3ー2.Ring of Abaddon
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3ー2.Ring of Abaddon
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食堂に簡単な紅茶が用意された。
今日は休日といったこともあり、メイドの愛海は不在だ。
執事の入れた茶は上等なはずだったが、濃いのか苦みが強く、あまり人を喜ばせるものではなかった。
「皆様、お時間をいただきありがとうございます」
嫌いな人間の入れた茶を、そもそも美味しく飲めるはずがない。それはここの住民も同じはずだ。
「実は皆様に、是非とも見ていただきたいものがあるのです」
零夏はそれぞれの事情も考慮して本題を急いだ。
「皆様はこの指輪をご存じではありませんか?」
今は松次郎と愛海をのぞく、屋敷の住民の全てが集まっている。
この模写を回し読みして欲しいと、まずは隣の読子にそれを渡した。
「ふーん…………知らないかな」
読子はあまり興味がなさそうにそれを眺め、どうでもいいと隣の祐一に渡した。それはもしかしたら彼女なりの擬態なのかもしれない。
「うーん……確かにこれはうちの家紋みたいだけど……」
「分家の人たちはもっとうちより緩いし、こんなの作らないんじゃないかな」
自分も知らないと、長男は次男へと流す。
次男は思わぬその展開が面白いのか、ニヤニヤと紙を受け取った。
「ああこれ?」
「何かご存じなのですか?」
「うん、知らない」
終始その表情が軽薄なものであったことを、疑うべきだった。
「…………さ、左様でございますか」
「僕は次男だしね、あまり家の深いところは知らないんだ」
不誠実な次男は自分の母へと回し渡す。
「……………………」
子離れ出来ない母は嬉しそうに受け取った。だがその白紙の内容を目にすると、まばたきすら止めて模写に見入ってしまった。
「…………見たことないわ」
「……やーねぇ~趣味の悪い指輪だこと」
怪しい。どこか不自然だった。まるでおっかないそれを押しつけるみたいに、彼女は隣の永作執事に渡す。
「…………ふんっ、知らんな」
執事は最初から気に入らないとイヤな顔をしていた。
模写を目にしてそれはいっそう高まって、さも下らないとテーブルにそれを投げ捨てた。
「捨てないで下さい」
「用件はこれで終わりか? 無いなら失礼する」
相手の回答も待たず席を立つ。
「はい、以上です」
「ふんっ、無駄足だったな。無能な主人によろしく伝えるがよい」
永作執事は茶器の後片付けもせず、足早に庭仕事へと戻っていってしまった。
他の親族たちも用事が押しているのか、席を立ち上がる。
「僕たちも失礼するよ。兄さんは会社かい?」
「…………そうだよ」
「凡人だと大変だね」
「…………っっ、あまり社会を舐めるな桐二」
「あははっ、兄さんは要領が悪いもんね」
まずは仲の悪いその二人が食堂から消えた。
「ふふふっ、何だか知らないけどやるじゃない」
遅れて腰を上げると、ポンと肩に読子の手が乗った。言葉は小声に抑えられた密談だったが、そこには親愛の情が隠されている。
「いえ、まだまだこれからです」
「がんばってね。うちの連中が暴走しないように、気を配ってはおくから」
「……感謝します」
ニコリと上機嫌の笑顔を見せて、次女は居間から自室へと上っていった。
後に残されたのは――――彼女のみだ。
「あらそう、そうだったわぁ~、お買い物いかなくちゃっ」
自分が立ち尽くしていたことにも気づいていないらしい。
「ごめんなさいねぇ~、無駄足だったようで何よりだわぁ~うふっ、うふふっ」
当主婦人はわざわざ面と嫌みを言って、だがどこか不確かな足取りで立ち去った。
(…………うーん……)
文継のオーダーはここまで。この先は彼へと一度報告を入れる予定だった。
その予定だったのだが……。
(あやしい…………)
文継が言うには、この事件は共犯者がいるとのことだ。
単独犯ならまだしも、共犯でこの事件を起こしたのならば、揺さぶりにより隙を見せるはずだ。
(共犯者……?)
零夏はこっそりとその背中をつけた。疑惑の存在、上苑伊代子を。
…………。
……。
尾行は完璧だ。夫人は注意力を失っていた。
買い物と言うわりに、準備もない手ぶらで建物を出る。
すると焦るように携帯端末を取り出して、早足でそのまま庭の裏出へと急いだ。
零夏は芝生の敷き詰められたそこを、忍び足で慎重に追尾する……。
やがて暗く鬱蒼とした一帯にたどり着くと、夫人は準備しておいた電話番号にコールした。
(……!)
キョロキョロと今になって周囲を見回している……。
だが問題ない。油断せずに隠れておいて正解だった。
やがて相手が呼び出しに出たらしく、周囲の探索を止めて口を開く。
「ちょっとっっ!!! 何であんなものが出てくるのよっっ!!!」
叫ぶ。怒りと焦りとヒステリーのままに、さながら鬼と化して。
(……何とこれは……パーフェクトに黒じゃないですか……)
「あの探偵もどきが持ってきたのは何よっっ?!!!」
「アレはっ、アレはアンタのォッッ!!!」
夫人は決定的な自爆をした。
彼女は今、事件の共犯者と通話している。許されざる事件の犯人と!
仮説は証明されたのだ。共犯者の存在はもはや揺るぎ無い事実だ。
「…………そ、そうね」
「うん……うん…………そうね、うん……落ち着くわ……」
何か新たにボロを漏らすかと思えば、期待はずれにも夫人は平静を取り戻してしまった。犯人になだめられたのだろう。
この始末に終えない女をここまで手懐けられるなんて、よっぽどの関係なのではないかと疑う。
(どうしようかしら……)
(この場合は……ううん……)
今、夫人から携帯端末を奪えば犯人との関係がわかる。
(けれど私たちは民間人、そんな権利あるのかしら?)
通話の履歴と内容は、警察ならば調べることができるだろう。だがそれでは自供にならない。
(それに……ダメね……)
その気になれば、担当刑事にしたように存在ごともみ消してくるだろう。文継の望むやり方でもない。
(もっと、もっと決定的な証拠がなければ……)
(この人でなしどもに……悔しいけど天誅を与えられない……)
夫人に糸口があるのはわかったのだ。
後は伊代子を見張り、揺さぶり、またボロを出すのを待てばいい。
見つかって警戒されるのも困った展開だ。零夏は一度そこを離れ、主人へと緊急連絡を入れることにした。




