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2―1.事件のあらまし

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2.上苑家の人々

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 2―1.事件のあらまし

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 翌日、文継は上苑家当主あてに電話連絡を入れさせた。

 零夏に菱道文継の代理の者と名乗らせると、ほどなくしていともあっさりと取り次ぎが了承された。

 やがて電話に出てくれたその男は、重々しくしわがれた声が印象的な、いかにも落ち着いた労紳士だった。

 その老紳士へと、当時の事件を個人的に調査したい。自分たちは故人、小宮千冬の友人だ。彼女を殺した犯人をどうしても探したい。

 しいては上苑家内部での調査を許して欲しい。

 簡潔にそう伝えてゆくと、当主は千冬への友情に感謝し、屋敷にて直接話しを聞きたいと申し出てくれた。

 続いて、文継は「上苑家次女殺人事件」の調書を入手した。

 警察関係の親族へと頭を下げることになったが、そこはまあ好奇心のためだった。

 彼はわくわくと便箋を開封し、調書のコピーへと目を通し始める。

 最初はあんなも非協力的ではあったものの、彼は久々の謎解きゲームに遊び心を高ぶらせているようだった。

「…………」

「………………うん?」

 細い指先がパラパラと調書をめくる。

 そこには彼の予想とは異なる、意外な事実が記されていた。

「これは…………」

 スベスベのあごを軽く撫でて、より一層真面目な顔を浮かべる。

 まるで勤勉な学生が、宿題に難問を見つけて対抗心を燃え上がらせるように。

「なんとまぁ……多少の時間経過は予想していたが……」

「なるほどね……」

 その情報は、調査をさらに困難ならしめる負の要素だ。なのに彼は嬉しそうに苦笑した。

「そうなると……手順をちょっと変えないとか……」

 調書に記されていたその情報……。

 それは……。

 ただの日付だった。

 困ったことに上苑千冬の死亡年月日は、今より三年も前の春だったのだ。

「…………うーん」

「犯人を特定することはまあ、可能だろう……」

「しかし…………うん……」

 証拠となると、難しいだろう。

 三年も経過していては、雨風がほぼ完璧に証拠を洗い流している。

「フッフッッ……面白い……悪くないぞ、小宮千冬」

 嬉しそうに独り言をつぶやきながら、彼は調書の続きを読み進める。


 ―――――――――――――――――――――――――――


 犯行時刻は午前二時過ぎ。第一発見者は同家屋に住む長男、上苑祐一氏。就寝中、うめき声と何かが倒れるような物音に目を覚ました。

 確認に二階自室より一階居間へと下りると、うつ伏せに倒れ血を流している千冬さんを発見。すぐに家族と警察救急を呼んだ。

 居間には使用人を含む屋敷の住民の全てが集合。千冬さんは病院へと運ばれたが、出血多量のショックで間もなく死亡した。

 現場には全く証拠となるものが残っておらず、きっちりと施錠もされた完璧な密室状態。

 屋敷の廊下、玄関には防犯カメラが設置されていたが、犯行時刻前後に人影は全く映っていなかった。

 実地検証を行ったところ、防犯カメラをかいくぐっての移動は不可能と判明。

 上苑家では、屋敷の二階が家族一同の部屋となっているため、親族が犯行を犯すことは不可能と結論付けられた。

 また、深夜当時の屋敷はしっかりと戸締まりのされた密室状態だった。

 そのため、離れの小屋で生活していた使用人たちや、金銭目当ての外部犯などにも、犯行は不可能。

 施錠をこじ開けたような形跡もなく、事件は容疑者不明のまま現在へと至っている。


 ―――――――――――――――――――――――――――


「三年が経過している上に、誰もが寝静まった深夜の出来事。結果、住民の全てにアリバイが無く、しかし誰一人として犯行の達成が不可能な物的証拠……」

「…………」

 戸締まりのされた屋敷に、形跡を残さずに進入するのは不可能。

 防犯カメラの設置された廊下を、発見されずに突破するのも不可能。

「証拠となる遺留品もなく…………」

「事件はいまだ何の糸口もつかめていないまま迷宮入り……」

「これは思ったよりずっと……」

「ずっと難儀な頼みごとをされてしまったな……アッハッハッ」

 だがやはり楽しそうに、彼は調書の内容を頭へと叩き込んでいった。

「さて……」

 それもほんの数分のこと。

 すぐに彼は書類を机にほおり投げ、お気に入りの昆虫図鑑を本棚から引いた。

「姿が見えないが……彼女はまだ寝てるのかな……」

 今朝から千冬の姿はどこにも無い。そもそも幽霊は眠るのだろうか?

 どちらにしろ、この調書の情報だけでは何の進展も情報も望めない。

「そういえば…………」

「いつから図鑑なんかを読むようになったんだったか……」

 だから彼は珍しい生物たちを眺めて、しばらく彼なりの日常へと戻ることに決めたようだった。

 分厚い図鑑を眺めながら、彼は居間へと下りてゆく。

「零夏、居ないのか? 何か美味い茶を……」

「…………」

 そこまで来て、彼は自室へとUターンした。

 彼に仕える類まれに奇特なメイドは、今は調査員として上苑家へと出向いている。

 連日自発的に外へと出るなど、引きこもり探偵のポリシーにかかわることだ。

「ああ、喉が渇いたな…………」

 自ら茶を入れるなんていった当たり前の発想も、そのダメ男には初めから無かった。


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