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3ー8.午前9時の迷走

挿絵付きです

―――――――――――

 3ー8.午前9時の迷走

―――――――――――


「んっ……あん……っ」

 覚醒、まどろみ、二度寝、三度寝。その後に叩き起こされる、それが彼の朝だった。

 なのに今日は何かむにゅっとしている。

 まどろみながらその『何か』を握り確認すると、子供のオモチャみたいに変な音が鳴る。妙にくぐもっていて、世界は動物園っぽくなったのだなと納得する。

(何だこれ……いや、眠い……)

 スベスベとした質感のそれは触り心地が良くあたたかで、触れているとどこか安心する。

「はぁ……はぁ……んっ、ぁ、ぁぁ……っ」

 切なげな声。甘く甘く苦しげな呼吸。いかがわしいとしか言えないその物音を、起動中の脳は怠惰に異常確認をサボタージュする。

(やわらかい……なんだこれ……どうにも癖に…………)

 彼の手のひらはソレを好ましいものと認めた。スベスベサラサラもちもちのソレを……そりゃもうアグレッシブに、ただただねちっこく撫で回す。

「あっ、あん……っ、ふぁぁん……っ♪」

「は、はぁ……っ、はぁ……っ、く、くぅぅん……♪」

 手探りで確かめると、それは二つの丘と一つの谷を持っていた。

 丘と丘を撫で押しつぶし、スルリと谷へと小指と中指が滑る。

「んっっ、んぅぅぅ~~っっ♪」

 構造上、熱のこもるそこは一番あたたかで、初夏の朝とはいえさすがに蒸れる。

(…………ん……んん?)

 それがいけなかった。急に彼の胸元が苦しくなる。何かがパジャマを引っ張って、襟元の余裕をせばめている。

 楽にしてあった左手へと、右手が触れてるものとはまた違うやわらかいものが接触する。

(なんだ……?)

(なにか声が…………)

 乱れた吐息が顔へとかかる。

(……………………)

(…………えっっ、コレ声近過ぎないかっ?!!!)

 彼はびっくりして瞳をパチリを見開き切った。





挿絵(By みてみん)





「ぬぁっっ?!!?!?!」

 すると文継の網膜には千冬の顔面が映し出された。

(ち、近い近い近い近い近いぃぃぃーっっ!!!?)

 やわらかな丘たちは彼女の下着ごしのお尻で、左手に接触するその部分は胸だった。

 危険な場所を触れられて、眠り込む彼女は熱っぽく頬を上気させている。

 ハァハァと愛らしく息は乱れ、湿気を含んだ吐息が彼の顔へとかかって前髪を揺らす。

(わっわっわっわっ、わなばなななあああっっ?!!)

「ふぁぉっっ?!」

 驚きと恥じらいのあまり、びっくりと左手が何かをつかむ。

 ぷにゅり……。

「はうわっっ?!!!」

 男らしくも大胆に、左手は膨らみをすっぽりと包み込んでいた。

(な、なななっ、何が起きているっっ?!!)

(これは夜這い?! また夜這い?!)

(いやもう朝か、ふぅ良かった……ならだいじょう……ぶじゃねぇぇぇぇぇっっ?!!!)

「あっあうっ、あっあっ……♪」

「んっっ! んぅっ、んくぅぅぅっっ♪」

 ヤツは錯乱のあまり手に付く全てを揉みし抱き、スリスリと己の手垢を乙女の肌へと擦り込んだ。

 もう何がなんだか理解不能。相手は勝手に寝入って変な声を上げるし、なぜか学制服だったはずの衣服は、いつの間にかメイド服へと変化している。

 昨晩こそこそとベッドに入った時は、確かに自分一人だったはずなのに!!

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、ん、んん~~~……っ♪」

 逃れることは出来なかった。千冬は彼のパジャマへとしがみ付いていて、無理に離そうとすればその眠れる獅子を起こしてしまう。ここで目覚めればまたもや、上を下への大騒ぎだ。予定調和だ。避けられぬ宿命だった!

「ちょっ、おまっ、ぬ、ぬほぉぉぉーっ!!?」

 人恋しいのか千冬はモゾモゾと身じろぎして、一体全体どうしてそうなるのか、彼の貧弱な胸へと頭をうずめた。

 ぴったりと左手と膨らみが密着する。おまけに女の子の匂いが鼻孔いっぱいに広がる。誰か僕に届けて消臭力、このままでは理性が保たれない。

「くっくかっ、くはっ、くぉぉぉぉぉ……っ」

「ぬ、ぬはっ、ぬははっ、な、なななっ、何をしてはりますんの寝ぼすけさーんっ?!」

「あー無理っ、あーこれ無理っ、あーっ、あーっ、あーっ、スーハースーハー…………」

 本来は本と茶と惰眠と推理くらいしか趣味の無い男だ。彼はヒョットコみたいな顔をした後、やけに渋い顔をして、狂おしく頭を振り回す。

 それから最後に、子供でも生みかねない激しいラマーズ呼吸を繰り返すと……。


「イーーーーヤァァァァーーーンッッ!!!!」


 眠っていた乙女回路に火花を散らし、声は低く雄々しく絶叫した!!

