3ー6.葦花愛海の秘密
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3ー6.葦花愛海の秘密
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「ふぅ…………はぁ…………」
葦花さんは深い深いため息をついて、でも微笑んだ。
まいった、観念します。顔にはそんな言葉が書かれているようだった。
「いつか誰かが……」
「私を問い詰めてくれる日が来るって、信じてたわ」
「…………すみません」
「いいのよ……」
母は何をどう語ろうかと、考えを整理するため黙り込んだ。先ほどとは全く性質の異なる、健康的で出口のある物思いだ。
ゆっくりと葦花さん本人も大好きなレモネードを飲み干し、覚悟が決まったのか、もう一度たおやかに微笑んだ。
「零夏さん、今の娘をどう思いますか?」
「愛海さんですか……?」
「はい、とてもやさしい、明るく見習いたいところのある女性です」
生活のサポートをする人材として見れば、家事の有能さもまた重要だが、結局は人柄だ。
「良いメイドですね」
「あらそう、ふふふ……実は私もそう思ってるの……♪」
「自分の親ばかだとばかり思っていたけれど……」
「あなたの口から聞けると嬉しいものね」
それは葦花さんと出会って一番の笑顔だった。
本当に娘を大切にしているのだなと、微笑ましくなる。
「………………」
「でも……」
その幸せな姿が一気に現実へと引き戻った。
真実を告げようとしている。その真実は目を背けていなければ、とても正気いられない辛いものだ。
「でも……三年前は最悪だったのよ……」
「三年前、ですか……?」
それは事件の起きた年と一致する。
「三年前のあの日…………あの子は突然姿を消してしまった…………」
「え…………それは、愛海さんがですか……?」
思わぬ話だった。だって愛海本人からそんな過去は見いだせない。明るい彼女に、そんな背景があるなんて想像出来るはずがない。
「信じられないでしょ……私も信じられなかった……」
悔しそうに、悲しみを堪えて唇を噛む。その唇が紫色になるほどに。
「それで……失踪から三日が経って……」
「…………手紙が届いたの」
ポツリポツリと、辛い現実を少しずつ自供する。
「手紙……脅迫状ですか……?」
「ええ…………手紙には写真がそえられていてね…………」
「……………………」
震える両手が固く握り締められる。あふれる怒りと悔しさを抑えきれないと肩まで激しく震わせて、荒々しく獣じみた呼吸をした。
「あの子はまだ16だった……16だったのよ…………」
「なのに…………なんのにあんなの…………許されないことよ…………っ」
脅迫のために、彼女へと危害が加えられたのは明白だった。葦花さんの怒りは生半可なものではない。
16でしかない少女に、とんでもないことが行われたのだ。
「手紙にはなんと?」
「ええ、そうよ! あなたの推論通りなの! 私たちは脅迫されていたわ!!」
「仕方ないじゃない!! 大事な娘を救うためなら!!」
「仕方ないじゃないのっ!!!」
罪悪感がヒステリーへと変わり、ただただ苦しげに絶叫した。
悲壮にグラスを床へと叩きつけ、自らのその行為にすら震えて苦悩する。
「あの、落ち着いて……」
「手紙にはこうあったわ…………ただ、一言だけよ…………」
軽い酸欠に呼吸を乱しながら彼女は言う。
「あの事件の日、居間の鍵を一つだけ開けておくように……」
「逆らえば、娘をさらに……残虐な目に遭わせる……」
呪わしい犯人の要求を。善良な彼女に、殺人計画の幇助を強いたのだ。
最低だ、最悪だ、許されないことだと、零夏も静かな怒りを燃え上がらせる。
「その手紙はいまどちらに……?」
「…………とっておいてあるわ」
目をそむけながら、葦花さんは自分の化粧台を指さした。タンスの一番上を探ると、差出人のない便せんが現れる。
「これですね……」
「ええ……そうよ……」
「拝見しますよ……?」
「…………」
こくりとうなずく。
便せんはシンプルな真っ白なもの。けれど葦花さんの嫌悪っぷりを見れば、なんとも開くのが恐ろしくなる曰く付きのもの。
覚悟を決めて、便せんの中へと指を入れる。中からは一冊の手紙と、合計4枚の写真が現れた。
「うっっ……?!!」
手紙の内容は自供通りのもの。一方の写真は……。
(なによ、これ…………っ、許せない…………っっ)
(なによこれはっっっ!!!)
クールな彼女すらも怒り狂わせるものが、腐臭あふれる悪意となって写し出されていた。
そこに、現れた写真には…………。
殴られ、脅され、強姦され尽くした葦花愛海の姿があった。
顔面は殴打に腫れ上がり、本人の判別すらかなわない。打撲だらけの裸に、汚れた靴跡がいくつも残り、いくつもの血痕が乾きへばりついている。
それは人の所行とは思えない、絶対にこれ以上野放ししてはいけない、野獣による犯行だった。
あまりに凄惨なその写真に、零夏は怒りすらも忘れてただただ硬直していた……。




