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1ー2.図書館

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1ー2.図書館

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 文継には友達らしい友達はいない。そう呼べる者があるとしたら、辛うじて綾宮零夏が候補に上がる程度だ。

 過度な活字嗜好で、滅多に外界へと姿を現さない文継に、友人関係といったものが発生するはずがなかった。

 本人もあまり人間関係へと執着する性質でもなかったのが、さらに彼の境遇を孤独、いや、孤高とも言えるものにしていたようだ。

「全く…………昔はあんな性格じゃなかった気がするのだが…………」

「ふぅ、ふぅ…………ああ、暑い、暑すぎる…………」

「足がもう疲れたぞ……おのれ、おのれあの独裁メイドめ………」

 夏の暑さも、筋肉がひきつりそうな足首の疲労も、全て綾宮零夏のせいだ。

 忠実だが強引なところのある彼女を思い浮かべ、ブツブツと陰気な男はグチをこぼした。

 褒められた姿、性質ではないが、それが彼なのだから仕方がない。

「しかし……ふぅ、ふぅ………しかしまあ……」

 収穫が無いわけではない。

 久々に立ち寄る大衆向け書店は、公共施設には絶対に並ばないような書籍が彼を楽しませてくれたし、各地の図書館では半年分の新刊が宝の山となって彼を歓迎してくれた。

 図書館から図書館へ、そうこう渡り歩いているうちに時刻はもう二時過ぎを迎えていた。

 彼はここを最後と決めて、屋敷の近所にある総合病院を訪れた。ささやかながらここにも図書室があるのだ。

 さも当然の権利であると文継は病院の敷地へと進入し、勝手知ったるなんとやらで一直線に図書室へと入り込む。

(…………)

 古書と消毒液の匂いが混じり込むその一室は、客層を含めて独特の空間だ。

 空調の整えられた院内は弱い冷房がかけられ、彼の汗ばんだシャツをゆっくりと乾かしてゆく。

(さて…………)

(これと、これと、あとこれと……ふむ、アレも良さそうじゃないか)

 彼は個人主義の傾向がある。というより、過分に身勝手な男だった。

 人の迷惑も考えず、彼からすればほんの10冊ほどの新刊をキープしたのだ。それから隠すように一室の角に陣取り、パラパラと軽やかにページをめくり始める。

(……………………)

(…………)

 本さえ与えれば彼はおとなしいものだった。

 行儀悪く足を組んではいたが背筋をピンと伸ばし、極端な集中力で身じろぎすらも止めてしまう。

 呼吸すらも止まっているかのようで、彼から発されるのはページをめくる摩擦音くらいだ。

(………………………………)

 からくり人形のように単純動作以外を否定し、文継はひたすら書物へと没頭していった。

 …………。

 ……。

(……………………?)

 だがしばらくすると、その図書室の司書をかねている若いナースが彼の隣に現れた。

「何だ?」

「…………」

 言葉を投げかけても彼女は返事すら返さず……。

「お、おいっ?!」

 せっかく積み重ねた合計9冊の新刊を持ち去っていった。そりゃもう嫌みったらしく、彼へと一瞥もせずそれらは本棚に戻されたのだ。

「………………」

「…………ふんっ、全く器の小さい女だ。もう少し気品といったものを学ぶべきだな!」

 届くか届かないかくらいの声で、彼は嫌みをつぶやく。

 だが司書の反応はは完全なる無視だった。

「ぬ、ぬぅ……けしからん女め……!」

「だがまあ……ふん……っ、欲張った俺が悪いということにしておいてやろう」

 ならば最初から欲張るなと、かの司書も思ったことだろう。

(…………しかし、集中力が途切れてしまったな)

(屋敷ならば零夏が茶を入れてくれるものを…………)

(これもヤツが俺を追い出すからだ、けしからん)

 身勝手な男は姿勢を崩し、読書を止めて少し休憩した。

 書籍へと傾いていたはずの冴えた意識が、一気に外界へと向けられる。

(ん…………?)

 そこに、彼は『妙なもの』を見つけた。

 いや、妙な人影とでも呼べるものを。

(あれは…………)

(……………………)

 図書室の奥、あまり人気のない古書類が保管されている最も薄暗い場所、部屋の隅。

 そこに…………。

(…………)

 彼はそれはもう、うんざりと顔をしかめた。それだけの光景が広がっていたからだ。

 彼の目撃してしまったその『妙なもの』。それは…………女の影だ。

 だがただの女ではない。とても尋常ではないもの。

 なぜなら……。

 女のパジャマはみすぼらしく乱れ、外れたボタンの間から真っ白な柔肌が見えていた。

 身体にはいくつもの打撲痕、殴られたり、蹴られたりしたとしか思えない哀れな青たんが浮き上がっていた。

 目の焦点を合わせる気力すらもなく、呆然と無気力に彼女は立ち尽くしている。

(むごいな……)

 彼がそう感想を持つのも仕方がない。

 あまりに惨い姿だったからだ。

 彼女は…………。

 彼女の腹部から下は血に染まっていた。

 その出血元とおぼしき部分にはキラキラと輝く……金属光沢。

 よく確認するとそれは大ぶりな短剣だった。

(…………)


 そうだ、剣に貫かれた女が、図書室の片隅に立ち尽くしている!!


「……………………ぁ」

 猟奇的なその光景は、好奇心豊かな彼を釘付けにした。

 結果、してはいけないミスを冒してしまったのだ。

(…………しまった)

 彼は、その…………『亡霊』と目が合ってしまった。

「ぁ、ぁぁ…………ぅぁ、ぁぁ…………?」

(はぁ……やれやれ……面倒なものを見てしまったぞ……)

 彼はもう勘弁してくれとため息ついて、再び本へと視線を落とした。

(俺は何も見ていない)

(ああ、何と素晴らしき新刊だろうか、いとをかしことこの上ないとはこのことだ)

 またもや彼は行儀の悪い彫刻となり、意識を外界から遮断した。

 自衛と現実逃避をかねて。

閲覧ありがとうございます。

推理モノは需要が……でも負けない……!

見知らぬ女子高生にシニアっぽい言われたけど、それでも負け……負け……ない……?

やっぱ負けそう……

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