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3:巨人殺し

 死神との邂逅したあの夜から三日三晩。

 ヴァイスがやっとの思いで目的の街に着いたのは、昨日の夕刻時だった。

 兎に角疲れた。足の捻挫もとうに治り、肉体的には全くの無傷だが、精神的な疲労感が凄まじい。疲労の理由など分かりきっているが今は一瞬たりとも考えたくない。

 限界に近い頭で宿をとり、何度も閉じかけた眼のまま細々とした所用をこなし、必要最低限の湯浴みを済ませると、まるで傀儡の糸が切れたように寝床ベットへと倒れこんだ。

 ベットのまるで体全体を包み込むような感触が心地良い。こんなに気持ちよくなれる物がこの世に存在していたのか。高い金を出した価値はあった。今までずっと野宿していたせいで余計にそう思う。

 毛布ブランケットの絹の如き肌触りも最高だ。ここまでの野宿では不本意ながら死神の襤褸ぼろを毛布代わりに睡眠をとっていた。見た目に反し頑丈な作りだったが、何かこう、『死臭』めいたものを感じた。ちなみにその襤褸は気色が悪いので街に着いてすぐ売り払った。意外と高値で売れた。

 そう言えば夕食を摂る事を完全に忘れていた。だが最早どうでも良い。この寝床の心地よさの前では全てが瑣末だ。

 今は寝る。絶対に何があろうとも眠る。

 ……惰眠を、貪り、尽くすのだ……




 

 朝の陽が窓より差し込む。小鳥の活発な鳴き声が、寝ぼけた耳を刺激する。

 ……だが、まだ、眠い。起きたくない。

 仮に『惰眠』と言う名の生物が存在するなら、その体の九割は貪り食らってやったと言って良い。

 残り一割。その一割こそが最高級で、極上で、美味なる部位なのだ。そこを完食するまで起きる事は出来ない。

 早い話が二度寝である。

 顔に当たる日の光をまるで不死者アンデッドの様に嫌がり毛布で遮ると、ヴァイスはそのまま睡眠体勢を続行する。

 




 ……近くから野太すぎる漢の声が聞こえる。

 いや、きっと気のせいだ。そんなもの知らない。絶対知らない。

 威勢良く部屋の扉を開け放った音。気のせいだ。幻聴だ。

「……ヴァイス。ヴァイスよ! 起きるのだ! もう朝だぞ!」

 極至近で鼓膜を揺さぶる大音量の声! この漢の声は何でいつも不必要に大きいのか。

 疲れが取れないのだ。まだ眠っていたいのだ。ヴァイスは漢の要請を拒むように毛布を被り、篭城の構えをとる。

 大体にして、疲労の原因はこの漢である。だが、漢はそんなヴァイスの恨み辛みもお構いなしにヴァイスの毛布を剥ぎ取り、無理やり上体を起こしにかかる。

「起きよ!」

「ぎゃあ!?」

 眠気も完全に吹き飛んでしまった。

「ちょ、毛布返してよ! 私はまだ寝てたいの!」

「駄目だ。起きるのだ。 世界世界ならとっくに朝の連ドラも終わってる頃合よ」

 また知らない単語が漢の口から飛び出してきた。こっちの世界とあっちの世界を一緒くたにしないで欲しい。

「大体、熟睡してる女の子の部屋に怒鳴り込んできて、毛布までかっぱぐとかなに考えてんの!?」

 万一この漢がヴァイスを襲うつもりなら、彼女の実力では全く抵抗できない。それだけは勘弁だ。

「うむ。飯の事を考えている!」

「メシって……そんなの一人で食べに行けば良いでしょうが。女の子をはべらせたいタチでもあるまいし」

「だがヴァイスよ……お前昨日の夜からなにも食べてないではないか。食わなければいくら寝ようが真に疲れはとれんぞ」

「なにその微妙な優しさ」

 正直それを眠りから起こさない方向へと使って欲しい。

 しかし……ヴァイスは腹部をさする。空腹なのは確かだ。

「でもまぁ、あんたの言う事にも一理あるかもね」

「うむ! そうと決まれば早速支度だ! 何を隠そう私も空腹でなぁ。ガッツリ行くとするか!」

「はいはい」





「で……朝っぱらから酒場と来た」

「そう言うな。食い物も有るし飲めもする。良いではないか!」

 四人用のテーブル一杯に種々の料理が広げられ、クマゴローがそれらを豪快に口へと運んでいく。酒も先ほどから相当量飲んでいるが、酔いつぶれる様子はない。男らしいを通り越して獣じみた飲み食いっぷりだった。

 見てるだけで満腹になる光景だ。

 クマゴローはヴァイスを見て彼女があまり食べてないと思ったのか、店員に取り皿を用意させ、そこにどっさり料理をよそうとヴァイスに寄越した。元々小食なのだ。そういう心遣いは勘弁して欲しい。

 どれだけこの大食漢が飲み食いしようが、支払いに困る事は無い。道中たんまり稼いだのだ。

 クマゴローは滅茶苦茶強い。この近辺の魔物など歯牙にもかけず屠り去っていく。

 おまけに金銭にも金目のアイテムにも執着が無いらしく、全てヴァイスの好きにして良いと半ば強引に押し付けてきた。さすが無職。心の中でガッツポーズだ。その売り払った金銭のおかげで上等な宿に泊まれたのだ。

