表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

1ー1.日陰の男

縦書前提で作ってあります

多分、縦書化させて読んだ方が楽かもしれません


―――――――――――――――

 ニート探偵 地縛霊と出会う

―――――――――――――――


――――――

 1.亡霊

――――――


1ー1.日陰の男


 初夏――

 銀色の陽射しが真実の姿を暴き立てる頃。

 生命たちがギラギラと暖季を謳歌し、あふれんばかりの命の鼓動で世界を飽和させる時期。

 だがその男は、電灯も点けずに本日5冊目の新聞へと目を通していた。

 男の肌は外界とは対照的に青白く、身体も肉付きが乏しく細身で、何より昼前とはいえこの季節に、涼しげにスラックスと長袖のYシャツを着用している。

 全開の窓より木漏れ日が入り込んではいるものの、いささかやはり陰気なその一室にて、カチャリとドアノブが静寂を破る。

文継ふみつぐ様、よろしいでしょうか?」

「何?」

 やって来たメイドに、彼は紙面から目も上げずに言葉を返した。

「そんなに素っ気ない態度を取らないで下さい」

「キミこそ、いつもより声の音程が硬いよ。これは面倒事の気配だ」

「はぁ……その小動物並みの直感を、もっと他の形で有効活用して欲しいものです」

「それで? 要件は?」

 ようやく彼は視線をメイドへと向けた。

 そのメイド、綾都零夏は主人を無表情に見つめ返し、それから静かに机のティーカップへと、温かなグリーンティを注ぎ足す。

「たまには散歩でもなさってみたらどうでしょう」

「…………」

 季節を無視したその茶を、文継ふみつぐは何事もないのだと口へと運ぶ。

「図書館の蔵書も、そろそろ新しいものが溜まっている頃なのでは?」

「また、大衆向けの書店に立ち寄るのも、良い刺激になるかもしれません」

 一口、二口と茶をすすり、彼は静かにティーカップを置いた。

「なるほど、ソレの話か」

「はい、ソレの話でございます」

「失礼ながら文継様は、前回いつお出かけになられたか、覚えておいでですよね?」

「…………」

「……も、もちろんだ……?」

「語尾が疑問形ですね」

「いや、確か……あ、ああそうだった」

「…………二月ほど前だったろうか……?」

 文継は語気を弱め、静かだが物怖じしないメイドへと返答する。

 あまり記憶に自信が無いらしい。

「半年です」

 静かに言い放つ。

「貴方はもう半年も、屋敷の敷地外に出ていません」

「…………聡明な貴方なら、そういった人間を何と呼ぶか存じておりますよね?」

 彼は彼女から目線を外し、初めてそんなものがあったのかと窓の向こうを、眩しげな世界を眺めた。

「それは驚きだ」

 まるで他人ごとのように、文継は驚き首をかしげた。

 演技でもなく、本心のようだ。

「これでは完全に引きこもりではないか」

「はい、誰もが満場一致で引きこもりと判定するでしょう」

 蔑むわけでもなく、本当に無表情に綾都あやみや零夏れいかは肯定する。

「何より、出かけていただかないことには、部屋の掃除がはかどりません」

「さあ、文継様」

「ふっふっふっ……」

 彼は不敵に笑む。

 これは旗色が悪い。良く眺めれば良い天気だ。輝かしき初夏だ、生命の季節だ。

 こんな陽気の中、部屋へと引きこもっているなんて病的だ。もったいない。

 ……というのが世間一般の価値観なのだろう。

「零夏、キミの言うことももっともだ」

「よしわかった、たまには出かけてみることにしよう」

 彼は窓際へと立ち、暗闇に慣れきったその瞳を眩しそうにしかめた。

 緑豊かな湖畔の屋敷からは、遠い町並みが水面と共にチカチカと輝いて見える。人間社会と生物の営みが、まるで停滞した彼へと語りかけてくるかのようだ。

「文継様、発言の撤回はさせませんよ?」

「まさか、ちょっと目がくらんだだけさ。……行ってくる」

「いってらしゃいませ、ご主人様」

 深々と彼女は丁寧極まりないお辞儀をする。冷淡ではあるが、忠誠心あふれる姿だ。

「さあ、二時間でも三時間でも、ごゆっくりお出かけ下さい。すぐに戻られたら速やかに追い出しますので、ご了承を……」

 追い出されるように――というより確実に追い出される形で、万年引きこもり活字中毒の菱道ひしどう文継は、やむなく街へと繰り出すことになった。


 そこに災難の種が待ち受けているとは露とも知らずに。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