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フェイク・ブラッド(直美シリーズ1)

作者: でんでろ3

「おじさま~っ!」

9歳になる姪の直美が興奮気味でドアから飛び込んできた。

「おじさま~。おじさまって、刑事時代に怪盗ミルフィ~ユの担当だったんですって? もう~、どうして、教えてくれなかったんですか?」

「それは、誰から聞いたんだい?」

「修兄ちゃん」

「あの、バカ」

私は頭を抱えた。私は、ため息を1つついて、告白を始めた。

「私は、怪盗ミルフィ~ユの担当ではなかったよ、怪盗ミルフィ~ユの“偽物”の担当だった」

「“偽物”?」

直美がキョトンとして聞き返す。

「あぁ、つまり、あからさまに偽物の怪盗ミルフィ~ユによる予告には私が対応していたということだ」

「どういうこと?」

「そうだなぁ、それじゃあ、実際にあった事件の話をしよう」

「わ~い、何て事件?」

はしゃいだ直美が、両手を上げてパタパタと振る。その二の腕に刺青のようなものがあってギョッとする。

「直美、それ……」

「あ、これ? 大丈夫です。時間が経つと自然に消えちゃうから」

「そういうものなのか? いやいや、そういう問題じゃありません。駄目です」

「はーい」

直美は、低いトーンで不満げに言った。しかし、その一瞬後には、元の明るい口調に戻って、

「で、何て事件?」

と、聞いてくる。

「いや、それがね。この事件は、誰も被害届を出さなかったので、結局事件にすらなっていないんだ。だけど、じゃあ、今だけ、フェイク・ブラッド事件と呼ぼうか」

「うゎあ、か~こぃい!」

「事件の方は、全然かっこよくないんで、期待しないでほしいんだけど」

「どんな事件なの?」

直美の大きく輝きすぎている目で、真っ直ぐ見つめられると、つらい。

「うむ、私のところに、1通の怪盗ミルフィ~ユの予告状が回されてきた」

「うんうん」

「その内容は、今度、宇宙ステーションに打ち上げられるロケットから、人口血液製造装置フェイク・ブラッドを盗む、というものだった」

「すごーいっ! すごい! すごい! すごい! すごいじゃない。スケール大きい。さすが怪盗ミルフィ~ユ、やること違うわね」

「……いや、違いすぎるんだ」

「えっ?」

「あのね、いかに怪盗ミルフィ~ユといっても、地球を飛び立って宇宙に向かって突き進んでいるロケットから物を盗むなんて不可能だし、だいたい、怪盗ミルフィ~ユは良い人だから、宝石ならともかく、人々を救うのに使われる医療機器を盗んで開発を遅らせるなんてことは、しないんだよ」

「あぁ、俗にいう、キャラに合わないって奴ね」

「そぅ、だから、いっそ、無視しようかという声もあった」

「なぜ、そうしなかったの?」

「1つには、予告状が限りなく本物に近かったから」

「他には?」

「うるさい奴らがいたんだよ」

「誰? それ?」

「コンピュータ関係のベンチャー企業でね。トゥーカっていったかな? そいつらが言うにはだね。……って、その前に、予告状の文面を正確に教えておこう」

私は、メモ用紙を取り出して、ボールペンで予告状の文面を書いた。


 星の海原へと飛び立ちたる船よりFBを戴く。


「これが、予告状の文面なんだが、トゥーカの連中は、このFBは我が社の社運を賭けた民間極小型ゲーム衛星ファンキー・バンクだと強硬に主張したんだ」

「はぁ……、あれ? でも、何で、そいつら、予告状の文面を知ってたの?」

「怪盗ミルフィ~ユは、必ず、大手マスコミ数社にも、同時に予告状を送ったから、そこから多少は漏れたんだ」

「ふぅ~ん」

「というわけで、この予告状を、ガン無視したい警察当局と警備して欲しいトゥーカ側との泥沼の交渉の日々が始まった。結局、ロケットの貨物室に小型の定点カメラを1台だけ設置し、映像をインターネットで生で流しっぱなしにすることにした。システムの開発にはトゥーカが全力で当たることにして文句が出ないようにした」