 最も、いくら間近でクマゴローの戦いを見学したところで、ヴァイスのレベルは上がりはしない。

 強さ(レベル)とは今まで蓄積してきた経験値の総量が数値となって表された物。経験値とは、某かを為すために取ってきた行動の反復。見ているだけで強さ(レベル)が上がるなど馬鹿げた話だ。 

 強さ。

 この漢のパラメーターは見る事が出来ないが、もしもその強さ(レベル)を数値で表現するならどれくらいなのだろう。

「あんたってさ、とんでもなく強いんでしょ? 元居た世界を何度も救っちゃうくらい」

「まぁ、ソコソコはな。神に勝つ事が出来ない程度だ」

 麺料理を一気にすすりながら、クマゴローは答えた。

「そもそも何で神様と戦おうとしてるの? その神様、悪い奴なの?」

「そんな事は無い。私が神と戦おうとしているのは、単なる腕試しだ。自分の力がどこまで通じるか……とな」

「うーん、そこが分かんないのよねぇ」

 ヴァイスはずいっと、テーブル越しに身を乗り出す。

「こっちの世界にも、なんちゃらって魔王はいる。そいつを倒して富を得ようとする人間も、名声を得ようとする人間も、あるいは無私無償で平和をもたらそうって人間もね。あんたは魔王を倒すのと似たような事を既に向こうの世界でやっちゃってるんでしょう?」

「ふむ。そうなるか」

 クマゴローはあらかた料理を食べ終り、空になった食器をテーブルの端へと寄せる。食後の酒を一杯、煽った。

「だったらさぁ。『そこ』で終わりじゃ駄目なの?」

「そこ?」

「あんたは向こうの世界で『強さ』って言うとんでもなく高い山に登って、見事頂上まで上り詰めた。山の『真下』に目を向ければみんなあんたを尊敬と羨望の眼差しで見てる。天辺そこよ。だれも到達してない山を天辺まで登りきったんだから自分を誇って良いし、そこで満足すれば万々歳のハッピーエンドじゃない」

 クマゴローは杯に酒を注ぎ足し、一口飲む。笑っていた。

 考えてみればクマゴローと対等まともに会話のやり取りをするのはこれが初めてかもしれない。

「それに答えるためにはまず、私からも『なぜ?』と問いを返さなければならない」

「『なぜ?』」

「いままでずっと天を仰いで山を登ってきたのだ。上へ上へとな。そして山の頂に到達したとしよう。そこで、その場所で『なぜ?』真下を見なければいけない?」

「なぜってそりゃあ……最高峰の天辺でしょ? もう登る山なんてないんだから上を見る必要も無いじゃん。あとは見晴らしを堪能する位しかやる事無いと思うけど?」

 クマゴローは首を横に振った。

「違うな。それは目的がすり替わってしまっている。私は強さを求めて山へと登ったのだ。上から景色を見下ろすためではない。山に頂があるのなら、それは単なる一区切りの目印に過ぎないのだ」

「……そういうもんなの?」

「羨望や尊敬。有ったとしてもそれは、他人ひとからひとへと向けられる際に生じるものだ。自己はその対象ではあるが、主体ではないだろう」

 なんとなく、分かった。他者の視線はクマゴローの欲している物ではない。だからいくら彼が羨望や尊敬の目で見られたとしても、彼自身は決して満たされないと言う事か。

「他人の目がどこに向いているかは関係ない。問題は、自身の目をどこに向けるか、だ。山の頂に立って、どこを見る? もちろん下はご法度だ」

「うーん……水平、とか?」

 ヴァイスは自らつぶやいたものの、それは違うと感じた。高い山の頂上で目線を水平にして見える物。果てしなく広がる空と雲。それはつまり、がらんどうと同意義なのだろう。

 クマゴローは酒を煽り、破顔しながら酒場の天井を指差す。

「上だ!」

 指につられたヴァイスが天井を見る。酒場だから、とネガティブなイメージがあったが綺麗に手入れされていた。飲み食いする場所なのだから考えてみれば当然か。

「この世界の夜空。満天の月と星が広がっていたな。美しかった……そう! 私の目指す道がそれより先にあるのなら! 私は其処へくだけだ!」

「上なんか見たら、それこそキリが無いじゃない」

「そう、だからこそ目指し甲斐がある! 果ての無い目標こそ私が望むもの!」

「……まぁ、好きにしたらいいんじゃない?」

「うむ! だから付き合ってもらうぞヴァイスよ! 少なくともこの世界の魔王を打倒するその時まで! ふはははは!」

「……あっ」

 墓穴を掘ってしまった。





「で? これから如何するの? 異界の英雄さん」

「む。やけに聞き分けが良いではないか。気味が悪いぞ。あたったか」

 ヴァイスは大きな溜息をついた。

「諦めたのよ。いちいち反発するのも無駄かなって」

 それは良い心がけだとクマゴローは頷いた。

「以前にも話し合ったように、我らの目的は複数ある人間達の勢力をそれぞれ結託させる事だ。そのためには人間達の本拠に赴かねばならん。ヴァイスにはその道案内を頼みたい」