 屋敷のすみからすみにまで、見苦しくもやっぱり情けない悲鳴が響き渡る。

「ん、んん……なによぉ……うっさいなぁ……」

 そんな声を上げれば起きてしまうに決まってる。寝顔が顔をしかめて、うっすらと両目を細め開く。

「………………はわぁぁぁぁっっ?!!!」

 ぼやけた彼女の視界は徐々にピントをつけて、目前に現れた文継の凝視にドキリと瞳孔を丸く広げる。

「なっっなんでアンタっっ、ええっ?!!」

「へ…………変態バカエッチぃぃっっ、いやぁっ離しなさいよぉっっ?!!」

「ぐべぇはぁっっ!!?」

 びっくり飛び起きようとするも、自分ごと文継の身体が付いてくる。

「ってしがみついてるの私じゃんっっ?!!」

 力一杯胸元を引かれて、かわいそうに文継はカエルがつぶれたみたいな断末魔を上げた。だがすぐに両手が離され、少年はベッドへと放り捨てられる。

「あ…………大丈夫?」

 そこまでしてやっと彼女は我へと返った。

「き、キミ……何をする……」

 心配そうに彼の顔をのぞき込む。

「何なのだキミはっっ、幽霊による夜這いとか、軽く死亡フラグだろコレっっ!!!」

 だが相手は人間が小さかった。

 文継はベッドから飛び起きて、人迷惑な幽霊へと詰め寄る。

「だ、だだだっ、誰がアンタなんかに夜這いなんてするのよっっ!!」

 そんな態度と言葉をとられては、彼女もそのまま引き下がるわけにはいかなかった。

「キミだキミっ、これで二度目じゃないか!!」

「仕方ないでしょ!! わたしアンタに取り憑いてるんだし!!」

「寝れるところといったらここしかないじゃない!!」

 彼のベッドと指さして、恥じらいいっぱいに言い訳する。

「床で寝たまえ、床で!!」

「ええい、譲歩してタオルケットくらいしいてやるから!!」

「アンタが床で寝なさいよ!!」

「ふざけるなっ、そんな理不尽な要求が通ってたまるかーっ!!」

「そもそもなぜにメイド服?!! キミ、やはり俺の体を狙っているなっっ?!!」

「そ、そそそっ、そんなエッチなこと考えないでよっっ、変態変態っっ、エッチエッチエッチエッチーっっ!!」

 もう何がなんだかわからない。飽きずに彼らは不毛な罵声の応酬を繰り返す。

 やがてそれは言葉を言い尽くす形で降着した。とにかく落ちかなくてはと、文継は枕元のメガネを取る。

 するとそこには……。

「波長が合ったようなのでお古を着せてみました」

 いつの間にか零夏がいた。冷ややかに文継の顔を見つめ返し、淡々と昨晩あった事実を伝える。

「余計なことすんなよっ?!!」

「学制服があまりお気に召していなかったようですし、別にいいのではないでしょうか」

「ずいぶんお楽しみのようでしたし」

「れ、零夏さん……っ、それは誤解……っ!」

「わかってます、からかっただけです」

「ぁ、ぁぅぅ……っ」

 そうは言うものの、零夏は少しだけ不機嫌に見えた。本意はどうあれ、これは二度目の夜這い未遂として解釈されても仕方のないものだった。

「…………」

「どうされましたか文継様?」

「いや、自分たちのあまりのアホらしさと、理性を失った絶叫に……途方もない疲労感と酸欠が…………」

 クラクラと、彼はもう一度自分の布団へと倒れ込んだ。

「ごめん……よく考えたら結局わたしが悪かったし……」

「別にいい……仕方なかろう……俺とキミは相性が悪いのだ…………」

「そうね……ごめん」

 体力の無い彼を無理させてしまったと、彼女は急にしおらしいところを見せてくれる。

「それで、調査の方はどうするおつもりなのですか?」

「ああ……そういや、俺たち調査してたんだっけ……」

「しっかりして下さい、文継様」

 彼は瞳を閉ざして考えをめぐらせた。でも……心臓はまだドキドキと興奮して、どうしても頭の中が千冬でいっぱいになってしまう。

 それはそうだ。桃色総天然色とはいえ、それはとんでもなくショッキングな目覚めだったのだから。

「昨晩はアレで、今朝がコレだ……」

「悪い、ろくに考える余裕なんてなかったし、何だか胸が苦しくて考えがまとまらない」

「……朝食にしてくれ、その間にゆっくり考える」

 頭を空っぽに、空っぽに……。千冬、千冬、千冬、千冬。消しても消しても千冬の存在が彼の中で肥大化する。

 それでも彼は心を無心にして、いつもの平静を取り戻そうとした。

「さようでございますか。なら今少しイチャついてれば良いんじゃないですか?」

「れ、零夏さんっ、誤解ですからぁっ!!」

「やっぱり二度寝したい……」

「それはダメです、許しませんから♪」

 やっぱり怒っている。零夏は不機嫌な笑顔を主人に向けて、パタパタと厨房へと立ち去っていった。千冬はその背中を追うことに決めたようだ。



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