勇者、森に
リーラです。
勇者様…フィン様は王都での『王宮杯 勇者選抜大会』で大勝利をされ、万人のみとめるところの勇者様として晴れて王都を後にいたしました。
フィン様もご自身も勇者様というご自覚をお持ちいただければ更によろしいのですが…
「そういえば、“魔王”ってなんなのか聞いてないな」
王都から出てのんびりと街道を歩いているときに思い出したようにフィンがいった。
「だいたい、説明もなしにあぶねぇ仕事につかせようなんてそもそも黒会社のやることだぞ」
リーラは自分自身への批判なのかつかみかねて戸惑った。
「別にリーラの事いってるわけじゃねぇよ。
あいまいな情報で動くのは時間と金の無駄だといってるだけだ」
「“魔王ランディス”はもともとこの国の魔導師でしたが、ある日、自分は“魔王”だと称して王家に連なる者を人質にとって王家の転覆を謀ったのです」
フィンが頭を掻いた。
「なんか棒読みだな」
「実は、私もそのようにおうかがいしただけですので真実なのか存じ上げてないのです」
リーラは頭をがっくりとさげたまま、もうしわけございません…と小さく言葉を続けた。
「しかたねぇけど、少なくとも自分から“魔王”とかいっちまう、そうとう残念なヤツだということはわかった」
「はい…」
リーラは体をすくめた。
「で、リーラは『導きの巫女』とやらなんだろ。なんかそいつを探す能力とかがあんのか?」
「はい、“魔王”のいる方角はわかります」
フィンがため息をついた。
「ずいぶん曖昧な方位磁針だな」
「申し訳ございません…」
「別に、お前が謝ることじゃねぇだろ。お前を巫女だと言い出したヤツが謝るんならわかるけどな」
フィンはそういってから、とりあえず方向だけはわかるわけだし…と続けた。
うな垂れたまま顔を上げないリーラにフィンはかりかりと頭を掻くと、
「うん、金も入ったし、今日は外食するぞ!!」
と宣言すると急な話の展開に驚いて顔を上げたリーラに向かってにっこりと笑った。
宿泊する部屋の扉の前につくとリーラが目を見開いた。
「フィン様!こんな普通の宿にお泊りになってよろしいのですか?!」
「ん?あぁ、契約書の中にちゃんと宿泊代も入れといたからな。
しかも財源は王家の私財からと添え書きもつけた」
フィンは胸をそらして言うと、
だからといって華美なところに泊まって無駄金を使う気はないけどな…と付け加えた。
外食で食事も済ませきれいな宿にいるせいかリーラの表情が柔らかくなった。
「眠くなったんだろ、早く風呂は行って寝ろよ」
リーラはフィンの声に返事をして風呂に向かって飛んでいった。
風呂から戻ると、フィンがまた手を開いてリーラを呼んだ。
「どうなされましたか?」
「おう、寝間着作っといたぞ。あと寝台も少し細工しといた。これで、少しは落ち着いて寝れんだろ」
柔らかい素材でできた寝間着を受けとって寝台を見ると天蓋がついていて中のリーラの姿が見えないように四方に布がかかっている。
「あ、ありがとうございます!!」
リーラは寝間着を胸に当てて興奮のあまり文字通り飛び跳ねた。
「ま、暇つぶしついでだからな。んじゃ、オレも風呂行ってくる。
眠いんだろうから、ちゃんと先に寝てろよ」
「はい」
返事をして扉を開くフィンに顔を向けると、フィンの横顔が見えその頬あたりがうっすらと赤くなっているのが見えた。
ぱたん
扉が閉まってから、
「落ち込んでると思って慰めてくださったのでしょうか…」
呟いていたリーラの顔も赤くなった。
「んで、“残念なヤツ”はどっちの方向にいるんだ」
村を離れてしばらく歩いていると三叉路にあたった。
「こちらのほうに気配を感じます」
リーラが指差す先にはこんもりとした森が広がっていた。
フィンは大きくため息をついた。
「ま、しかたねぇか。リーラお前、肌の露出が多いから俺の肩に乗ってろよ」
「?、はい」
リーラは文章の前後の意味がわからないまま言われるままフィンの肩に座った。
森の中とはいえ人の往来があるらしくか細いながらも道らしきものが続いている。
木漏れ日の中のんびりと歩いていると時折フィンの手が動き、
何かをリーラの手前ではらっているようだった。
「どうかなさいましたか?」
「羽虫が飛んでっから掃っただけだ」
暖かい光にリーラがうとうととしていると急にフィンの足が止まった。
がさがさがさ…バサァ!