「なんか私が率先して一枚噛んだみたいな感じになってない?」

「そうだな……まずはヴァイスの生まれ故郷を見て回るとするか」

「……えっ?」

「どうした?」

 盗賊に身をやつし、その上モリモリマッチョの髭面中年男性を伴って帰国するのはヴァイスじゃなくても躊躇するだろう。

 帰りたくねぇ。

「いや……そこは一番最後で良いよ」

「照れる事は無い。手始めはまず手馴れたところからに限る。お前も疲れがたまっている様だしな! 帰郷も兼ねた小旅行だと思えば楽な物だろう! フハハ!」

 駄目だ。これはこのまま行く流れだ。止められそうに無い。その上微妙な気遣いが心を抉る。

 ヴァイスは観念しながらテーブル上に地図を広げる。

「地図読める?」

「まず文字が読めん。英語……いや独語かそれとも……アルファベットに似てはいるが」

 エーゴとかドクゴだったらこっちが読めない。

 ヴァイスはまず、現在位置を指し示した。

「いま居るのがココね。で目指すエルフの国はココからちょうど北東」

「ほうほう」

「ココからだとこういって……こう。大体半月くらいかなぁ。足を調達できればもっと早く着くけど」

 説明しながら地図上でこの街からエルフの国へ辿り着く路筋をなぞる。

 その途中、クマゴローから待ったの声がかかった。

「解せぬな。なぜ大きく迂回する路をたどる? この街からならちょうどこの山脈を通り抜ければ一直線ではないか」

「ああ~……」

 そうだ。クマゴローがこの世界の地理を知るはずが無い。いちいち説明しなければならないか。


「此処の山脈は特に道が険しいってわけじゃないんだけど、『巨人の山脈』って呼ばれてて」

「ほう」

「巨大生物達の住処になってるから」

「ほう!」

「普通の人間は寄り付かないような危険な場所なの」

「ほう!!」


 説明を聴くクマゴローの声がどんどん大きく、喜色を孕んで行く。

 ……説明しなければよかったと、後悔してももう遅い。

「……行くの?」

「行かぬ理由があるまい。一直線で進めば迂回をするより早く着くのが道理と言うもの。この縮尺……詳しくは分からぬが突っ切れば三日で辿り着くと見た」

「……私も行くの?」

「案ずるな。お前を置いて先に進んだりはせぬ。共にこの世の行く末を見届けると誓ったろう」

 誓ったっけ? 全く覚えが無い。

 クマゴローはテーブルを強く叩き立ち上がる。そして、お決まりの大声だ。


「いざ征かん! 巨人の山脈を越え! ピラフの国へ!」


「エルフ! エルフの国です!」

 周りの人間が大きな声で盛大に間違ったクマゴローを見てくすくすと笑う。

 ……ふと気付いた。クマゴローの言葉が自分以外の人間にもきちんと通じている。今の発言で笑うのはそう言う事だろう。

 たださえ奇天烈な行動に翻訳まで自動でついてくる……ヴァイスは尚更恥ずかしくなってきた。






 

「でかっ……でかっ!」

「うむ。でかいな」

 巨人の山脈……そう呼ばれ忌避される領域エリアに二人が踏み入ると、大した距離を歩いてないにもかかわらず劇的に風景が変わる。

 何もかも全てが大きいのだ。草花は樹齢数千年の大木が乱立しているかのように生い茂り、木々は霞みがかるほどの高さで頂点が見えない。

 巨大生物……たしかに植物も生物か。別に巨大食虫植物がこちらを虎視眈々と狙っている訳でもない。ただ、通常そこら辺に生えてる雑草が、想像を超えたビックサイズでそこら辺に生えてるだけなのだ。にもかかわらず度肝を抜かれた。

 動きもしない植物でこれなのだから、動物に出会ったら失神しそうだ。

 せめてなるべく出会わないようにと神に祈ろうかとも思ったが、どうもこの世界を司っている神が『あっぱらぱあ』らしいのでやめた。

 大体、直近で神に祈った結果、降って来たのはクマゴローだ。確かにクマゴローが居なければ最低二回は死んでいる。

 恩義を感じてないわけではない。だからこそ嫌々ながらも付き従っている格好を取っているし、金銭感覚のないクマゴローの代わりに最低限の金銭管理もしている。

 だがこの状況にそれを上回る理不尽さを感じている事も確かだ。何で自分がこんな目に遭わなければならない。


 ああ……日頃の行いが悪いからだ!


