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3ー10.今日の調査方針

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 3ー10.今日の調査方針

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「それで、手紙から何か糸口はつかめたか?」

「全然。コレどこにでも売ってる普通の便せんと白紙だし」

 食事は終わった。主人をからかうのも終わり。真面目にこの先を考えよう。

 それぞれのティーカップに茶が注ぎ足される。それは魔法となって彼らの意識を事件に向けさせる。

「筆跡が気持ち悪い。読みにくいし、わざとバレないようごまかしたみたい」

「同感です、あえて付け足すならば、死ねば良いと思います」

「うん、賛成♪」

「ふふふっ、気が合いますね♪」

「死ねばいいよね♪」

 昨日の一件から、ただでさえ最悪だった犯人の株は大暴落のマリアナ海溝。

 朝っぱらから、エレガントとはとても言い難い罵声が行き交う。

「左手で書いたのだろう。跳ねや払いの部分の力加減が不自然だ」

「つまり犯人は右利きということだが……右利きなどいくらでもいるな」

 手紙の差出人は不明。これだけではとてもじゃないが判らない。指紋も犯人のものは残っていなかった。

「まさかそれで終わりですか?」

「手紙そのものから得られるものは、せいぜいその程度だろう」

 単独で星に繋がる証拠にはなり得ない。

「差出人は不明だが、少なくともこれは、家の事情を知る内部の人間が出した手紙だ」

「……ふーん、ソレどういうこと?」

「犯人は葦花さんが当日の戸締まり当番であることを、知っていたということだ」

 でなければこの、葦花さんを使った偽装工作は成立しない。

「ああ、なるほど……でもそんなの知ってる人間って……」

「ええ、そうなると一番怪しいのはあの夫人ですね。指輪を見て誰かに連絡を入れていましたし」

「当主夫人となれば、メイド長のようなものです」

「どれほど家の管理を担ってたかはわかりませんが、彼女なら容易に知ることが出来たでしょう」

「…………うん、まあそんなところだ」

 全部喋られてしまったと、ちょっと残念そうに文継はティーカップに口を付ける。

 夫人はあやしい。だが夫人とその共謀者を繋げる鍵が見つからない。

 この調査結果を松次郎氏に突きつければ、彼女だけでも社会的制裁を下すことも可能になるかもしれないが……。

 千冬を殺した実行犯はまだ確定されていない。あと一歩、決定打となる情報が欠けていた。

「やむを得ない」

「……何が?」

「貴方がそう言う時は、ろくなことではありませんね」

 仕方がない。二人は怒るかもしれないが、具体的な糸口が見つからないのでは、仕方がない。

 彼は大切に飲んでいた熱々の茶を、ゴクリと一気に飲み干す。

「心苦しいが、メイドの葦花愛海に事情を聴こう」

「当時彼女が監禁を受けた時の、その子細が知りたい」

「…………なるほど、合理的です」

「でもそれってさ……ちょっと……」

「大丈夫かな……古傷をもろクリティカルヒットじゃん?」

「そうなりますね…………」

 一人の人間の生活を、やっと安定してきた心をかき乱すことになるかもしれない。そんなことをする権利があるのか?

