3ー9.温かな昼食?
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3ー9.温かな昼食?
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今日の朝食はストロベリートーストとスクランブルエッグ、それにレタスと玉ねぎ、ほうれん草のサラダだった。
シンプルながらも健康的なその食事を、零夏は黙々と平らげてゆく。
トーストの香ばしい匂いにストロベリージャムが混じり混み、初夏の健康的な風にふんわりと溶け込む。
どうしてもパサつく食パンを甘い甘いコーヒーで飲み下すと、彼女はホッと一息をついて居間の食卓を見回した。
「…………」
千冬は手持ちぶさたもあって、あの手紙を調べていた。書面や筆跡からは嫌悪感しか見い出せない、朝からはとても読みたくないものだ。
もう一方の文継は安いダージリンを口へと運びながらひじを突き、ひたすら考えに没頭しているようだった。
「ねぇ、なんかおかしくない……?」
ふいにボソリと千冬がつぶやいた。文継、零夏、そしてテーブルを見下ろして。
「なにがだ?」
「いやいや、おかしいよね、絶対おかしいよねコレ?」
呆れと怒りを混じらせながら、千冬は何度も食卓を見回す。
何のことはない。零夏のためだけに用意された朝食と、文継のためのやっすいダージリン……。
もちろん千冬のメニューもちゃんと欠かさず用意してある。何が問題なのだろうかと、文継は首をかしげる。
「メイドががっつりで、主人はお茶だけーとかおかしくない……?」
「すみません、主人は小食なもので……」
そうは言うものの小食と一言で済ませるには、決定的に何か不自然なものがあった。小食にしたって普通はもう少しあるだろう。
「それに……それにね……アハハ……」
「それになによこれっ、ケンカ売ってんのアンタっ?!」
後は何のことはない。千冬の席には盛り塩と、お線香と、たんぽぽがそえられていただけだ。
「百歩譲って、ええ……この…………盛り塩とお線香は認めるわ……わたし死んでるんだし……わ~い、ありがと~♪ なんだか成仏出来そうな気がするなっっ♪」
恐ろしげに声はブツブツ低くなったり、媚び媚びしくなったり、不安定な精神状態を具現化する。
「でも……でも……でもね……」
「何なのよコレは……?」
「どっからどう見ても……タンポポだよね? タンポポにしか見えないよね?!」
「あははっ……あはははっ……」
「お供えにタンポポとか……、バカにしてんのアンタぁぁっっ?!!!」
ドンッッと、千冬は両手を食卓に叩き付けた。
「ほらやっぱりダメだったじゃないですか」
「うーむ、贅沢な自縛霊め」
犯人判明。やっぱりその男の仕業だった。
「だったら何が良いのだ、言ってみろ? 貧乏花か? ハエトリ草か?」
「余計なことすんなって言ってるのよぉぉーっっ!!!」
「100%挑発だから!! これ100%挑発だからね!!!」
ドン、ドンと。千冬は律儀に激しくテーブルを揺らしてツッコミを入れた。
「すみません、この通り大人げない方なので……」
「きっと千冬さんにかまって欲しいんですよ」
その彼女に、親切な零夏さんは主人の本質を解説してくれる。
「あ~~~……ふぅーん……?」
言われてみればその通りで、千冬は機嫌を直して文継を見つめ返した。
「バカな、勝手な意訳は止めてもらおう」
「じゃあどうしてこんなイタズラ仕込ませたの?」
「…………それはもちろん…………うるさい、秘密だ」
冷静に見つめ返せば、零夏の分析もどこか的を射てしまっている。だがそれを認めるわけにはいかなかった。
「ごちそうさまでした」
そうこうしていると、零夏は最後のトーストにスクランブルエッグを乗せて平らげる。
いつのまにか皿は全て空となって、コーヒーの残りを飲み干していた。
「文継様、そろそろ調査のご指示を」
「女のベッドで醜態をさらしたとはいえ、さすがにいつまでも女々しいモノローグに浸るのはどうかと思いますよ」
あれは俺の布団だし、そんな妄想に浸ってなどいない。最近サドっけたっぷりのメイドに反論を返したが、そこには恥じらう千冬と、彼と彼女の口論という、混沌とした予定調和しかなかった。