 盗賊だもの。全てが終わったらシスターにでもなろう。上っ面だけ取り繕って悪事を覆い隠すのだ。

 兎に角神に祈るのは止めて置こう。クマジローとかクマサブローとか追加で降って来たらこの身の破滅である。

 そんなヴァイスの思考を遮るように、前方の大樹の如き草陰が大きく揺れる。クマゴローとヴァイス以外の生き物が、そこに居る。

「なに……? 何か居る!?」

「そう怯える事も有るまい。どうやらこちらに敵意はないようだ」

 ぬっ、とそこから顔を出したのは超巨大な芋虫だった。ヴァイスは短い悲鳴を上げ、たじろいだ。

「おう。なんだ。虫は苦手か。意外だな」

「ササササイズの問題でしょうが! こんなの見たら誰だって引くわ!」

「そうか? 結構かわいらしいと思うがなぁ」

 『分析』で確認してみても本当にただの馬鹿でかい芋虫だった。芋虫もこちらに敵意がないと判断したのか、もはや脇目も振らず巨大雑草をもっしゃもっしゃと貪る。

「おお! 凄まじい食欲だ。見よ。こうやって成虫になる為のエネルギーを蓄えていってるのだな。昆虫をじっくり観察したのも久方ぶりだ」

「あんたが酒場でがっついてた時のほうが勢い上だと思う……あんたも変身とかするの?」

「状況に応じてな」

「するの!?」

「冗談だ」





 雑草の森を抜けると、視界が開ける。

 目の前に広がるのは見た事もないほど巨大な大河だ。超巨大な魚が群れ、それを超巨大な鳥類が時折狙いを定めて捕食していた。

 彼らにしてみれば此処は何の変哲もない渓流程度の規模スケールなのかもしれない。

 ヴァイスの視点では、此処から見える対岸は、まるで引いてあるんだかないんだか分からない位、細く薄い線の如きだ。

 『分析』を使って調べるやはり彼らも超巨大なだけの普通の――大きさは普通ではないが――生物だ。魔物の類ではない。

「まるでガリバー旅行記だな」

 クマゴローは呟いた。

「ガリバー? なにそれ」

「古い冒険小説だ。小人の国に行ったり巨人の国にいったりだな……」

「……あんたさ。自分自身から見て今自分が異世界に居るってこと、忘れてるでしょ」

「む。そういえばそうだったか。会話するに不足は無いし、飯は口に合うし、ついな」

 ヴァイスは多少、クマゴローが居たと言う異世界に興味を持った。





「あんたの居た世界って、どんなだったの」

「一言で言うのは難しいな。ここより三百年ほど科学技術が進んだ世界。と言うより向こうの過去の時代がこちらの現代と近似していると言うべきか」

「ふーん。良く分からないけど似てるところも有るって話?」

「文字などな。『アルファベット』と言う向こう世界の文字に良く似ている」

「そういえばそんな事言ってたっけ。世界を隔てて、すごい偶然もあったものね」

「強ち偶然はないかも知れんぞ」

 推測だが、とクマゴローは前置きした。

「こちらの世界とあちらの世界。影響を与えている存在が同一なのかもしれん。私が向こう世界の壁を突き破った際に邂逅し、そしてこの世界に送りこんだ人物……神たる存在が」