「今思えば、調査に協力的だったのは、彼女なりに思うところがあったのかもしれない」

「彼女に連絡を取りたい、一度また上苑家を訪れてくれ」

 いや、権利のある無しは関係なかった。毒を喰らわば皿まで。今さらもう、彼らは後には引けない。

「いえ、それについては問題ありません」

「なに……?」

「既にお友達になっていますので」

「…………キミ、そんなに社交的だったか?」

「気が合うみたいです」

 零夏はすぐさま愛海に連絡を入れた。どこか誇らしげだ。

「おはようございます、愛海さん」

 待つこともなく電話が通じる。

「実は事件について、どうしても聴きたいことが出来てしまいまして……」

「できればどこかでゆっくりお食事でもどうでしょう?」

「…………え、仕事ですか?」

 今日は日曜日。なのに今日も屋敷での仕事があるという。

 だが彼女からすれば、親愛なる零夏の誘いを断るわけにはいかなかった。出会ってまだ二日の関係なのに、もうすっかり気を許している。

「はい、はい……はい、それは良かったです」

「はい、昼休みですね、楽しみにしています」

 だから愛海は直接当主へと交渉して、何とか長めの昼休みを獲得してくれた。

「はい、では昼にあらためて……」

 段取りが決まり、名残惜しみながらも通話を終える。

「わざわざ昼食に誘う必要があるのか?」

 一部始終を見守って、文継は思ったままに疑問を投げかけた。

「あるに決まってるじゃないですか」

「辛い過去を聴くんですから、それ相応の場所というものがあるでしょう」

「……なるほど、筋は通っている。合理的だ」

 当然のように断言されて文継は納得する他なかった。こうやって人へと当たり前の気配りが出来る。それが零夏の才能であり、人望なのだろうと。

「零夏さんはやさしいよね、だから信用できる」

「それにつけて文継はさ……抜けてるよね、人として?」

「いちいちこちらになすり付けるな」

「では愛海の都合が付き次第、調査に向かってくれ」

「ふふっ、久々の外食です。なんだか楽しみです、いっそ着替えてしまいましょうか」

 わくわくと楽しそうに零夏は微笑んだ。

 最近になって彼女は、人間らしく笑ったり怒ったり、文継をホッとさせる表情を浮かべるようになっていた。

「ならばその前に、これまでの情報を並べ直そう」

「あ、そうだね。なんかもうこんがらがってきたし」

「賛成です」

「ならば大きめの紙とペンを」

「はい、こちらに」

 鮮やかな準備の良さで、食卓の皿が押し退けられ、破られたカレンダーの裏側がしかれる。

 文継はペンを受け取り、驚愕的なテンポで事件の情報を書き連ねていった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


1.まず、全ての相続権主に千冬殺害の動機がある

2.だが、相続権を持つ家族は全て二階で就寝

3.玄関と廊下にはスタンドアローン型の防犯カメラ

4.防犯カメラをかいくぐって、居間から自室に戻るのは困難

5.戸締まり当番のメイドは脅迫を受けていた

6.居間の窓は施錠されていたことになっていたが、実はメイドにより開錠されていた

7.警察がかけつけた段階で窓の鍵は施錠されていた

8.千冬の記憶によると、犯人は遺産と家柄に執着していた

 「下民の分際で遺産を掠め取ろうとした罰だ!!」

9.千冬が吐き出した謎の指輪と鎖、指輪には上苑の家紋、だが今は使われていない古いもの(遺体の腹にまだ残っている可能性あり)

10.状況から、指輪は犯人のものである可能性が極めて高い

11.指輪の模写を見せたところ、夫人は焦った様子で何者かに連絡を入れていた

12.千冬によると、犯人からは花の匂いがしたらしい

13.住民たちのアリバイ

 事件発生当時、親族たちは二階自室にて就寝

 使用人の二名は離れの小屋にて同じく就寝

 居間の窓から侵入出来るとしても、二階親族たちのアリバイは現状どうしても崩れない


00.容疑者について

 【上苑松次郎】上苑家当主、千冬に相続権を与えて屋敷に迎え入れた本人。彼女の死をひどく悔いており、動機らしい動機は見つからない

 【上苑伊代子】当主夫人、過去に千冬の母を失踪させた疑惑あり。実子の桐二を溺愛している。見るからに浪費家。配偶者として大きな相続権を持っている

 【上苑祐一】長男、父親恐怖症の穏やかな男性。父親の右腕として財閥運営をサポートしており、遺産の多くは彼へと優先的に分配される。千冬に好意を寄せていたとの情報もあり

 【上苑桐二】次男、軽薄な大学生。天才肌で将来を有望視されている。働き次第では長男祐一を差し置いて財閥を継ぐ可能性もあり、上下の兄弟は反目しあっている

 【上苑読子】長女、奔放で自由な大学生。他の親族と違って財産に執着する素振りはない。むしろ家族を嫌悪しており、千冬は信頼を向けていた。娘ということもあって、相続面では圧倒的に不利

