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3ー4.別の案件、その後

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 3ー4.別の案件、その後

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「女の子をこき使って、アンタは良い身分なものね」

 通話を終えると、またどこからともなく千冬が現れた。

 屋根にでも上っていたのか、正しくは天井から降ってきたとも言う。

「ふっ、自縛霊のキミが言うな」

「自分じゃどうにもなんないんだから仕方ないの!!」

「屋敷に戻れるなら一緒に調査してる!!」

 理由はわからないけど今の千冬は不機嫌だった。

 思い返せば現れた瞬間から、唇を子供っぽく突き立てている。

「どうした、ご機嫌斜めだな?」

「だって!」

「だってあのメイドさんがそんなミスするわけないじゃん!」

 不機嫌の理由はそこにあったらしい。愛海の母に恩義でもあるのか、彼女は彼の推論に否定的だった。

「確かに、職務に忠実な人物が、なぜかその日に限って戸締まり確認を失敗するとは、考えにくい」

「……そ、そうよ。だから戸締まりは完璧だったのよ」

 彼の指し示す論理的事実は、千冬の主張を代弁した。反論に肯定で返されては当惑せざるを得ない。

「ああ、確率は極めて低確率だろう」

「そしてそんなわずかな確率に頼って、こんなご丁寧な密室犯罪が発生するはずもない」

 男は優雅に植物図鑑を引いて、既に固まり切っている推論を告げた。

「だから可能性があるとしたら一つ……」

 続いてあえて言葉を一度止めて、マイペースに暇つぶしのページをめくる。

「な、なによ……っ?」


「戸締まりの失敗はミスではなく、故意だったのだ」


 千冬には目も合わせず、ただただ図鑑を楽しみながら大胆な推理を述べた。

「はぁぁっっ?!!」

「あれ、意外と不評……?」

 でも彼にしたら思わぬ反応だった。筋は通っているというのに。

「なんでそーなるのよっ?!」

 感情的に彼女は推論を否定した。

「そーなるもなにも、富豪の家に犯罪者を手引きするのは、決まってその屋敷の使用人だ」

「悪人からすると、使用人というのは屋敷への橋頭堡だ」

「だからこそ、使用人には信頼足りうる関係者、身内が選ばれる」

「…………が、結局は人間だ」

「欲も弱みも、付け入るだけの隙はいくらだってあるだろう」

「この事件の流れを見れば、犯人が手段を選ばない直情的な人間だってことはわかってる。つまりだ」

 好きなことを語り出すと止まらない男だった。次第に意識は図鑑から自らの考えに没頭し、ようやく千冬へと目線を戻す。

「へぇ、じゃあ賭けをしようじゃん」

「…………何だと?」

 そこへ、思わぬ提案がなされた。気持ちの良い流れを差し止められて、彼は完全に千冬へと注目する。

 千冬は彼との距離をつめて、挑発的に至近距離から男の顔をのぞき込んだ。

「わたしは葦花さんを信じる!! あのおばさんは、こんなわたしにやさしくしてくれたから!!」

「だからもし、もし文継の推理が正しかったら……!!」

 強い意思で言葉が投げかけられ、きっぱりと断言する。

 ただ、賭けの代価については深く考えていなかった。真顔に戻って千冬は悩み、手っとり早く思い浮かんだままを口にした。

「アンタのメイドになってあげるわよっ!!!」

 そう浮かんじゃったものは仕方ない。もしかしたら願望があったのかもしれないが、そこは勢いで吹っ飛ばす。

「でもね!! でももしアンタの推理がハズレだったら!! これからは余計なことなんか言わせない!!」

「粛々とわたしのために!! 証拠なんていらないから犯人を捜しなさいよ祟り殺すからっっ!!」

 本当に勢いだけだ。滅茶苦茶だ。相手が同意すると思っているのだろうか。いや、何も考えていないのだ。

「お前がメイド……?」

「そ、そうよっ!!?」

「…………」

 その姿をイメージしてみる。ビジュアルとしてはまあ、悪くないような気がしてくる。

 とはいえ……。

「番犬ならまだしも、鏡を見て言うのだな」

「な、なんですとぉーーっっ?!! きぃぃぃーっっ!!」

 彼は正直じゃなかったし、毒舌だったし、相手も相手だった。

「確かに見た目は悪くない。はたからも、俺から見ても、十分にかわいい女の子と言えるだろう」

「だが、どこの世界に自縛霊をメイドにするバカがいる」

 ……残念ながら至極正論。

 ただでさえ景観もあって幽霊屋敷扱いされているのに、本物が居着いたら廃墟マニアのメッカに成り下がる可能性すらある。

「……っっ!」

「ふんっ、キレたか……? お前はやっぱり短気……」

 千冬の喉から絶句が漏れる。またもや平穏が破られる。文継は警戒に一歩後ずさる。

(ぬあ……っ?)

 なぜか千冬の美貌は怒りに歪んでいなかった。先ほどから急にうつむいて、顔を上げようとはしない。

(な、泣かせた……? いや……)

 心なしかその耳が、頬が局所的に…………赤い。桃色だ。

 もじもじと身体が揺すられ、呼吸が乱れるのか肩が小さく上下していた。

「なら……なら……」

「なら自縛霊をメイドにしたっっ最初で最後の男になりなさいよっっ!!」

 叫ぶ!! 甘くピンク色に何かを告白するがごとくに!! 何かとにかくとんでもないことを叫ぶ!!

「な……っ?!」

「なんだそれメチャクチャだろがおぃぃーっっ?!!」

 彼女の情熱とトキメキが伝播して、文継少年はそれはもう一歩二歩三歩と後退して、壁に激突するほど恥じらった。

「利益がないぞ利益がっ、何がどうしてそうなるそうなったァァッ?!!」

 両手をバタバタと振り回して、相手をビシリと指さして、とにかく発生した妙な感情をかき乱す。

 なのに千冬は直情的に、また彼との距離を急接近させた。

「イヤなのっ?!! わたしにここまで言わせておいてっ、イヤとか言わせないんだからっっ!!」

「お、おおおお、落ち着けなんか流れおかしいってちょっとっっ?!!」

 幽霊なのに甘い匂いがほとばしる。女の子の魅惑的なその体臭が、実は全く女性慣れしてない彼を混乱させる。

「ホントは自分の推理に自信がないんでしょっ!!」

「あっ、あるらぁっっ!!!」

「じゃあ勝負しなさいよ、勝負っ!!!」

「す、すらぁぁっっ!! って、しまったぁぁっ?!!」

 結果、自滅した。

 おめでとう、賭けは成立してしまった。どっちに転んでも大惨事確実だ!!

「…………そ、そう……じゃあ約束だからね……」

「……………………はい」

 とびきりおとなしく、文継は全ての思考活動を放棄していた。

「わ、わたし…………恥ずかしいから帰る……っ!」

「あ、ああ…………」

 一帯どちらへ? とも疑問が浮かんだが、問いかける前に千冬の姿は綺麗さっぱり消滅していた。


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