「……つまり、あれだ。同じヒトが扱う世界モノ同士だから、似たような手癖が付いちゃってる。その手癖こそが、異なる世界の近似部分」

「かもしれん。と言う話だな」

「……ま。暇つぶしには面白い話かな」

「無論違う部分も多々あるぞ。私の世界にはヴァイスのような耳の長い種族は居なかった」

 無意識的に、ヴァイスは自分の両耳に指を触れる。

「え? いないの? エルフ」

「そうだな。こちらで言う『人間』のバリエーションに比べたら、まぁ、一種類しかいないようなモノだな」

「じゃあ『亜人』とかそう言うのもいないんだ」

「アジン? 知能の高い馬が喋ったりするのか?」

 クマゴローは首を傾げる。

 なんだそれ。

「……前に説明したよね?」

「忘れた!」

「獣の耳とか尻尾とかあって、ちょっと毛深めで、語尾にニャとかつける種族!」

「ほほう……それは会うのがなかなか楽しみだ」

 クマゴローがにやりと笑った。今までのものと比べると、不健全な笑みだった。

「いかがわしい事考えてるでしょ」

「成人男子たるものそれくらいは当然だ。いかがわしいも健全の内なのだ!」

 真正面から堂々と開き直られた。

「ともあれ、私がいた世界には私のようなタイプの人間一種類しかいない。こちらと比較すればな」

「え!? 向こうの世界ってあんたみたいな人間しか居ないの!?」

 クマゴローみたいな理不尽存在しかいない世界。

「ああ。それがざっと七十億程度か」

「七十億!?」

 祈るのをやめておいて良かった。危うくクマゴローが七十億人降り注ぐかもしれなかったのだ。

 そうなったらわが身どころの話ではない。世界の破滅だ。もう絶対神様に祈ったりなんかしない。

「コワイ……異世界コワイ……」

 もう異世界に興味を持つのは止めにしておこう。

 固く誓った。





「亜人に会うためにも、今はこの大河を越えなければならん」

 エルフの国を目指している以上、方角的にこの大河の渡河は避けられそうにない。

 迂回すると言う選択肢はこの漢には絶対無い。

 手元に船の類があるわけでもない。この頂が確認できない木々を切り倒して筏を作らない限りは。

 仮に筏で渡河するにしても、あの薄い線のように見える対岸に辿り着く前に途中で魚か鳥の胃袋に流れ着きそうだ。

「どうするつもり?」

「決まっている。とぶのだ」

 確かに風の魔法でそんな技術スキルもあるがヴァイスには使えない。

 もし頼っているならお門違いだ。

 しかしクマゴローはヴァイスを頼ろうとする様子もなく、逆に自らの背中を指差し、さあ乗るのだ! とヴァイスを促した。 

「普通に嫌なんですけど」

「ならばしょうがない。ここに置いて行く事になるが……」

「乗ります! 乗らせてもらいます! 乗せて下さい!」

 ヴァイスは躊躇なくクマゴローの背中に飛び乗った。

 クマゴローの背の感触は予想より遥かにゴツく硬い。大きな岩に抱きついているようなものだ。今朝方まで寝ていた寝床ベッドが恋しくなってきた。

「それでどうするの? 本当に変身して翼でも生やすの?」

「翼ならば既にある……脚部ココにな」

 不敵に笑い、自分の脚を指差すクマゴロー。その脚はやはり規格外にゴツい。本当に人間のものなのか疑いたくなるほどだ。

「でも、ただの脚じゃん」

「今からとぶぞ」

「えっ」

「跳ぶのだ!!」

 至近から大声でそう叫んだ。ヴァイスはクマゴローに掴まっていなければならない以上、両手で耳を塞ぐ訳にも行かない。直撃だった。

 クラクラするヴァイスに構いなく、クマゴローは眼前の大河を前に大きく後退り十分な距離を開ける……いや、違う。これは助走をつける為の前準備だ。

 ――ああ。この漢は本当に、この大河の上を跳躍ぶつもりなのだ!

「うおおおおぉおぉおお!!!!」

「ぎゃあああぁぁあああ!!!!!」

 咆哮と絶叫がこだまする中、クマゴローはそのまま水に突っ込むのでは無いかと言う勢いで大河に迫る!

 もう大地が途切れる岸の際。その限界をクマゴローが強く踏み抜くと、ヴァイスを背負ったままクマゴローの肉体からだは高速で宙へと射出された!

 凄まじい速度と浮遊感に苛まれながら、ヴァイスは眼下へ目を落とす。地面したには途切れのない水面が広がっていた。巨大魚が暢気に遊泳している。

「と、跳んでる! 本当に跳んでる!?」

「うむ。だが少し距離を見誤ったな。このままでは水面みなもに叩き付けられてしまう」

「えっ? えっ!? どうすんの!?」

「言うまでもない。こうするのだ!」

 見る見るうちに失速し、水面が迫る。もう寸前で落着する……というタイミングで、クマゴローは何も存在しないはずの空中を、まるでそこにちょうどいい踏み台が存在するかのように踏み蹴った。再び速度と高度が戻り、今まで線のような小ささだった対岸が見る見る大きくなる。もう十を数える間もなく、向こう岸に着いてしまうのだ。


「蹴った! さっき空中を蹴った!?」

 岸に着地し、呼吸を何とか整えたヴァイスの第一声がそれだった。

 クマゴローは腕を組み、平然としている。彼にとっては何でもない普通の動作を繰り出したに過ぎないのだろう。

「うむ。『二段ジャンプ』と言うやつだな。因みに、私の最高記録は百段だ」

「百段て。そんな跳んでどうすんの?」

「それ以上は記録の伸ばしようが無かった。宇宙に飛び出てしまうのでな」

 宇宙……そこは空気も下に働く力もない世界だとヴァイスは聞いた事があるが、この男なら平然と活動してそうだ。

「しかし……先程の跳躍で急に腹が減った。気付けば日も傾きかけている。今日はここで休むとしよう。水場も近いしな」

「え!? ココで野宿するの!?」

「不満か?」

 大いに不満だ。だが確かに一日二日で山脈を通過できない以上、どこかで野宿をしなければならない。この領域エリアなら、結局どこに行っても大差はないだろう。

 夜間行軍と言う選択肢は無い。真夜中に巨大生物たちには出会いたくは無いからだ。

 結局クマゴローの言うとおりこの場所で野宿をするしかない。ヴァイスはまた一つ大きな溜息を着いた。

「はぁ。分かりましたよ。今日はココで野宿でございますね」

「うむ。では、ヴァイスはこの場で待っているのだ。私は少し遠出をして獲物を狩って来る」

「え? すぐ近くに魚いっぱい泳いでるじゃない。あれで良いでしょ?」

「生憎と今日は獣肉にくと言う気分なのだ」

「いやちょっと」

「では待っていろヴァイスよ! 大きな獲物を獲って来て見せるからな!」

「待って! おいてかないで!」

 静止の声を聴く間もなく、クマゴローの姿は消えた。ヴァイスの目にも留まらぬ超高速で移動したのだ。

 ぽつんと取り残されたヴァイスは、この巨大生物だらけの場所で、怯えながらクマゴローの帰りを待たなくてはならなくなった。





 陽が落ちる。山脈は闇に支配される。

 ヴァイスは焚き火にあたり、おっかなびっくり周囲を見渡す。

 辺りにいるのは巨大芋虫だけだ。ヴァイスの心情を察するはずもなく一心不乱に草を食べる。もっしゃもっしゃ。

 虫といえば火を恐れるものだが、この芋虫は炎すら意に介さない。体が大きいのだ。この程度の炎など危険ですらないと言うことか。

 

 巨大生物はこの山脈にしか居ない。察するに、彼らが外の小人にんげんの領域に出たところで旨味が無いからだろう。

 彼らの視点に立てば、外の世界は全てのものが小さすぎる。

 例えばこの芋虫が外の世界に来たとしたら、その旺盛な食欲で人間の尺度では広大な森林であったとしても、その一面の緑を食べつくしてしまう。外の世界で生きている生物ものにとっては大打撃だ。だが、この芋虫も、たったそれだけの緑では空腹を満たせまい。

 巨大な生物を巨大な生物が食らい、いずれその生物が土に返り、巨大な緑の為の養分となる。『巨大な』と言う文言を差っぴけば、この山で行われている営みは外の世界と何も変わらない。

 循環しているのだ。山脈の中だけで生態系は完結している。故に外の世界に出る必要がない。


 ヴァイスのそんな考察を中断させたのは低い地響きだった。

 徐々に地響きがこちらへと近づいてくる。その震動たるや、今まで暢気に食事をしていた芋虫ですら驚いて逃げてしまう程だ。

「なに……? なに!?」

 ヴァイスには身を竦ませる事しか出来ない。この山脈、どこへ逃げようが同じだ。

 地響きの正体が段々明らかになる。

 山だ。

 茶焦げた大山がこちらに接近してきている。

「ひっ……!?」

 このままでは押し潰される!

