4:マダム殺し・前
エルフの国、その首都は騒然としていた。普段、都へと続く進入路を守護している衛兵も散り散りになる始末。
当たり前だ。ついさっきまで天を衝くほどの巨人が都を踏み砕かんとするほどの勢いで迫って来たのだから。
しかし、この混乱はこちらにとっても都合が良いとヴァイスは考えた。何せヴァイスは盗賊、クマゴローは他者からのステータス閲覧自体が効かない漢。
ヴァイスにはステータス上の職業を詐称する技術『偽装』がある。衛兵程度の眼なら誤魔化し切れる自身もあるが、万一、という可能性も有り得なくは無いし、何より問題はこの漢だ。
ヴァイス自身が誤魔化し通せたとしても絶対、この漢の身の上を一から順を追って解説しなければならなくなる。スライムを打撃一本で消滅させ、死神を投げ殺し、巨人以上に大きくなれて、ステータスを見ることが出来ないこの漢。どういう風に説明すればいいのだ。
どうやったって面倒事にしかならないだろうし、それを避けて通れるなら避けて通るに越したことはない。
「よっしゃ! 衛兵が混乱してる今がチャンスよ! さっさと都に入りましょ!」
「ううむ。多少気は引けるが……」
「あんたの事を懇切丁寧に説明してたらきっと何日かかっても入れないわ。こんな所で足止め食うのも面白くないでしょ?」
「それは勿論」
「だったら迷ってる暇は無し! それに一旦紛れ込んじゃえばこっちのモンよ……グヘヘ」
「以前から思っていたが、笑顔は基本欲望丸出しだな……ヴァイスよ」
エルフの国に紛れ込んだヴァイス達は、まずは都一番の大きさを誇る広場で一息ついた。
都を脅かしていた巨人がまるで霧のように掻き消えたせいだろう。広場も徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
母親に手を引かれながら一緒に散歩する子供、再び露店をはじめる中年。全員が耳長のエルフだ。
「ここがエルフの都……か」
クマゴローは感慨深げに呟いた。
「そう。あんたにとってはこの世界に来てから初めての大きな都になるんじゃない? どう? 感想は?」
「そうさな。まんま西洋の中世代と言うべきか……異界の人間から見てもわかる。歴史ある街並みだ」
中世。クマゴローの世界にとってそれは過去の時代を指す言葉。
歴史ある街というのも当たっている。ヴァイスはあまり勉強熱心ではなかったのでエルフの国の歴史の細部までは覚えていないが、この都は数千年以上前からこの場所にずっとあるらしい。
早い話が古臭いのだ。歴史もある。伝統もある。だが真新しさはない。昔からある風習を重んじ、昔から変わらぬ生活を連綿と続けるだけ。
その中に埋没していくのが嫌でヴァイスはこの都を飛び出したのだ。
「まさか帰ってくる羽目になるとはねぇ。街並みだって飛び出した頃とぜんぜん変わってないし」
「そうか。ヴァイスにとっては久方ぶりの帰郷だったか」
「そうね。大体三十年ぶりくらい」
「ぬ?」
「何?」
クマゴローは怪訝な顔をした。
「いまさらだがヴァイスよ……お前今年で幾つになるのだ?」
「173歳だけど?」
「なんと! 私より遥かに年上ではないか!」
あのクマゴローが驚いていた。これは面白い。
クマゴローの世界には人間は一種類しかいないと言っていた。ならば寿命も、環境が同じならば似たり寄ったりなのだろう。クマゴローの視点に立つなら飛び抜けた寿命の人種が存在する事は珍しいのだ。
この漢には今まで驚かされってぱなしだった。この辺で少し仕返ししてやっても罰は当たるまい。
「あそこに母親に手を引かれて幸せそうに散歩してる鼻を垂らした阿呆顔の子供がいるでしょう」
「うむ。いるな」
