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2―6.上苑家の業深き人々(後編

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 2―6.上苑家の業深き人々(後編

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 親切なメイドが教えてくれた。他の家族はまだ外出中だが、松次郎氏の妻、上苑伊代子。それと次男の桐二が先ほど帰宅したらしい。

 おまけに彼女は自分の仕事もあるというのに、彼らへと取り次ぎまでしてくれると言うのだ。

「気にしないで下さい。私、零夏さんのこともっと知りたいんです」

「で、出来たらその…………」

「お友達になってくれると嬉しいです」

 彼女の笑顔は明るく健康に満ちていた。

「はい、私のようなつまらない女で良ければ」

 そのありがたい申し出をまとめて零夏は受け止める。

 面談の手配は手早く終わった。名残惜しいが愛海と別れて、彼女は夫人の部屋を訪れる。


「話は聞いたわ、それでいくらで帰っていただけるのかしら?」

「母さん、いきなりお金の交渉はどうかと思うんだけど」

 顔を合わせるなり、ケバケバしいその中年女性は銭の交渉に入ってきた。

 伊代子婦人はブランド物のスーツをがっちり着込み、華美なほどに装飾品を身につけた、逆に今時珍しい化石みたいなセレブだった。

「すまないね、愛海から話は聞いているかと思うけど、僕が次男の桐二で、この人が母の伊代子」

「…………まあ、僕はキミらを歓迎するよ」

 もう片方の次男は、まるでホストみたいな長髪をした軽薄な男だった。年は愛海と同じくらいだろうか。見るからに大学生らしい身軽な風貌だ。

「桐二ちゃぁん、あなたは黙ってなさぁい。ママが全部良くしてあげるから」

「母さん、いい加減僕も21ですよ? 人前でそういった態度は……」

「黙ってなさいと言ったでしょ? ママンの話が聞けないのぉ?」

「…………わかったよ」

 過保護だ。億劫そうに次男の桐二は折れる。

 とはいえこの方が、調査をする上ではやりやすいかもしれない。

「初めまして、綾宮零夏と申します」

「残念ながら私の主人は、はした金では動かないのです」

「あらそうなの、じゃあ何が欲しいのかしら?」

「話の内容次第では、叶えてあげないこともなくてよ?」

「見ればずいぶん質素なお仕着せですこと。お金に困ってるのではなくて?」

「いえ……」

 第一印象は、何にでも金で解決しようとする哀れな人。あの華美なほどの生花もこの母の仕業だろう。

 自意識、美意識どちらも過剰で、無自覚に嫌味を使う困ったタイプだ。

「結構ですので、お話をお聞かせ下さい」

「あら……あらそうなの~……ひがんじゃったのならゴメンなさいねぇ~!!」

(う……っ)

(何なんですかこの人…………うざい)

 まともな会話が成り立たない!

 零夏はよりいっそう、そのポーカーフェイスを冷たく硬化させた。

「千冬のことで来たんだって? なら良いこと教えて上げるよ」

「もうっ、黙っていなさいって言ったでしょ、桐二ちゃぁん」

「うるさいなぁ……」

 そこへ、次男が助け船を出してくれた。この母と、あの執事を前にすると聖人だ。

「千冬と僕は母親が違うんだ。長男の祐一兄さんもまた別でね……」

「彼女の母は後妻として屋敷に嫁いだんだけど……」

「ある日突然、父の前から行方をくらましてしまったんだ」

 その情報は昨晩千冬から耳にしている。追い出されたのではなく、自発的な行動によって別居したことになっていたが。

「そうなのですか、彼女も苦労したのですね」

「そうだね」

「あらあらそうだったかしらー、かわいそうな千冬さんとお母さん…………はぁ、同情するわぁ~」

 その伊代子婦人は、あろうことか残酷に喜びほくそ笑んでいた。

 同情ではなく、もっと悪魔的な感情がそこにはうずまいている。そうに間違いない。

「でもそれ、母さんが仕向けたんでしょ?」

 因業な母を見つめ、さらりと次男は言った。途端に婦人の顔がひきつる。

「………………まっ、なに言うのこの子はっ?!!」

「だって写真見たことあるけど、母さんよりどう見ても千冬ママのがキレイだし、人柄も兄さんが誉めてたよ」

「何っってこと言うのぉっ、もーこの子はぁぁっ……?!」

「ママのがキレイでしょぉ~、ママのが桐二ちゃんにやさしいでしょぉ~?!」

「ほらね、ほら~~♪ ママのがこの家にふさわしいに決まってるじゃないのぉぉっ!!!」

 恐ろしい女性だ。関わりたくない人柄だ。桐二に心より同情する。

 ブチリとキレたその母親は、まるで般若そのものだった。

「そいうことで、零夏さん」

「僕は千冬ちゃんに手をかけていないし、むしろ身内の誰かが罪を暴かれて……」

「相続権を剥奪されるなら大歓迎だよ、むしろぜひがんばってくれよ」

 ところが、その息子である彼が歪んでいないはずがなかったのだ。

 家族に対する情があまりに希薄で、やはり母親似の利己的な性格をしていた。

「…………そうですか」

「事件発生当夜、お二人は何をされていましたか?」

「その一時間前からでかまいません」

 よくよく考えれば、最近の自分は性格破綻者ばかりと出会っている気がする。

 残る二人の親族についても、この様子では希望が持てない。

「あの晩? それなら取り調べを受けたからね、よく覚えてる」

「0時ぐらいに買い物にいって、一時過ぎには寝たよ」

「ええ、私もしっかり寝ていましたわ」

「誰がやってくれたかは知りませんが、おかげで遺産狙いのキツネが駆除されたようで何よりでした、フッフッフッ」

「母さん、そういったことは思っていても口を慎むものだよ」

「あらそうだったわ、オホホホホホッッ♪」

 何て親子だろうか。何て身勝手な人たちだろうか。

 彼女は――千冬はあんなに苦しんだというのに。刺された剣が抜けずに、亡霊となったままずっと苦しんでいたというのに…………。

(この人たち、何てひとでなしなの……?!!)

 クールな零夏も、さすがに怒りを覚えないわけにはいかなかった。

「ご協力ありがとうございます。貴重な情報をいただけました」

 慎ましい鉄火面の下で、彼女は地獄に堕ちろとまたつぶやく。

「何かあれば協力するよ」

「僕は犯人じゃないし、どうせこれをやったのは身内だからね」

「そんな殺人鬼を野放しにしたら、次は僕らかもしれない」

「あら怖い、怖いこと言うのねぇ~、桐二ちゃん」

「最低です……」

 聞こえない音量で、ボソリとつぶやかずにはいられなかった。

「え、なんだい零夏さん?」

「何でもありません。ご協力ありがとうございました」

 この部屋は百合の臭いが強烈過ぎる。

 嫌悪をこらえながら、零夏は婦人の私室を立ち去った。


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