2―4.報告と試み
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2―4.報告と試み
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「文継様、無事に松次郎氏より了承が得られました」
「そうか、ご苦労」
「まさか俺の名前がこうも通じるとは、我ながら予想外だったよ」
「何かしらの揺さぶり、きっかけにはなると思ったのだけどね」
早速彼女は主人へと報告を入れた。
怪しげな主人はしらじらしく勝手なことを言って、自分一人で納得した。
「はぁ……そんなダメ元みたいなツテだったんですか……」
「そういうことは事前に言って下さい……」
「言わない方がキミは良い仕事ぶりをしてくれると思ってね。ありがとう、助かったよ」
「やっぱり文継様は最低です」
軽蔑とはまた違う、いつもの挨拶感覚で零夏は主人をなじった。
「それで屋敷の住民たちには、何について聞けば良いのですか?」
なじったところで反省する人間じゃない。零夏は手早く話を進める。
「ああ、それなんだけど……」
「キミはもう、俺より先に調書は読んだよね?」
「はい、ずいぶんと絶望的でした」
「そう悲観するものじゃない。俺たちは警察じゃないんだ、気楽に行こう」
調査についての話題になると、やはり文継は楽しそうだった。
珍しく生き生きとしている彼に、零夏もかすかに微笑を浮かべる。
「当時の防犯カメラの管理体制。それと戸締まり状況の再確認をお願いするよ」
「あとはアリバイかな……。調書は手元にあるし、事件発生一時間前からを、再度確認するだけでいいよ」
つまり質問は三点。彼女は主人の言葉を逐一メモする。
「他はいいのですか?」
「うん、それで良い。調書をみる限り、検証は丁寧に行われたみたいだから」
「なるほど……わかりました」
どちらにしろ、彼が楽しんでいるのならば良いだろう。初めから彼女はこの遊びに付き合うつもりだった。
「というより、キーは千冬の記憶にあるといって良い」
「この事件はかなり特殊だよ」
「少なくとも、言葉を喋る被害者なんて、殺人事件ではいまだかつて無い」
「確かに、犯人側からするとたまったものではありませんね」
自縛霊となった千冬が、文継と出会ったしまったのは、犯人からすると悪夢そのものだろう。
せっかく迷宮入りしたはずの事件を、別の角度から探り回す者が現れるのだから。
「とにかく千冬が何かを思い出せば、それだけで調査の鍵が増える」
「そこにキミの再調査が重なれば、きっと何かしらが見えてくるはずだ」
冷静にハッキリとそう言われると、この難解な事件も解決出来そうな気がしてくる。根拠の無い自信もたまには役に立つものだ。
「はい、調査についてはわかりました」
「ですが…………」
「もしかしなくとも、その口振りですと……」
「これから千冬さんの記憶に探りを入れるのですよね?」
文継に千冬を任せるのは不安があった。
記憶の復旧に、彼女は耐え難い苦悶を見せていた。
「…………な、何だ?」
それをこの主人に任せて、果たして大丈夫だろうか? 不安でしかない。
「千冬さんの扱いは重々、丁重なものでお願いしますね」
「よもやまた泣かしたら、ええ、ただでは済みません」
「文継様は普通に人でなしですので」
あの不幸な少女が、これ以上苦しむことなんてあってはならない。心やさしいメイドは、しっかりと主人へと釘を刺した。
「…………」
通話がかすかな環境音のみとなり、電話先より野鳥の鳴き声が響く。
「それは彼女の自由意志というものだ。本人が苦痛と不幸を望むのであれば、俺が勝手にそれを否定をするのは主義に反する」
「………………はぁ」
「貴方は最低です、最低の男です」
「お願いですから、もう少し人への思いやりを持って下さい」
「ハッハッハッハッ」
わかったわかったと、彼はごまかすように笑い、何とそのまま一方的に電話を切ってしまった。
「…………ああもう」
「地獄に堕ちればいいのに」
思ってもいないことをぼそりとつぶやき、彼女はもう一度深いため息をついていた。