1ー1.日陰の男
縦書前提で作ってあります
多分、縦書化させて読んだ方が楽かもしれません
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ニート探偵 地縛霊と出会う
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1.亡霊
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1ー1.日陰の男
初夏――
銀色の陽射しが真実の姿を暴き立てる頃。
生命たちがギラギラと暖季を謳歌し、あふれんばかりの命の鼓動で世界を飽和させる時期。
だがその男は、電灯も点けずに本日5冊目の新聞へと目を通していた。
男の肌は外界とは対照的に青白く、身体も肉付きが乏しく細身で、何より昼前とはいえこの季節に、涼しげにスラックスと長袖のYシャツを着用している。
全開の窓より木漏れ日が入り込んではいるものの、いささかやはり陰気なその一室にて、カチャリとドアノブが静寂を破る。
「文継様、よろしいでしょうか?」
「何?」
やって来たメイドに、彼は紙面から目も上げずに言葉を返した。
「そんなに素っ気ない態度を取らないで下さい」
「キミこそ、いつもより声の音程が硬いよ。これは面倒事の気配だ」
「はぁ……その小動物並みの直感を、もっと他の形で有効活用して欲しいものです」
「それで? 要件は?」
ようやく彼は視線をメイドへと向けた。
そのメイド、綾都零夏は主人を無表情に見つめ返し、それから静かに机のティーカップへと、温かなグリーンティを注ぎ足す。
「たまには散歩でもなさってみたらどうでしょう」
「…………」
季節を無視したその茶を、文継は何事もないのだと口へと運ぶ。
「図書館の蔵書も、そろそろ新しいものが溜まっている頃なのでは?」
「また、大衆向けの書店に立ち寄るのも、良い刺激になるかもしれません」
一口、二口と茶をすすり、彼は静かにティーカップを置いた。
「なるほど、ソレの話か」
「はい、ソレの話でございます」
「失礼ながら文継様は、前回いつお出かけになられたか、覚えておいでですよね?」
「…………」
「……も、もちろんだ……?」
「語尾が疑問形ですね」
「いや、確か……あ、ああそうだった」
「…………二月ほど前だったろうか……?」
文継は語気を弱め、静かだが物怖じしないメイドへと返答する。
あまり記憶に自信が無いらしい。
「半年です」
静かに言い放つ。
「貴方はもう半年も、屋敷の敷地外に出ていません」
「…………聡明な貴方なら、そういった人間を何と呼ぶか存じておりますよね?」
彼は彼女から目線を外し、初めてそんなものがあったのかと窓の向こうを、眩しげな世界を眺めた。
「それは驚きだ」
まるで他人ごとのように、文継は驚き首をかしげた。
演技でもなく、本心のようだ。
「これでは完全に引きこもりではないか」
「はい、誰もが満場一致で引きこもりと判定するでしょう」
蔑むわけでもなく、本当に無表情に綾都零夏は肯定する。
「何より、出かけていただかないことには、部屋の掃除がはかどりません」
「さあ、文継様」
「ふっふっふっ……」
彼は不敵に笑む。
これは旗色が悪い。良く眺めれば良い天気だ。輝かしき初夏だ、生命の季節だ。
こんな陽気の中、部屋へと引きこもっているなんて病的だ。もったいない。
……というのが世間一般の価値観なのだろう。
「零夏、キミの言うことももっともだ」
「よしわかった、たまには出かけてみることにしよう」
彼は窓際へと立ち、暗闇に慣れきったその瞳を眩しそうにしかめた。
緑豊かな湖畔の屋敷からは、遠い町並みが水面と共にチカチカと輝いて見える。人間社会と生物の営みが、まるで停滞した彼へと語りかけてくるかのようだ。
「文継様、発言の撤回はさせませんよ?」
「まさか、ちょっと目がくらんだだけさ。……行ってくる」
「いってらしゃいませ、ご主人様」
深々と彼女は丁寧極まりないお辞儀をする。冷淡ではあるが、忠誠心あふれる姿だ。
「さあ、二時間でも三時間でも、ごゆっくりお出かけ下さい。すぐに戻られたら速やかに追い出しますので、ご了承を……」
追い出されるように――というより確実に追い出される形で、万年引きこもり活字中毒の菱道文継は、やむなく街へと繰り出すことになった。
そこに災難の種が待ち受けているとは露とも知らずに。