表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/41

1ー4.図書館の亡霊

―――――――――――

1ー4.図書館の亡霊

―――――――――――


 もちろんそれで片付くはずもなかった。

「ぅ…………ぁ…………ぅ、ぁ…………」

 女は彼の元へと、ノロノロと弱々しい足取りでやって来る。

「ぅ、ぅぁっ、ぅぁぁっ、ぉ、ぉぉぉぉ…………」

 耳を塞ぎたくなるほどの苦悶に満ちたうめき声。哀れであるが怖ろしく、どんな慈愛にあふれた聖人でも救助をためらうほどのものだ。

 逃げ出したくなるような恐怖の存在が今、彼の真となりで立ち止まった。

 ギロリと血走った瞳は標的を見下す。

「あなた…………誰…………」

 亡霊は文継へと言葉を発する。低くかすれた、途切れ途切れの呪われた言葉を。

「どうして…………私、が、見える、の…………?」

 言葉をただ発するだけで、堪え難い苦痛が走るようだった。腹部を刺されているのだから当然そうなのだろう。

(…………)

「ねえ、今…………私、を見た、でしょ…………」

(…………)

 文継からは何の反応もない。態度の悪い彫像は、ただ静かにページを鳴らすばかりだ。

「見えたよ、ねぇ…………目があった、よねぇ…………」

「あ、アハハァァァ……わかってるんだからァァ!!!」

「絶対あなた、私、を、見たぁ…………見たでしょォォォ?!!」

 もはや無視を決め込むなんて不可能だ。

 むしろ理想的でパーフェクトなホラー展開と化している。

 だが……文継は本っ当っに、往生際が悪かった。そういう男なのだ。

「…………なっ?!!」

 まずイスごと180度、彼女の視界から逃亡した。そして本を顔へとピッタリ近づけて、視界を活字の世界へと埋めてしまう。

 本来恐怖すべきその状況で、文継という個人主義者はまゆ一つ動かさず、引き続き優雅に読書を継続した。

「……………………」

 普通なら怒るところだ。

 だが亡霊はそれでも、無視されていることに小さな喜びと満足を覚えていた。

 何者も自分を知覚してくれない、孤独な世界に彼女はいたのだから。

「時々……波長、が、合う人と、出会うの…………」

「…………でも」

「でも私を、見て、すぐに、怯えて…………逃げ出してしまう…………」

「私は…………そんな、違うのに…………」

「私は…………」

「誰かに……助けて欲しい、だけなのに…………」

 彼女は軽い錯乱状態にあったが、呆れるほど優雅で態度の悪い彼に、どうも落ち着きを少し取り戻したようだった。

 ぽつりぽつりと、悲しげに、寂しげに救いをすがる。

「あなた、は…………私が、怖くないの…………?」

 しかしすがる相手が間違っていたかもしれない。それでも彼は知らんぷりを継続した。

 図書の小気味良い文面が、彼の意識を別世界へと運び込んでくれる。

「っっ~~~!!!」

「何よ、アンタっっ!!! 人が助けてっテ、言ってるでしョォォォッ!!!!」

「だったるァァッ、ちょっとわ、人の話くらいィ聞きなざいヨォォォ!!!」

 亡霊であっても人間であっても同じことだ。

 あまりに酷い態度に、女はいい加減にじれて文継の二の腕をつかんだ。

「え………………………………?」

 鋭く爪が突き立てられ、彼の皮膚が軽くめくれ上がる。ほどなくするとジワリと赤いものが浮きだした。

 にもかかわらず、驚愕したのは彼女の方だった。

 むしろ傷を負わされたというのに、文継の方は片眉を一瞬ゆがめたのみだった。

 女の腕は氷のように冷たく、まるで死体…………というより死体そのものだった。

「うそ……………………」

 驚きに、立てられた爪がゆるむ。温かな人間の体温が、彼女の手のひらに広がってゆく。

「あったかい…………ぁぁ…………あったかいよぉ……」

「触れられる人間なんて…………初めて…………」

「あなたとは本当に波長が合うのかも………」

「あなたなら…………もしかしたら…………」

 人肌が彼女本来の理性を呼び覚ましてゆく。爪はゆるみ、代わりに手のひらがすっぽりと温かい腕を包み込んでしまう。

「この短剣が見える…………?」

「私……背中から刺されたの…………」

「ふふふっ……こんな死に方……バカみたいでしょ…………?」

「まさか、あんな簡単に終わっちゃうなんて…………思ってなかった…………」

「笑っちゃうよね……」

 亡霊は悲しそうにうち沈んだ。もはやどうにもならない現実と、それでも修正したくてやまない事実に震えながら。

 彼女は哀れな亡霊以外のなにものでもなかった。

 今の彼女になら、慰めの言葉が与えられるだろう。

「痛い…………痛いよ、辛いよぉ…………」

「…………」

 相手が菱道文継でさえなければ。


「うるさい黙れ亡霊、悲劇のヒロインごっこならよそでしろ」

「ぇ……………?」

 彼は立ち上がり本棚へと借りた書籍を戻した。

 救いを見い出したはずの彼女は、捨てられた子供のように弱々しく悲しい顔をする。

「ま…………待って…………おね、がい…………」

「痛い…………剣が…………剣が抜けないの…………」

 それでも彼女は苦しみながらも、彼の元へとノロノロと歩み寄った。

「…………」

 そんな彼女へと、彼はため息をついて振り返る。

「それはキミの勝手な思い込みだ」

「抜けないと思うから抜けないのだ」

 哀れみ一つ彼は見せず、だが彼女の背中へと回り込んだ。

 そして。

「うっっ、うあああああああっっ?!!!」

 背中に生えたその西洋短剣を、一瞬のためらいも見せず引き抜き捨てたのだ。幻想の鮮血が飛び散り、彼の顔面を汚したが…………。

「ぁ…………あ……れ…………」

 たちまち、彼女の傷口が塞がっていた。

 続いてその衣服から血痕が消え去り、彼へと飛び散った血液もまた、跡形もなく霧散する。

「え…………う、うそ…………」

 亡霊を苛め続けてきた苦痛は嘘のように癒え、ようやく夢見た平穏が訪れていた。

 もはやその姿はとても悪霊と呼べるものではなく、その美しく愛らしい少女は憑き物が取れたかのように、ただただぼんやりと状況にほうけている。

「ここは趣味の良い本が集まるが…………」

「さすがは病院、キミらのような手合いには飽き飽きだ」

「さあ剣は抜けたぞ、さあさあ、さっさとおとなしく天に召されろ」

 …………。

 ……。

 呆然と立ち尽くす彼女をおいて、彼は病院から立ち去った。

 やはり外界は面倒事ばかりだ。厄介なこんな世界には立ち寄らず、自室でただただ平穏に過ごしたい。

 引きこもりでも何とでも言え。やっぱり外の世界はこりごりだ。

 彼は心の中でそう何度も繰り返し、足早に屋敷へと帰宅した。



閲覧ありがとうございます。

こんな駄文でも、ちょっとは皆様の楽しみになれば需要なくても救われたもんですw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