の上半身をよいしょと起こし上げ、ガシリと気付けの当て身を入れていた。
「文継様、客人の前でそれ以上見苦しい姿をさらすのはお止め下さい」
「どんなに理不尽でもなんでも、絶対にしゃんとしてもらいますからね」
閲覧ありがとうございます。
コタツ強くし過ぎて足がかゆいっ!!