「あの子供多分50歳くらい。あんたより年上」
「なにぃ!?」
中々愉快だ。
ヴァイスは自慢げに胸を張った。
「エルフから言わせてもらえば人間なんかアレよ。私たちが鼻垂らすのやめた頃にはもう爺婆だし。よくそんな短い一生の中でいろいろ出来るなって感じ」
「長寿命者の目線だな」
「ドワーフは若いのもおっさんもお爺ちゃんもヒゲ蓄えすぎててよく分かんないし、亜人は絶対語尾に何かしら変な言葉つけてるし」
「それはエルフという種族の中で生まれ育ったが故の目線だろう。他の種族もエルフを見て『あの長耳なにあれ?』と思ってるかもしれん」
「ま、そうでしょうね」
クマゴローの、そんな特長も考え方も点でバラバラな種族達を纏め上げようとする意志は固い。果たして本当に出来るのだろうか。
「あの洟垂れ坊主が50歳だって言ったって、頭の中はヒューマンの5歳児と変わらないわ。飴ちゃんなんか上げたら喜んで飛びつく! 見てなさいよ」
そう言って、ヴァイスはエルフの中年が広げている露店へと赴く。並べられた商品を見ると、子供向けの菓子もあった。
「やっぱりあった。おじさんこれちょーだい。この棒付いた飴」
「はいいらっしゃ……ひぃっ!? あなたは!?」
応じかけた店主の顔が見る見る蒼白になっていく。
ヴァイスは店主の表情に疑問を思い後ろを振り返ると、そこには厳めしい顔で大木の如く悠然とたたずむクマゴローが居た。威圧感はばっちりだ。確かにあれを見て気圧されるのもしょうがない。
「怖がるのも十分分かるけど、とりあえず飴ちゃんちょーだいよ」
「ひっ!? ど、どうぞ! 十本でも二十本でも!!」
「いや一本あれば十分だし」
「お、お代は結構です! どうぞそのままお納めください」
「いやちゃんと払うし」
悪党以外にはちきんと金のやり取りが出来る盗賊、ヴァイス。
飴代を払い、怯えきった中年の露店を後にすると、手を繋ぎ幸せそうに散歩している親子へと近付いた。
腰を落とし、視線を鼻の垂れた子供に合わせる。
「はい。この飴あげる。おねーちゃんからのプレゼント」
「あーりーがーとー」
鼻を垂らしてるだけあって話し方も少し間が抜けていた。
子供はヴァイスが差し出した飴を緩慢な動きで受け取ろうとする。
しかし、伸ばした手を母親は金切り声を上げながら叩き落とし、子供を身を挺して守るようにぎゅっと抱きしめた。
「結構です!」
母親は凄まじい剣幕だった。敵意剥き出し表情でヴァイスを睨む。
「え? いやいや。毒とか入ってないですよ? ほら、すぐそこの露店で買ったものだし」
「要りません! 全く! 本当に子供にまで見境が無いだなんて! さ、坊や。早くここから逃げましょう!」
「え……えぇ?」
何故だか分からないが、子供を抱きかかえながら一目散に母親は逃げ去ってしまった。
「……見ていろと言われたから一部始終を見ていたが、最初から最後までずっと剣呑な雰囲気が付きまとっていたぞ。」
あたりを見渡せば、露店の親父も店を畳んでこの場にもう居なかった。
「あんたがさっきまで超巨大化してたから、みんな怖がって逃げちゃったんでしょ。きっとそうよ」
「うーむ。そうか? 私にはむしろ……」
言葉を続けようとするクマゴローの口に、ヴァイスは飴ちゃんを突っ込んでやった。
この漢、どうせまた的外れなことを言い出し始めるのだ。封殺しておくに限る。
「こう言う状況で必要なのはね、拳でも言葉でもないわ」
「ならば何になる?」
飴を舐めながら、クマゴローは尋ねた。
「金よ!」
「銭? 買収でもするつもりか?」
「ちっがーう! この都にお金を落とすの! 使いまくるの! そうやって羽振りの良い風を演出しとけば、自然と警戒は解けるもんよ! お金をいっぱい使うお客さんは『良いお客』さんだからね!」
