4ー2.ホロウハウス
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4ー2.ホロウハウス
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気味の悪い屋敷だった。
錆び付いたフェンスだけが外周を囲み、その敷地は伸びっぱなしの雑草だらけ。ざっとのぞいただけで、もう半年は刈り込まれていない。
その野草の海は果てしなく続き、屋敷の姿はどのフェンス越しからも確認できない。下手をすれば、時間帯も相まって敷地の中で遭難しかねないほどに。
何より得体の知れない虫や蛇が生息していてもおかしくない。
気味が悪い。気味が悪い。ソイツは諦めて正門へと戻る。防犯設備は無かったはずだ。
「明かりが無い、気味が悪い……」
ブツブツと不平を言いながら、正門より敷地内へと進入した。
そこからなら遠く見える屋敷には、窓から漏れる灯火が一つ。その一室に、あの綾宮零夏がいるはずだ。
時刻を確認すると午前2時。まだこんな時間まで起きているのか。一人こんなお化け屋敷で留守番するには怖ろしく、明かりを点けたまま眠っているのか。
「く、く、く……」
どちらにしろ、今夜以上の好機はない。
門から屋敷までの長い道のりを進むと、道と建物の外周部だけが丁寧に管理されていた。
人気も防犯設備も無い。この屋敷からどんなに泣き叫んでも、誰も獲物を助ける者は無い。
ソイツは歓喜にほくそ笑む。歪んだ、狂気をはらんだ満面のアルカイックスマイルを。
『ジャリッ……』
形跡を残すのは良くない。まずは外周をぐるりと回って戸締まりを確認した。一人で切り盛りするには広過ぎる屋敷だ。
『ガサ、ガサ、ガサ……』
「へ、へ、へ……みぃつけたぁ……」
ゲスな笑いが闇夜にくぐもる。
戸締まりには穴があった。一階の施錠は適切だったが、今日は湿気の強い熱帯夜。屋敷の裏手に再度回り込むと、その二階に開け放たれた窓を見つけ出す。
しかもおあつらえ向きに資材が詰まれ、それを足場によじ登れそうだった。
『ガリッ……ガタッ……ガタンッガタンッ!』
人の住居だというのに何の迷いも無く、ソイツは資材を足にかけて壁を登った。ガシリと、その右手が窓辺へと手をかける。
「はぁぁ……はぁぁ……はぁぁ……はぁぁぁぁ……」
荒々しい呼吸を抑え込む。あのメイドを探して、脅して、蹂躙の限りを行った後に指輪の場所を吐かせれば良い。
それまでは気配を押し隠さなくてはならない。ソイツは野獣のように呼吸を乱しながら息を潜める。
そこは明かりも何もない廊下だった。南天を終えた月明かりだけが足下をおぼろげに照らす。
「ハァ……ハァ……」
ヒタリ……ヒタリ……。カツン……カツン……。
不気味な呼吸と足音が、古ぼけた木製の床を歩む。初夏はまだ夏虫の声もわずかなもので、ただただソイツの狂気だけが沈黙の世界を浸食する。
「ヘ……ヘヘヘ……クケケケ……」
ついに目的の部屋へとたどり着いた。扉の隙間より、赤いランプの明かりが漏れ伸びている。
慎重に慎重にドアノブへと手をかけ……。
『カチャ……ギィィィィ……』
まぶしいその室内へと忍び込んだ。
ニヤリ……。
ベッドに綾宮零夏の姿を発見する。
無防備にパジャマ姿で寝入った彼女は、静かな寝息を立てている。
その肌は白く美しく、腹の底がフツフツと燃え上がるほどに清らかな生き物だった。
「もう逃げ場は無いよぉ……ひっ、ひひひひっっ!!」
ソイツは歓喜した。忍び足も小声も止めて、一直線に獲物へと歩み寄る。ベッドサイドへと立ち、上着とズボンを脱ぎ捨てて、もう一度女を見下ろす。
屋敷には彼女一人。
ニタリとまたあの狂気的な笑みを浮かべて、ソイツは零夏へとのしかかった。