 そう直感した瞬間、大山は急に動きを止める。

 そして聴き慣れた、理不尽の象徴とも言うべきこの大声。

「ヴァーイス! ヴァイスよ! 予告通り大物を狩って来たぞ! ふはは!」

「なにこれ山!? 山ごと狩って来たの!?」

「それは少し違う、正確には山のように大きな……猪だ!」

「猪!?」

 クマゴローは片手で持ち上げていた大山いのししを地面に下ろす。まるで彼が死神を地面に叩きつけた時のように、大地が揺れた。

 よく見ればこの猪らしき物体、既にこんがりと良い具合に焼けている。本当に茶焦げていたのだ。

「何でもうこれこんがり焼けてるの? あんた火でも吹けるの?」

「近場にちょうど良い火山があってな! そこで軽く炙って来た」

「ねぇ火が吹けるかって聞いた事に対するリアクション何か返してよ。あんたまさか本当に火が吹けるの?」

「案ずるな。小食なヴァイスの分もちゃんと取って来ている。ほら見よ! 形の良いリンゴだろう?」

 完全に無視された。

 仕方が無いのでヴァイスはクマゴローが持って来た、馬鹿みたいに大きなリンゴ……らしき赤い物体を見る。

 確かに、赤い球体から仄かに漂う甘い匂いはリンゴのそれだ。試しにダガーで一部分を切り取ってみる。

 ……白い果肉。見紛う事なきリンゴだ。口に入れてみる。味も普通のリンゴだった。ちょっと酸っぱい。

 ふとクマゴローを見る。素手で猪らしき大山を解体していた。

「もしかしてそれ全部食べる気?」

「うむ!ヴァイスも食うか?」

「いや、いらないから。あ、私の分のリンゴも付け合せで食べちゃっていいから」

「ぬ。もういらんのか。やはり小食だな。それで持つのか?」

 一部分を切り取っただけとは言え、十分に食べた。この果物のサイズがおかしいのだ。

 この山脈に入り、驚いてばかりの一日だった。クマゴローとの邂逅とはまた別の意味で疲れた。

 今日はもう、眠ろう。

「私はもう寝る」

「そうか」

「火を消さないでよ。後、また勝手にどっか行ったりしないでよ」

「うむ」

「じゃあ……お休み」

「ゆっくり休むと良い。火の番は任せよ」



「絶対にどっかに行ったりしないでよ!? いなくなってたら泣くかんね!!」

「大丈夫だ」



 朝起きると目の前にあったのは巨大リンゴの芯と巨大な獣骨がうず高く積まれた白い山だった。

 この漢、本当に全部食べたのか……

 クマゴローは高鼾たかいびきをかいて眠っていた。





 ようやく行程の三分の一を踏破した所だろうか。

 確かにこのまま順調に行けば迂回するより数段早くエルフの国へ辿り着けるだろう。

 たまに襲い掛かってくる巨大生物も、クマゴローが追い払ってくれるので少なくと彼のそばに居ればヴァイス的には安全だった。

「なんか拍子抜けかもね。おっきい生物も見慣れちゃえばかわいいもんだしさ」

「よく言う。初日は悲鳴しか上げてなかった癖に」

「そんなのもう忘れたー。伝承では巨人が住むからそういう意味でも『巨人の山脈』って名前付いたって聞いたけど、そんなの居ないし」

「巨人? どのような?」

 問われて、ヴァイスはクルリと身を翻しクマゴローと向かい合い、得意げに解説を始めた。


「山より大きな巨体で」

「ほう」

「岩盤を切り抜いたような頑丈な肉体を持ち」

「なるほど確かにそうだな」

「その皮膚は暗い緑色」

「そして一番の特徴は大きな一つ目か!」


「……ん? そうだけど、何であんたが知ってるの?」

 クマゴローはヴァイスの背後を指差す。

 つられて振り返ると、そこには山の陰からこちら覗く、山より大きな巨体で岩盤を切り抜いたような頑丈な肉体を持ち暗緑色の皮膚の一つ目の巨人が居た。

「待って! 今の無し! 今の解説無し!」

「混乱しとるなぁ。別に解説しようがしまいが、絶対に出会っていただろう」

 混乱の中、『分析』で一つ目巨人(サイクロプス)を見る。なにはなくともまず『分析』。癖として体に染み付いている。

 レベル650。この時点で通常の人間が太刀打ちできる強さ(レベル)ではない。スキルはスライムや死神と違い何も持っていないが、その攻撃力・防御力・生命力は桁外れすぎて見なかった事にしたい。