「そういうものであろうか?」
「そういうもんよ。とにかく、こんな誰からも恐れられてる状態じゃ平和的に先せ……この国の長に合うことだった出来やしない」
金銭感覚に疎いクマゴローは飴を齧りながら首を傾げっぱなしだった。
反面ヴァイスはこの作戦成功したも同然! とばかりに乗り気だ。
「よし! まずは飲み食いしましょう! ガッツリいくのよ! がっつりと!」
「それは自分が飲み食いしたいだけではないか?」
「おい、知ってるか? あいつ、身ぐるみ剥いだ相手の生皮まで剥いで売り払うらしいぜ」
「俺の聴いた話だと、とんでもなく獰猛な魔物手懐けてるんだとよ」
「奴の話なら俺も知ってる。老若男女問わず食っちまうらしいぜ。物理的に」
「何だそれおっかねぇ……」
「恐い!」
ヴァイス達が入店してからと言うもの、酒場内が妙に騒がしい。店員の顔も何故だか青かった。
クマゴローの風体を見ればそう言う根も葉もない噂話が尾ひれをつけて広がっていくのも無理は無いが、それにしたってもう少し静かにして欲しい。
そんな外野を尻目に、ヴァイスの食は自身でも驚くほど進んでいた。
何だかんだ言って住み慣れた故郷の料理と言う点が大きいのだろう。とても口にあった。普段小食なヴァイスは大いに食い、強か飲み、赤ら顔で酔っ払ってしまった。
とても、気分が良い。
「おいマツダぁ~。わらしの話きいてるかぁ~?」
「ヴァイス。お前想像以上に酒に弱かったのだな……」
「なんらとマツダ~。ちょっとばかし腕が立つからって偉そうにぃ」
「しかも絡み酒ではないか」
そろそろ水を飲んで少し落ち着け、と言うクマゴローの静止を振り切り、ヴァイスは更に酒を飲もうと店員に注文する。青い顔の店員は頷くと、足早に厨房へと引っ込んでしまった。
「いいかマツゴロ~」
「クマゴローだ」
「盗人稼業に身を窶してるわらしだけど、ごくごくたまにはいいことだってするんら!」
「偶になのか」
「そうら! ひゅ~まんの中にラティフとか言う弩クソな貴族が居てら! そいつんところから金銀財宝かっぱらってら」
呂律は完全に回っていなかった。
「それは通常営業ではないのか?」
「はなしは最後まで聴くんらマツダァ! そのクソきぞくの振る舞いがあんまりにもムカつくんで奴が何か大切にしてる奴隷までかっぱらってやったんら。そんでそのどれいどもがあんまりにもみすぼらしかったんで、しょうがないからかっぱらった財宝くれてやって遠くに放したんら」
ヴァイスはテーブルに突っ伏して酔っ払った笑顔でそう語った。
最早普通に座っている事も出来ないくらい、酒が体に回っていた。
「本当に良い話で終わるとは……思わず何かオチがあるのではないかと身構えたぞ」
「なめんにゃよ! わらしだってごくごくたまにはいいことだってするんら! ひゅ~まんの中にはラティフとか言う弩クソな……」
「話がループしているぞ」
「話し足りないんら!」
その後、ヴァイスは赤ら顔でクマゴローに十回ほど同じ話を繰り返し熱く語った。
クマゴローに唯一の自慢話を存分に語り終えたヴァイスは、まどろみの中に居た。
頬杖をついたまま目蓋を閉じ、半端に眠って、半端に起きる。その繰り返しがなんとも心地良い。
突然、酒場の入り口から、扉を蹴破るような勢いの、大きくて乱雑な音が鳴る。
「なんら!?」
その騒音で眠気は醒めたが、酔いは覚めない。
「あちらです! あちらに凶悪犯が!」
「通報、ご苦労」
店員がしきりにヴァイス達を指差している。そのそばには物々しい鎧に身を包んだ人間が十人はいた。装備から察するに憲兵だろう。酔っ払った頭でもすぐに分かった。
