表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/41

2―3.父

――――――――

 2―3.父

――――――――


「よく来てくれた」

「貴女が…………文継殿の使いの者か」

 書斎へと通されると、そこには重々しい雰囲気を醸し出す老紳士がいた。

 その顔立ちには彫りの深いしわが刻まれ、直視するだけで威厳に言葉を詰まらせてしまうような、威風堂々たる人物だった。

「はい、お時間をいただきありがとうございます」

「お初にお目にかかります。菱道文継の使いの綾都零夏と申します」

 だが彼女は物怖じしない性質のままに、流れるように丁重で洗練されたお辞儀をした。

「そうか……」

「ワシは上苑かみぞの松次郎まつじろう。君たちを歓迎しよう」

 零夏には一つ疑問があった。一介の引きこもりに過ぎない自分の主人が、何がどうしてこんな大物とのコネを持っているのだろうと。

 当然、彼女なりに根深い興味がわいたが…………。

 あいにくそれは今回の本件ではなかった。

「ありがとうございます。そのお言葉に主人も喜ぶでしょう」

「…………」

 松次郎は文継に興味がある素振りだった。

 だが、積極的に問いかけようか迷っているかに見える。

「ところでご主人は…………いや…………」

「永作さん、悪いが席を外してくれ」

 迷った後に、執事へと人払いを要求した。

「いいえ旦那様、失礼ですが菱道文継などといった人物を私は存じません。この女もどこまで信用できるか、はなはだ怪しいものです」

 当主はこの頑固な執事に敬意を示しているようだった。

 二人を見比べてみると、いささか執事の永作の方が年長に見える。ともかくよっぽど長い付き合いなのだろう。

「頼む、ワシも人の親だ……」

「あまりお前に情けないところは見せたくない……」

「それは…………左様でございますか」

「失礼致しました、それでは何かあればお呼び下さい……」

「うむ……」

 執事はやはり不審げに零夏を睨み、やむなく書斎から立ち去っていた。

「ご迷惑をおかけしたようで……」

「いや、いいのだ……」

「それで貴女の……文継殿の用件というのは……」

 執事が立ち去り、彼は心なしかホッとしたようだった。少なくとも、主人を大事にはするが、面倒な人物のようだ。

「はい、電話でもお伝えしましたが、今回お尋ねしたのは……その……」

「過去を掘り返すようで本当に心苦しいのですが、娘さんの……小宮千冬さんのことでうかがいました」

 相手の心境を慎重にはかりながら、あえて小宮の姓を使って彼女の名を上げる。

「そうか……」

「実はとある事情で、主人は彼女の意志を継ぐことになりまして…………」

「どうしても迷宮入りした千冬さんの事件を解決したいのです」

「……………………」

 松次郎氏は深く考え込んだ。

 調査の結果、自分の家族が犯人と決まれば家名が傷つくことになるだろう。それはそのまま、財閥の業績にも影響する。

 そんな決断を、保守的な老人がするだろうか?

 いや、ならばそもそも彼女を屋敷に招く必要も無かった。

 つまり、おそらく松次郎は迷っていた。

「警察が調べてもわからなかったのだ。専門外の人間が調べたところで、何が得られるとも思わぬが……」

「…………」

「わかった、調査を許可しよう」

 けれど結局は、親の情が勝ったのかもしれない。

 松次郎は悲しそうだが、どこか嬉しそうにうなずいた。

「娘のことをここまで思ってくれている友人がいたとは、ワシも救われる気持ちだ」

「真実にたどり着くのは難しいかと思うが…………それでキミたちの気がまぎれるなら、一人の残された者として協力しよう」

 はなから文継らの試みで、事件が解決するとは思っていないようだった。

 それも仕方がない。事件の調書は完璧で、不可能犯罪は揺るがないのだから。

「ありがとうございます。主人もご厚遇に感謝するに違いありません」

「文継殿か…………」

「その…………彼は本当に…………文継殿なのですか……?」

 質問をためらうように、当主は意図のわからない確認をする。

「は、はぁ……主人は確かに菱道の文継でございますが…………」

 そうは聞かれても、彼は彼なのでそう答えるほかにない。

(この人……本当に文継様のことを知っているのね……)

 否、そう誤魔化さなければいけなかった。

「いや、妙なことを聞いた、すまん」

「ワシはこれから打ち合わせがある。悪いが後のことは愛海くんにでも聞いてくれ」

 厳しい経営者の表情へと戻り、屋敷の主人は書斎から立ち上がった。それから立てかけてあった杖を取り、足早に出入口へと立つ。

 零夏は丁重に部屋の扉を引いて、もう一度協力への謝辞を述べた。

「もし…………本当に文継殿だとしたら…………」

「怖ろしい話だ……」

 去り際、松次郎は低い声で何かをつぶやいた。

(怖ろしい話……ですか……)

 どういう意味だろうか。文継と上苑家当主の関係に、好奇心を刺激されて止まない。

 だがふと我に返った頃には当主の姿は遥か遠く、今はどうにも難儀そうに杖を突いて、広いバルコニーを下ってゆくところだった。

「我ながら得体の知れない主人を持ったものですね……」

 ともかく当主の許可は得られた。聞き込みと調査を始めよう。

 面倒な執事に見つからないように、彼女は一度屋敷の外へと抜けた。


諦めて予約掲載使い始めましたw

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