 ゼリーや骸骨とは違いこの巨人には表情がある。大きな一つ目を細め、口の端をにやりと吊り上げる……巨人は笑っていた。

「に、にっこり笑顔で会釈を知ればきっとすんなり通してくれるよね!? ね!?」

「いや違うな。この巨人の笑顔はな、珍味を見つけたから酒の肴に食って見よう……そんな顔だ!」

 山陰より現れる巨人。クマゴローも人間としてはかなり大柄な部類だが、その見事な体躯も巨人の掌には豆粒のように納まってしまうだろう。最早、比較にならない大きさだ。

 巨人は片足を持ち上げ、そして……その足の裏の狙いはヴァイス達だ。

「踏み潰すつもり!?」

「ああ。たしかにペシャンコでもスルメは旨いからなぁ」

「のんき過ぎる!!」

 相当な速さで巨人の足はヴァイス達を踏みつける!

 ヴァイス無駄な行動と知りつつも咄嗟に身を屈め、目を瞑る。巨大な足が降って来る事に伴う凄まじい風圧!

 巻き起こった風はヴァイスの髪の毛と衣服を強烈にはためかせたが、そこまでだった。肝心の足本体はいつまで待っても来る気配が無い。

 恐る恐る目を開けると、そこには巨人の足裏を涼しい顔で受け止めるクマゴローの姿があった!

「大事無いか。ヴァイスよ」

「受け止めてるのはあんたじゃん!! あんたこそ大事無いの!?」

 大山いのししの時のように、片手で足を受け止めているクマゴローはにやりと笑った。

「ああ。ない!」

 言って、そのまま大きく振りかぶり、巨人を投げ飛ばした! 投げ出された巨人を受け止めた山脈は、抉り削れて平らになってしまう。

「さて、ここからどうするか」

 髭面の顎に手を当て、珍しく思案するクマゴロー。

「わ……わざと飲み込まれておなかの中から攻撃するとか?」

 咄嗟に思いつき、提案した。

「ふぅむ。一寸法師か。それも面白いが」

 イッスンボーシが何なのか知らないが、クマゴローの世界にも同じような戦法があるらしい。

 つまりそんな戦法が確立する位、巨人なんかも普通に闊歩しているのか、異世界は。ますます怖い。

 だが、クマゴローはその戦法に不服そうだった。渋い顔をしている。

「搦め手は好かぬ。やはり障害は正面から突破せねば……よし! あの手で行くか!」

 クマゴローは何か思いついたようだ。すぐさまそれを行動に移すのかと思ったが、逆に構えを取って静止する。スライム戦でやった、精神統一をはかる際のポーズだ。

 ならばその後、一呼吸のまま高速連打で殴りに掛かるのかと思ったが、それも違った。腰を落とし、吐き出す呼吸いきとともに、さらに深く瞑想する。

 大地が震動する。崩れた山から起き上がったのかと巨人を見るが、未だ倒れたままだ。

 ……呼吸だ。クマゴローの呼吸のリズムにあわせて大地が揺れているのだ。

 空気が鳴動する。道の端に転がっていた小石がカタカタと揺れ動き、どう言う訳か宙に浮き上がる。

 そしてクマゴローの全身からは俄かに光が漏れ、いずる。

「え!? ひかり!? なんか光らしきものが漏れ出てるんだけど!?」

「はぁぁぁぁぁ……」

 呼吸と共に強くなる振動・鳴動・そして、発光。

 光がクマゴローの全身を覆いつくし、周囲を白く染め上げ、そしてヴァイスの視界まで白一色に塗りつぶした刹那、

「はああああぁぁぁぁ!!!!!」

 裂帛れっぱくの気合を孕んだ咆哮と共に、白い闇が消え去る。そして、その中心に存在していたクマゴローは……


「……いや待って。いやいやいや。おかしい! これは絶対におかしいって!!!!!」

「ふふふ。巨人よ。敵が自分自身と同じ体躯サイズならば、どうする? 最早体格の利は無いぞ!」

 でっかくなっていた。

 山から起き上がった巨人の一つ目は、驚愕でさらに見開かれる。それはそうなる。巨人の反応は正しい。

 おかしいのは普通に巨大化してるクマゴローだ。ただでさえ普通のサイズでもおかしいのに。

「なんで!? 何で巨大化してんの!? どういう理屈!?」

「ふ。正確には私自身が巨大化している訳ではない。これは闘気オーラだ。我が内なる闘気オーラ。それが巨大な私を形作り実体化しただけの事」

「だけの事じゃないでしょ!? オーラってなんだよ知らないよ!」

 突拍子も無い現状に大混乱するヴァイスだが、巨人は違った。呆気にとられ開ききっていた一つ目をすぐさまキッっと引き締めると、一歩も怯まず巨大クマゴローへと突撃する。巨体の全体重を乗せたぶちかましだ!

