1ー10.真夜中のお茶会(後編
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1ー10.真夜中のお茶会(後編
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「私は古宮千冬。だけど死ぬ前は上苑千冬を名乗っていたの」
「上苑家というのは、古くは戦前に力をつけた古い男爵家。それが現在に至っては、傘下のグループ企業を一挙に取りまとめる、財閥一家のことになった」
「幼い頃から母はわたしに……それはもう誇らしく父の家系を語っていわ……」
その口調は冷め切ったもので、自らの家柄を忌々しげに蔑むものだった。
「でも私は庶子だった。母は父の愛人だったの」
「だから私が生まれるその前に、母は上苑の屋敷を追い出されていたわ」
「そんな母は……それでも父のことを信じていたけれど……」
「結局は遊びだったんだと思う……」
そこには母親に対する愛情と、母を捨てた上苑への怒りがあった。悲しそうに彼女はどこか遠くを見つめる。
「…………」
思うところがあったのか、そのまま千冬は言葉を詰まらせていた。
次の言葉が見つからずふさぎ込み、何度か唇を動かしかけて、結局は止めてしまう。
その姿は寂しげで、今にも消え入りそうなほどに儚かった。もしかしたら、ほんの少しだけ泣いていたかもしれない。
「ごめん」
静かにそう言った。
「あの、話せる部分だけで結構ですので……そうですよね、文継様」
「必要なら聞いてみたいけど……それは千冬に任せるよ」
彼らはそうは言うが、説得の為にも伝えなくてはならない。
古宮千冬が残した無念を。
「母はずっと昔に死んだの」
彼女が言葉を止めたのは、たったその一言が言えないためだった。
声は落ち着いた発音で事実を告げ、気丈にも感情を押し殺す。
「だからこれまでは、お婆ちゃんのところで暮らしていたの」
「でも……」
「……………………」
「母はきっと……父とわたしと共に、あの屋敷で暮らす日を夢見ていた……」
そんな日は絶対に訪れない。
幼い頃の自分でさえ、そのことに気づいていたことを思い出す。父は母を捨てたのだと。
「…………だから母の願いを叶えようと思った」
「せめて一時だけでも、共に暮らせば報いになるかもしれない」
「父と共に母の墓参りをすれば、母がわたしの隣で微笑んでくれるかもしれない」
「だから私は……」
「当然の権利を主張して、父の屋敷にやって来たの」
話題が上苑家のことになると、言葉は怒りと蔑みによるものへと戻った。負の感情ではあるものの、それで良かったのかもしれない。
母親のことを話す千冬はなんとも苦しそうで、どういうわけか、気がかりなほどに固着しているように見えた。
「でもそこは最低の世界だった……」
「新しい相続権の持ち主に、兄弟と義母たちはわたしをうたぐり、血筋が証明されても、落胆と敵意しか見せなかった」
「ただ一人、義理の姉はわたしを歓迎してくれたけれど……」
「…………」
「結局わたしは……殺されてしまったもの……」
「もう姉さんなんて呼べない……」
「…………」
「……………………」
彼女の昔話はそこでおしまいのようだった。
屋敷へと戻った彼女は、その後何者かに殺害されてしまった。そういうことだろう。
「ふん……なるほど……」
「申し訳ありません、千冬様……辛いことを思い出させてしまったようで……」
ぐったりとした様子で、千冬は椅子に座ったままうつむき込んだ。
その彼女の背中に回り込み、零夏は愛情を込めて椅子ごと肩を抱き締める。小さな感嘆が上がり、少しだけ少女の緊張がほぐれる。
「最低の家だ」
「文継様、言葉はお選び下さい。さすがに怒りますよ?」
「だが最低の話じゃないか」
「文継様、わたくしは怒ると言いましたよ」
「…………ふんっ、悪かったなキミ」
叱られて、不承不承に彼は謝罪の言葉をかけた。
零夏を怒らせると本当に長く、面倒で、執念深いのだ。
「べつにいいよ……勝手にわたしが……ヘコんでるだけだし……」
「ねえ……そんなことよりさ……」
全てを語り終えて、彼女はまたいっそう憑き物がとれていた。
穏やかで、けれど力ない言葉と表情が……しょげこんだ上目使いの辺りから響く。
「わたしはあの屋敷に戻って、犯人を探すことも、呪い殺すことも出来ないの……」
「…………おいキミ、最後のは物騒だったぞ」
いや、やっぱり彼女は彼女だった。
「ふふふ……」
「だってわたしは自縛霊だから……」
「身体をこの一帯に縛り付けられちゃってるみたい……」
「だからね……」
彼女は弱々しく微笑む。
弱ってはいるが、健康的な精神からあふれる自然な笑顔だ。
けれどその笑顔はすぐに曇ってしまう。曇った彼女はすがるように言うのだ。
「お願い……文継……」
「わたしに情けを下さい……」
「どうかわたしに代わって……犯人を見つけて下さい……」
「最低で……バカみたいだったわたしの人生に……」
「っ、っっ……せめて、せめて、最期の、希望を……」
ついに堪え切れず、千冬の瞳より大粒の涙がこぼれ落ちた。それはもう抑えこむことも叶わず、終わらない嗚咽となってゆく。
――彼女は誠意を示した。ならば次は文継の番だ。
「…………」
「よし、話は聞いた。ならば天へと召されろ」
にも関わらず、散々メイドに叱責されたにも関わらず、ソイツはやっぱり高飛車だった。
「文継様……貴方という方はもう、本当にどこまで……ぁぁ、情けないです……」
「あ、ははは……そりゃそうだよね……わたし、あなたに何も支払えないし……」
「こんな虫の良い話……聞く方が間抜けだよね……あはは……」
「でもアンタ、ホントやなやつ……」
怒りを通り越して、彼は哀れみの視線を受けていた。
ここまでの頑固者は、そうそういるものではないと。
「何を勘違いしている」
「ぇ…………?」
「協力してやろうと言ったのだ」
「言ってませんよ、ついにボケましたかご主人様?」
可哀想なものを見るような目で、メイドは主人の正気を確認する。
「いやだから、キミの事情を解決して、成仏させてやろうと言ったんだ」
「え……っ、え……っ?! ええっっ?!」
「それって……ほんとう……?」
奇跡が起きた。でもまた信じられない。
唖然と千冬は文継へと問い返す。
「はぁぁぁぁ……何て人迷惑な方なんでしょう……」
一方の零夏は主人のひねくれ切ったその性質に、心底もう付き合ってられないと目元を覆った。
「ああ、若干興味を覚えた。多少の情報集めと……」
「うん……まあ……ついでに犯人の特定くらいならしてやっても良い」
「ただし、犯人を憑り殺すなんてことは絶対に認めない」
そこは絶対に譲れないと、彼はしっかりと釘を差した。
「零夏、上苑なら使えそうなツテがある。起きたら早速動いてもらうぞ」
「イヤとは言わせない。この状況は、キミも一端と責任を担っているのだからな」
文継はどこか楽しそうだ。わくわくと情報に飢えて、本心では今からでも出立を指示したいところだった。が、嫌味を言われること間違い無しなので、彼なりに自重する。
「かまいません。元よりそのつもりでしたので」
「それでは千冬様……正式にあなたは当家の客人となりましたので、お部屋へと案内させていただきます。さ、こちらへとどうぞ」
「……実はわたくし、もう眠くて眠くて……丸く収まったようで、本当に何よりでした……ふぁ……」
「それでは……おやすみなさいませ、文継様……千冬様……」
2章部分はここで終わりです
次からはやっと推理っぽくなっていきます、展開のバランス間違えたかもしれない!