木の葉と枝を掻き分ける音がしてフィンの目の前に男が立ちふさがった。
「ここで会うとは思わなかったぞ!
これぞ、神のお導きってやつだ!
ここであったが百年目!
このにわか勇者め!
いざ尋常にこの『暁のワイディーン』と勝負しろ!!」
男は一方的にまくし立てると剣を抜いてフィンに迫ろうとしていた。
「リーラ、あいつ誰だ?」
「競技場でフィン様が対峙された『暁のワイディーン』とおしゃる方だと思いますが」
フィンはしばらく眉根に皺を寄せていたが
「あぁ!オレがつけた二つ名を名乗ったやつな!」
といった。
「気に入ってもらえるとはなによりだ!」
喜んでいるらしいフィンにリーラは首をかしげた。
「しっかしあんときゃ失敗したよなぁ、
こういうやつらに勇者やらせる予定だったのに」
客のことを考えちまって、いやはや、困ったもんだ…とフィンは笑いながら後ろ手で頭を掻いた。
「なにをごちゃごちゃいってやがる!」
いらいらしているらしい『暁のワイディーン』をフィンは上から下まで見ると
「お前、その格好で森にいたのか?」
と聞いた。
「そ、それがどうした」
『暁のワイディーン』の格好は半そで半直垂で余すところなく筋肉を見せ付けていた。
「森によくそんな格好でくるなぁ」
自分の着こなしを言及され『暁のワイディーン』は鼻白んだ。
「森、毒虫とか毒もちの小動物の宝庫だぞ。
フツー、長袖・長直垂できるだけ白に近い服が基本だろ。
刺されてもしらねーぞ」
自分の周囲に蚋が飛びかっているのを見て『暁のワイディーン』がひるんだ。
「う、うるさい!俺様は真の勇者だからこんなもんに刺されたりはしないのだ!」
「虫に、言葉通じないのに?」
『暁のワイディーン』は赤くなった。
「うるせぇっていってんだよ!きいてんのか似非勇者!」
「ま、似非勇者は認める」
「なんなんだよ!
だいたいあの試合の後だって俺はまるっきり悪役扱いで町にいられなかったんだぞ!」
フィンが顎に手を当てた。
「それは、その顔のせいじゃねぇのか?」
リーラは思わずフィンの顔を見上げた。
たしかにフィンは口さえ開かなければ掛け値なしの美少年だ。
思わず肩の上でうなずいてしまった。
「うるせぇ!!!
とにかく俺と勝負しろ!!」
『暁のワイディーン』が剣を構えなおした。
「うーん、あ、そうだ。ばあちゃんの土産がなかったな」
「??」
この場にふさわしくないフィンの独り言にリーラが首をひねった。
フィンは衣嚢から布を出してリーラに持たせると持っていた荷物入れを手から離した。
「それ頭から被ってちょっと飛んでてくれねぇか?」
「はい」
フィンはリーラが肩口から飛び立つのを確認してから『暁のワイディーン』の方に向き直った。
「はやく俺と勝負…
ブワァァァァァ!!!」
フィンが勢い良く剣を振り『暁のワイディーン』が吹っ飛んだ。
「こ、この野郎!きたねぇぞ!!」
仰向けになった状態から『暁のワイディーン』が起き上がろうともがきながら言う。
「なんで、客もいないのに、んなこと考えなきゃいけねぇんだ」
「いまのは不意打ちだったから、油断してたからやられたんだ!