「ぬう! この衝撃! ふふふ。巨人よ。その体躯見せ掛けではないな。十分に鍛えている!」

 巨人のタックルを受け切るクマゴロー。しかし、巨人はそこから距離をとらない。すかさず体勢を整え放たれる巨人の正拳ストレート

 その拳も受け止めきったクマゴローが、巨人に向け手刀を振り下ろす! 間一髪に避ける巨人。しかし無傷とはいかなった。間一髪で避けたにもかかわらず、その手刀は巨人の衣服を斬り、暗緑の肌を薄く裂いていた。掠った傷から緑の液体が少量流れ出る。おそらくは血液か。

「今の手刀を避けるとは……やはり、出来る!」

 ヴァイスも巨人はその巨体で力任せ暴れるだけ、と思っていたが、この巨人には体術の心得があるらしい。おそらくその体を人間大に縮小化ダウンサイジングさせて見ても、並みの格闘家では歯が立つまい。

 拳には拳を。

 足には足を

 投げには投げを。

 それぞれ応酬し合う巨人二体。

 その闘争により山脈は削れ、大地は抉れ、最早元の地形は跡形もない。

 ヴァイスは巻き上がった岩盤や大木を必死の素早い身のこなしで回避する。

 今ほど盗賊でよかったと思った時はない。魔法使いだったら多分死んでる。

「その肉体からだ! その技術! 競い合える同族なかまがいるのだな。羨ましい事だ」

 本当に、羨ましがっている咆哮こえだった。

「ならば! 私が見せるのはその先だ! 競い合い、鍛え上げ……切磋琢磨の先にある境地! ゆくぞ! はあああああぁぁあぁぁ!!」

 再び、あの構えだ。呼吸と共に瞑想し、大地が振動し、空気が鳴動し、そして巨大クマゴローの体が光に包まれ――

「ちょっと!? ないよね!? これ以上は流石にないよね!?」

 辺りを、いや、世界を、かも知れない。少なくとも先日発った街と目的地のエルフの国にはこの光が届いているに違いない。

 

 世界を遍く照らす光が収まった後、そこに立っていたクマゴローは……

「巨人よ。これで最初にまみえた時とは大きさが逆転したな。さあ! ここからが本番だ!」

「は。はは……」

 最早言葉もない。『天を衝く』とはまさにこの事か。

 ヴァイスから見れば一つ目の巨人も超が付くほど大きいが、その見事な体躯も超が十ほど並ぶクマゴローの掌には豆粒のように納まってしまうだろう。最早、比較する意味もない。

 と言うか比較ってなんだっけ?

 その大きさを見て今度ばかりは愕然としていた巨人が、その大きな一つ瞳に涙を湛えて哀願するようにヴァイスを見てくる。

 ヴァイスは力無く首を横に振った。元はと言えば変な物(クマゴロー)を取って食おうとしたこの巨人が悪いのだ。

 超絶巨大クマゴローはおもむろに立膝をつく。その動作の震動よはだけで巨人は転んだ。ヴァイスはもう身動きが取れない。

 超絶巨大な右手がゆっくりと、しかし確実に握られてゆく。

 その超絶巨大は拳は陽の光を完全に遮った。一帯はまるで夜のように暗くなる。

 暫しの静寂。

 そしてその次に来たのは天から満遍なく降り注ぐ、野獣一歩手前の轟音こえ

「さぁ受けよ! 我が渾身の一撃! ぬううううぅぅぅぅぅん!!!!!」

 空を切り落下してくる超絶巨大拳は、まるで宇宙てんから零れ落ちた隕石の如く。

 巨人の周辺一帯に衝突する。

 ヴァイスが見たのはそこまでだ。

 拳と大地がぶつかった際の衝撃波で、ヴァイスの意識は完全に途切れた。



 かくしてその巨大な姿で威容を誇っていた一つ目巨人の体長は、限りなくゼロになった。





 心地の良い夢を見ていた。まるで空の上を泳いでいるかのような、そんな浮遊感。

 すこし肌寒い気もするが、悪くはない。多少なら我慢しよう。

 ああ……まるで天国に近い場所に居るような……

「……ヴァイス。ヴァイスよ! 起きるのだ! 全くネボスケなやつよ!」

「ひぃ!?」

 天を割る程の轟音こえだった。眠気が引っ込むどころか命の危険すら感じる。

「なに……なに!? 今どうなってんのこれ!? うすっ! 空気薄っ!」

 ここは何処かの山の頂か。周囲を見渡しても空と雲ばかりのがらんどうだった。下を見るのはご法度だ。多分失神する。

 よく確認すると何か布地のような感触のものの上に居るらしい。ごわごわしてる。

 そしてぐるりと一周見渡すと、大木の如き肌色の首筋と、その上を辿ればクマゴローの髭でもじゃもじゃの顔があった。

 ここはどうやら、超絶巨大クマゴローの肩の上らしい。

「閃いたのだが、このサイズのまま行けばエルフの国などもうすぐそこではないか! ふはは! 今まで思いつかなんだ!」

「うるさ……うっさ! 耳塞いでてもうるさいし! もうちょっと静かに喋んなさいよ!」

「これが最低音量だ」

「マジで!?」

 それでも耳を塞いでどうにかなる轟音ではない。

「……まぁこれならすぐ着くでしょうけど、絶対国の前でこの姿解きなさいよ。そうじゃなきゃ踏み潰して滅亡させちゃうわこれ」

「承知している。では行かん! モウフの国へ!」

「エーールーーフーー!」


 その後、本当に百歩も歩かないうちにエルフの国に着いた。

次とその次の話はちょっと毛色が変わる予定です。後もっと短くまとめたい。もともと一発ネタだし。

次の更新までちょっと間が空くと思います。


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