クマゴロー。ついに風体だけで通報される。ヴァイスはそう思った。
「ふふふ! マツダァ。遂に通報されちゃったよ! このまま行ったら逮捕されちゃうよ!」
「いや。あの兵隊は私に用があるわけでは無い様だぞ」
「うん?」
憲兵達はその身に纏った鎧の音を大きく立てながら――これも威圧するための仕掛けだろう――ヴァイス達が腰掛けている卓へと一直線に迫りくる。
そして憲兵たちが取り囲んだのは、クマゴローではなくヴァイスだった。
「ヴァイス=オンルッカーだな?」
「んあ?」
憲兵の一人がヴァイスをフルネームで呼ぶ。姓まで呼ばれたのは久しぶりだった。エルフの国を出る前以来かもしれない。
「確かにそうだけど、それが何……」
「確保ーッ!」
ヴァイスの問いに、憲兵たちは拘束を以って答えた。
「いや、ちょっ、何!?」
「おとなしく縛につけーッ!」
抗議の声を上げる間も無く憲兵たちによってヴァイスは拘束される。さすがに酔いも一気に覚めた。
腕には縄がかけられた。焼き切ってやろうかと火の魔法を使おうとするが。どれほど念じても炎は出ない。『分析』をして見ようと試みるもそれも出来ない。
技術封じの捕縛縄。噂には聴いていたが本当にあらゆる技術が封じられるとは……ヴァイスにはもうなす術が無い。
「た……助けてクマゴロー!」
「うーむ……」
クマゴローは渋い顔だった。
「脛に傷があるのは確かなのだろう?」
「うん!」
「だったら私が仕事熱心に働いている兵隊さんを邪魔する理由は無いではないか」
「……えっ?」
「しっかりとその身を清めてくるのだ。案ずるな。身元引受人は任せよ!」
「やだーっ!」
「ほら、きりきりと歩かんか!」
こうしてヴァイスは憲兵にしょっ引かれたのだった。
「嫌っ! 放してよ! 私が何したって言うのよ!」
「貴様、本当に身に覚えが無いとシラを切るつもりか? ああん?」
「……いやそのすいません。ついノリで言ってみただけなんです。本当にすいません。はい」
「わかればよろしい」
とっ捕まる理由が多すぎてぐうの音も出なかった。
捕縛されたヴァイスが連行されたのは首都地下、石造りの牢獄だった。日の光が差し込む余地など当然無く、光源は牢獄の通路を照らす為に一定の間隔で天井付近に設置されているランプのみ。その光も弱々しいものだった。
この照明も捕縛縄と同じく魔法の力が付与されたものだろう。長期間手入れをしなくても問題無くずっと光を発し続ける類のものだ。
抵抗できないように複数の憲兵に囲まれながら、ようやく縛を解かれたヴァイスは、一息つく間も無く石牢に押し込められた。
「次の沙汰があるまで、ここで大人しくしてて貰おう」
憲兵の中でもリーダーらしきそう男が告げた。護送中の一団の前に立って先導していたのがこの憲兵だ。
顔まで多い尽くす全身鎧で男の姿は隠れているが、その声から察するに壮年の男性のようだった。
「あのう。控えめに言って、私これからどうなるんでしょうか?」
ヴァイスは恐る恐る訊いてみた。
「あんたあれっしょ? 身ぐるみ剥いだ相手の生皮まで剥いで売り払ったり、とんでもなく獰猛な魔物手懐けてたり、物理的に老若男女問わず食っちまうんでしょ? そんな奴どう低めに見積もっても死刑一直線しょ?」
「はぁ!? あれ全部私の事言ってたの!?」
チャラい口調の若そうな憲兵が、軽い調子でそう言った。
ヴァイスはその言葉で合点が言った。露店の店主やあの母親の態度も、酒場の物騒な噂も、全てクマゴローではなく自分自身に向けられたものだったのだ。
憲兵の去った薄暗い地下牢で、ヴァイスは一人、頭を抱える。
なぜバレたのか。自分だとわかるような痕跡は一切残した事が無かったはず。