ちゃんとやればお前なんぞ!」
フィンが剣を構えた『暁のワイディーン』を見て大きなため息をついた。
「あのな、森だから他のもんが傷つかないように気を使って手加減してるんだぜ。
あんましつこいと真面目に飛ばすぞ」
「な、なんだとー!!!」
激高した『暁のワイディーン』が剣を振り上げながらフィンに走りこんできた。
どかぁぁぁぁぁぁん…ばきっばき
吹っ飛ばされた『暁のワイディーン』は何本かの木の枝やら幹やらに当たってだいぶ先方で延びていた。
「フィン様」
布を頭から被ったリーラがフィンの元に飛んできた。
「リーラ、虫とかに刺されなかったか?」
「大丈夫です」
実のところ、フィンの剣の風圧で周囲の虫が一斉にいなくなっていたのだ。
「あの方は…」
「大丈夫だろ、手加減しといたし。
だいたいそういう馬鹿に限ってやたら丈夫だしな」
なんでなんだろなぁ…とフィンは独り言の様に呟いた。
しばらく歩いていると木の実が生っていて気がついたフィンが小石を使って
上手に枝に当て実が地面に落ちる前に片手で受け止めた。
「これじゃ、でかいか…ほいよ美味いぞ木の実」
器用に指の力だけで木の実を割ると半分を肩に乗っているリーラに渡した。
木の実は少し酸味があってさっぱりした味だった。
木の実を食べ終わってからフィンが顔をしかめた。
しばらくするとどすどすと鈍い足音が聞こえてきた。
「またお前か…。
な、丈夫だろ」
フィンは振り向きもしないで背後の人物とリーラに声を掛けた。
リーラが振り向くと『暁のワイディーン』が息を切らせながら立っていた。
『暁のワイディーン』はフィンの声に足元に走りこんで土下座した。
「師匠!俺を弟子にしてくれ!!」
フィンが露骨に嫌な顔をした。
「オレ、そーゆんじゃねーし。仕事中だし」
「頼む!お願いだ!」
『暁のワイディーン』手がフィンの足首にまといつく。
「あんたそこそこ強いんだから
オレの師匠んとこ行けばいいんじゃね」
「師匠の師匠?!」
『暁のワイディーン』が顔の前で両手を組みながらフィンを見上げ頬を染め目を輝かしていた。
フィンは思わず目をそらした。
「ここから10日くらいのところに〔ベルム〕って村があるからそこの村長に会えばお前の師匠に合わせてくれるさ」
一筆かいてやるからちょっとまて…といってフィン荷物の中から筆記用具を出すとさらさらと何かを紙にしたため
丁寧に折ると表に〔ベルム村 村長様〕と書いて『暁のワイディーン』に渡した。
『暁のワイディーン』は両の手でその書簡を握り締めると
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
と礼を言いながら足早にベルク村に向かっていった。
「フィン様…フィン様のお師匠様とは村長様ではないのですか?」
「そうだが」
「先ほどのお話では《村長に会えばお前の師匠に合わせてくれるさ》とおしゃられたように聞こえましたが」
フィンは軽く何度かうなずいた。
「あいつ弱いから村長の相手なんかできないから、
村長への手紙で、ばあちゃんに紹介してくれって書いといた」
「フィン様のおばあ様?」
「ばあちゃんそこそこ強いし、
ばあちゃんのいる婦人会のおばちゃん達もそこそこ強いし、
筋肉好きだからちやほやしてもらえるからあいつも楽しんじゃね」
これでばあちゃんの土産の件も片付いたし…とフィンが付け加えた。
「“ちやほや”って…」
「ぁあ、ああいうやつらって筋肉ほめられて喜ぶ変態だからちょうどいいんじゃね」
フィン様よりほんの少し弱いおばあ様・おば様方…。
自分の住んでいる国にそんな危険地域があったなんて。
リーラは頭を抱えた。
昔、粋がってた頃は『暁のワイディーン』なんて呼ばれていい気になってた。
子供だったんだな…。
今では周りのご婦人方に
「わーちゃん!か・わ・い・い」
とか言われて
「筋肉、ぴくぴくさせて~V」
などとも言われる。
幸せな日々だ…。
この幸せに導いてくださった勇者様!
ありがとう!!
風のうわさで勇者様の偽者が出たと聞いた。
俺の勇者様は一人だけだぁ!!
次回、勇者、偽者にあう。