「なんか、地味にお金かかってない?」

「トゥーカ側に上手くはめられた感はある。貨物室生中継の噂が早くから巷に流れ、期待感が高まっていた」

「それで、どうなったの?」

「問題の映像なら、今でも、ネットで簡単にみられるぞ」

「本当? おじさま?」

直美が、いそいそとタブレットを取り出す。

「『フェイク・ブラッド 消失 映像』で検索してごらん」

直美が言われたとおりにする。

「あったわ。これね」

「左の大きなのがフェイク・ブラッド。右の小さいのがファンキー・バンクだ」

映像が始まって40秒ほどたったところで、画面に大きなノイズが入り、それが晴れると、

「消えたっ!」


そう。ファンキー・バンクが忽然と跡形もなく消えていた。


「何これ? 合成? 編集?」

「いや、ほとんどの証拠物件が宇宙空間で、できることが少なかったんで、この映像は飽きるほど調べたよ。確かに、リアルタイムにその場で連続して録画されたものだった」

「すごいじゃない。大事件じゃない。やっぱり、これ、本物の怪盗ミルフィ~ユじゃないの?」

「いや、大事件じゃないどころか、大騒ぎにすらならなかった」

「へっ?」

「トゥーカの連中は被害届も出さずに責任の押し付け合いをして空中分解してしまったよ」

「あれ? でも、被害届を出さないと保険金がもらえないんじゃないの?」

「いや、保険には入っていなかったらしい」

「えぇっ! そんな、バカな」

「ケチったんじゃないか?」

「……ねぇ、空中分解した後のトゥーカの連中ってどうなったの?」

「さぁ、知らんよ、そんな事まで」

直美はタブレットに飛びつくと、慌ただしく何かを調べだした。

「やっぱり、トゥーカの連中、みんな、名立たる大企業にヘッドハンティングされているわ」

「なんだって? どうして、そんなことに?」

「今、ファンキー・バンクの仕様書を見てるんだけど物凄いスペックよ。こんなものを作ったチームのメンバーなら欲しがられるかもね」

「あいつら、そんなに、すごい奴らだったのか? そんな風には見えなかったが……」

それを、聞いた直美はクスッと笑った。

「さすが、おじさま、人間を見る目があるわ。そう、彼らの内、今、活躍しているのは、AR分野で1人いるだけ。衛星関係なし」

「どういうことだ?」

「タネ明かししましょう」

「えぇっ!」

「ファンキー・バンクなんて、初めから載ってなかったの」

「えっ? そんな? だって、映像に……」

「あれは、良くできたARよ」

「えぇっ! でも、ARを表示するにはARマーカーが必要だし、途中で消えたのは?」

すると、直美は、自分の二の腕を見せた。先ほどあった刺青は消え失せていた。

「消える塗料でARマーカーを床に直接描いたのよ。宇宙では鑑識のような捜査はされないと踏んでね。ノイズの後に消えたのは偶然だけど、それほど、危険な賭けじゃないわ。ノイズは、かなりの頻度で入るでしょうから。他のシステムその他の開発は、すべて自分たちがやってたんだから、なんだって自由にできたでしょうし」

「動機は?」

「もちろん、ヘッドハンティングされるためよ」

「そんな事のために、危険を冒したのか? 金も結構かかってるぞ?」

「チャンスさえ掴めば、のし上がれると思ったんでしょうね」

「でも、ファンキー・バンクが、そんなにすごいのなら、自分たちで何台でも作って売ればいいじゃないか」

「だーかーらー、ファンキー・バンクなんて、初めから存在しないのよ」

「なんだって?」

「正確には、仕様書だけ存在するわね。リアリティーをギリギリ失わないところまで夢を追った仕様書がね」

「じゃあ、この事件は、奴らが大企業にヘッドハンティングされるためだけの……」

「そ、大芝居だったってこと」

「そんな、才能もないのに、チャンスだけ掴んだって……」

「彼らは、才能だけじゃなくて、血液まで“フェイク”なのかもね」

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