……ヴァイスは、全然、懲りていなかった。
それにあの滅茶苦茶な風聞も気にかかる。
ヴァイスは精々悪党が溜め込んだ掠め取るだけのこすっからい盗賊だ。
身包み剥いだ相手の生皮まで剥ぎ取った覚えはないし、いくら腹が減ろうが誰彼構わず物理的に食べたなんて事も無い。
ちなみに身包み剥いだ相手の記憶は念入りに消している。証拠隠滅は完璧だ。
他人の記憶を操作する技術。ヴァイス自身も知らない内にいつの間にか身についていた。
猛獣に関しては……クマゴローを指して言っているなら否定はできないが。
恨まれる筋合いは星の数ほどあれど、それが発覚した経緯とピンポイントでヴァイスを貶めに掛かっている悪評の出所がわからない。
どこかの誰かがヴァイスに並々ならぬ敵意を持っている事だけは確かだ。
「ま、自業自得ではあるんだけど……」
自嘲して呟いた声は石牢に反響して大きく聞こえた。
二度三度石壁を叩いてみる。予想通り固い。間違いなくこれにも捕縛縄と同じ仕掛けが施してあるに違いない。
「ハァ……」
何気なく吐いた溜息も大きく増幅され耳に入る。
その音響の大きさに対してもう一度、溜息を吐いた。
自然の光が無い。現在が朝か夜なのかわからない。
そんな地下牢の中、ヴァイスがふと気が付くと牢の前に一人の女性が立っていた。
エルフの少女だ。ヴァイスより少し年下かもしれない。
同姓のヴァイスから見ても顔立ち美しく、身なりも清潔で、その振る舞いにはどこか上品さが感じられた。
この地下牢には凡そ、似つかわしくない人物だ。
その少女は少し怖がりながらもヴァイスをじっと観察してる風だった。
「あの……なにか?」
思い切ってヴァイスの方から尋ねてみた。
「あ! はい! 済みませんジロジロ見てしまって……あの、よければどうぞこちらを……」
身なりをいい少女が二度手を叩くと、少女の背後から従者らしき男が現れる。やはり、良家のお嬢様なのかもしれない。
従者が運んできた物は料理だった。匂いからしてこの食べ物は美味なのだと主張している。傍目から見ても高級そうな食材をふんだんに使い、腕の立つ料理人の手によって調理された……そんな代物だった。
地下牢に似つかわしくない少女が持ってきた料理も、やはり地下牢には相応しくないものだった。
「ええっと……これを私に?」
「はい。お口に合うと良いんですが……」
「合います合います超合います! ……でも、なんで?」
こんな料理を牢に入れられた盗賊に振舞うのかと訊いたが、少女はただにっこりと笑った。
「わたしは……信じてますから。あなたの事。ただの悪人じゃないって」
少女はそれだけ言うと微笑んでヴァイスに軽く会釈をし、従者を連れて去って行ってしまった。
「えっ? それってどう言う……?」
少女はもう居ない。残されたのは美味しそうな料理だけ。
こう見えて実は毒でも盛られているのではないかと考えたが、その鼻腔をくすぐる匂いとあからさまに美味しそうな見た目には勝てなかった。
ヴァイスは意を決して料理を口に運ぶ。
「……うっま!」
純粋に美味しかった。ここ数年で食べた中では間違いなく一番だ。ロケーション牢屋の中じゃなければさらに美味く感じられただろう。
しかし、無闇に悪評を立てられた原因もわからないが、こう無闇に善意を振舞われる理由もわからない。ヴァイスには自慢じゃないがそんな善行を積んだ覚えは無かった。
「あの子。どこかで会った事あるっけ?」
会ったような気もするが、ならばあんなに笑顔の似合う上品そうな少女の顔を忘れたりもしない気がする。しかしどこかで……?
考えが纏まらないまま、とにかくヴァイスは舌鼓を打ちながら料理を食べた。
長くなったので分割しました。