 【竹中永作】執事、事件に非協力的な使用人。それも上苑家のことを考えてのことだが、いささか使用人にしては我が強過ぎる。当然、相続権は無し

 【葦花母】メイド、犯行に利用され、娘ともども心に大きな傷、利用されたとはいえ彼女の工作により、千冬は殺害された。相続権無し


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「…………こんなところか」

 一通り書き殴ると、彼はやっと満足して筆を止めた。

「うっへ……こんな時のアンタって気持ち悪いくらい機敏なのね……」

「意外と字とか綺麗だし……つかホントちょー綺麗……」

「心は薄汚れているのに不思議ですね」

「キミら言いたい放題だな…………」

 ともかく三人は、カレンダー裏に記された文字の津波を、身を乗り出して確認する。

「犯人から花の匂いですか……」

「もしかしてそれって、ジンチョウゲですか……?」

「春に咲く、お香のような香りの花なのですが、匂いが強いのです」

 零夏は香りに注目した。

「あ、そうかも……ううん、それだ、それだと思う!」

 二人は顔と顔を見合わせて、やっと納得がいったと大きくうなずく。

「それならちょうど居間の窓近くに生えていましたよ。その匂いが移ったと考えれば、ほぼ間違いないでしょう」

「小窓ですが、大人の身体でも十分に入り込むことが出来るはずです」

 匂いという不確かな証言ではあるが、推理の上での侵入経路はほぼ断定された。

 だがわかったのは侵入経路だけではない。

「ならばそれは、葦花夫人を脅迫した誘拐犯と、千冬を殺害した実行犯を繋げる事実となるだろう」

 冷静に彼は、そこから浮かび上がるもう一つの事実を指し示した。誘拐犯をことさら憎んでいた二人は、一変して険悪極まりない顔を浮かべる。

 誰もがある程度予期していたとはいえ、二つに分離していた絶対悪が今、一つの忌むべき存在へと統合された。ならば致し方ない。

「こんなところか……」

「うん……見えてきたぞ」

 ニヤリと文継は自信たっぷりの笑みを浮かべる。

 まるで犯人が分かったと言いかねないほどに。

「ふぅん、それで犯人はわかったの、ニート探偵さん♪」

「俺はニートではない。自発的に働かず、日々を無為に過ごしているだけだ」

「はいはい、すっごいダメダメだからそのセリフ」

 千冬はその可哀想な人を蔑むわけでもなく、ただ残念だ、しょうがない人だと同情した。

 どんなに頭が回転しようと、客観的に見れば文継は立派なニートだった。

「本当に犯人がわかったのですか?」

「…………いや、どうだろう」

「あの夫人とは別に、疑惑を向けている人物はいる」

「だが、今のところ消去法に過ぎない」

「考えを固定化させたくないから、今はまだ黙っておくよ」

 彼は一人納得して、早くも自己完結の姿勢を見せた。

「なにそれ、まあいいけどさ」

「今に始まったことではないです」

「他にご指示はございますか?」

 零夏はイスから立ち上がり、自分の食器と盛り塩各種を片づけ始める。トレイに一通りを乗せて、彼女は台所目指して腰を上げた。

「調べるところは調べ尽くした感がある」

「しかしそうだな……後で簡単なお使いを頼みたい」

「それまではゆっくり待機していてくれ」

 突然のその思いつきを実行するべく、彼はまた本棚をガサガサと探り出す。とびきり目立つそれは、電話帳はあっさり彼の手に収まった。

「どこにかけるつもりよ……」

「良いところだ」

「なんか怪しぃ……」

 普段外界に興味を持たない彼が、突然電話帳なんて持ち出したらそりゃ不安だ。

 一体どんなとんでもないところに連絡を入れてしまうのか、これは監視しておかなきゃなと、千冬は警戒を向ける。

「そうですか、ならば溜まっている家事を片づけることにしましょう」

 休憩や食事会の準備ではなく、真っ先に家事を思い付くところが彼女らしい。いや地味にすごいことだ。

「あ、零夏さん、わたし手伝う!」

「お世話になってばかりだし、わたしもここのメイドだから!」

「…………認めた覚えはないんだが」

 数日前の彼女と見比べれば驚くほど健康的に、千冬は自ら労役を願い出た。

 少しでも恩返しがしたい。零夏にも、文継にも。

「ありがとうございます」

「しかし、とは言いましても……」

 何を手伝ってもらおう。そこまで考えて、相手が霊体であることを思い出した。

 …………無理じゃね? と。

「ならば私に代わり、主人の相手をお願いします」

「え、コイツのっ?!」

「はい。こう見えて文継様は寂しがりなんです」

「おい、勝手にレッテルを張るな」

「でも事実ですよ……?」

「クスクス…………わかった、任せて零夏さんっ♪」

 その指摘がおかしくて仕方ないと、千冬は明るい笑顔を浮かべた。言われてみれば事実その通りなのだと。

「…………おいキミ」

 彼女は浮遊して、彼の肩へとふわりとのしかかった。

「か、肩がそこはかとなく……重い……」

 まるで幽霊みたいに彼女は軽かったが、自縛霊のように彼の肩を重くさせた。

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