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【七言目 我はすべての混沌の具現者、この世の悪意の終点にして世界の終焉と再生をもたらすもの】

 ジェーンは依頼料をあてにして奴隷購入と昨日の宿代で金を使いきったらしい。日本の和算では馬と鹿を合わせて人一人だ。

ムサシは、


「美形が金まで持っていたら不平等極まりないだろう?」


とのたまった。


……まあ一理あるが……。


「神様のわたしが許すから、ちょっくらそこらの商店や家から金目のものとってきて」


とつまらないジョークを言ったななをはたく。



 ともかく金がなくては始まらない。支払い票をギルド本部で換金しないといけなが、この町にはななを任せられるような警察署がないらしい。

 

 しかたがないのでギルド本部のある王都まで連れて行く。そこならいくらなんでも預けられるところはあるだろう。

 

 ムサシに社への連絡方法を相談して社となんとかやっと連絡が付いた。上司が珍しく優しくて、無断欠勤のペナルティもなく有給扱いにしてくれた。良かった、ひと安心だ。



 ν11は持って行って良いそうなので王都まで乗せてもらう。

 入力した地図データからのν11の試算によれば、翌朝までにはつくようだ。

 王都に着いたら本部へ支払票の換金に行って、宿代の借りを引いた手伝い賃を貰うことになっている。

 

 せんたくけんを持たなければ、人はただの動く肉塊。人は選択する、故に意志を持つ。そこに貴賤も善悪もない。社畜ひとの品格とはそういうものだ。



 戦車の後部スペースは意外と快適だった。揺れもほとんど感じない。

 

 長いベンチに横になって、組んだ手首の上に頭を乗せぼんやりとする。行き先がどんどん決まる、まるで古典的なRPGだな。

 

 よっと起き上がってスシバーを一人一パックずつ配る。パッケージを開け玉子焼味を口にほうった。柔らかな甘みが広がる。



「魔王がどこにいるか知ってる?」


 ジェーンが訳の分からないことを言い出した。まあ放っておこう。


「いちいち魔王の居場所とか姿とかなんか覚えてらんない。どうせみんなすぐいく訳じゃないし。数百年もすればころころ変わるし、そもそも私自身が殺るわけじゃないし」


 「なぜ、魔王を倒そうとするんだ?」


 ムサシが聞いた。


「魔王はね、かつてこの世で抗うものを皆串刺しにさらし、町という町、国という国を灼き尽くした。それだけじゃない、気に入った人間をさらって人間牧場で飼っていたの」


 ジェーンが口をはさんだ。キラキラと遠くへアホのように視線を投げかけている。


「魔王殺ったら箔が付くし、宴会の時話題になるじゃない」


 ななは答えた。



「前方核能前方核能」


 いきなり脳内にν11のアナウンスが響いた。


「前方に敵性存在を感知。応答より宣戦布告と判断。危害を加える可能性があれば当方に迎撃の用意ありと通達。敵応答に変化なし、依然敵対行動を続行中。ご指示をお願いします」


 視界が車内から遠方の木々のあたりに飛んで開いた。葉や枝の間から禍々しい光がこぼれている。


 ななはヘッドセットを付けると口を開いた。


「ロックオン榴弾ファイア、消え去れ」


 森が消えた。立ち上る煙の間から輝く布切れが舞い上がる。


「御挨拶だな。我はすべての混沌の具現者、この世の悪意の終点にして世界の終焉と再生をもたらすもの。滅星の特異点」


 脳裏に軋むような不快な合成音声が響く。ν!!と同様、無個性ではあるが、なぜか悪意がはっきりと感じられた。


「どうも、小鳥遊ジョージです。ずいぶん唐突に変なものが現れたのだな」


 あるはずがないものがあるような強烈な違和感を放つ”それ”は、布をまとった"人"ではなかった。

 

 奇妙に動く輝く布切れが絡み合ういびつな"人型"だった。


「……光が強まれば闇の深さも増すように、生けとし生けるものの力が増せば我が力も増す。世界と世界のつながりが強くなれば我が存在も増すのは自明。我は宇宙の存続の意志、生命いとなみの反作用なのだから」


なんなんだ。


「とりあえず、そのニュアンスは敵意があるのか?なんとかさん」


尋ねる。


「当然だ人間よ。我はすべてを滅ぼし、宇宙を存続させるのだ。すべてはこの宇宙の生命いとなみの反作用。神魔が交わるとき、その反作用も極大値に至る。そうだろう?女神ツキヨミと魔王ムサシ!」

魔王ムサシ?俺は驚いた。偽名ではなかったのか。ムサシとななに目を向けた。


「ななちゃん難しいことわかんない」

ななはうつむいて言った。



 こいつは危険そうなので,その場に放置してを全速力で迂回して王都に向かう。


「あなたが人々を串刺しにしたり、灼き尽くしたりしたの?」


 ジェーンがムサシに尋ねた。


 ムサシは懐かしそうに遠くへ目を向けた。


「むかしは荒れていたからなあ。俺たち魔族や人や亜人はみんなみんな遠征時はそういうことをよくやったもんだよ」


 目を落とす。


「今の魔族は、主従契約を結んでくれるやつらはもういないが」


 ジェーンはたじろいだ。


「じゃあ人間牧場は?」


「それには理由があるんだ」


 ムサシは悲しそうに言った。


「少女と少女を交配させたらすごい少女が生まれると思ってたんだが。300年もやったのに駄目だった。コウノトリも来ないし分裂もしない」


 警察はどこだ。


 ななが真顔で言った。


「ニューちゃんで挽こう。魔王ミンチにして鋤き込もう。たとえ世界を救えても、このタンパク質を救うのは無理」


「そうはいうがな、過酷な労働や酷い飢えや虐待から解放されてみんな結構喜んでたぞ?孤児や捨て子も結構いて賑やかで楽しかった。むりやり連れて来たわけでもないし」


 ムサシはうんうんと頷いた。


「ちゃんと、おいしいお菓子をあげるからお兄さんといい所に行かないか、と言って同意してもらった子だけだ」


警察は何をしている。


「男の子を誘惑して自分の娘で色仕掛けした上に無理やり去っていく地球のシューベルトの魔王のほうが悪辣じゃないか」


 ムサシはぼそりと呟いた。何の話だ。



 ななが汚物を扱うかのような態度でムサシに話しかけた。


「もしかして勇者の娘の転生を阻止したのは……」


「それは俺だ。少女をトラックでひくなんてとんでもない」


 ムサシは胸を張って答えた。


「こいつを召喚したのも?」


なぜか俺を見る。


「まあ、それも一応俺だな。術式に干渉したらこんなことになった」


 ムサシは申し訳なさげに答えた。


「ニューちゃんも?」


「ああ、誰も乗って無いしかっこ良かったら持ってきたが、運転方法がわからなかった」


 ムサシは残念そうに答えた。


「もしかして……」


 ジェーンを見た。


「それも俺なんだ」


 悲しげに力なく答えた。

「20年前に約束したんだ。だって20年前は可愛かったからしかたない。魔法使いになるって言ってていたんだ。その時に、大人になったら魔法の使える世界に連れてってあげると約束したから、約束は守らないといけない」

 

 それでこうなったのか。叶わない方がいい夢もあるな。


「ほかにも……」


俺は言葉を遮った。


「もういい。余罪は自腹のカツ丼を食いながら自供しろ。王都につき次第出頭して自供すれば温情の余地はあるかも知れない」



 不意に床が持ち上がり落下する。俺たちは姿勢を保てず転がった。


「もう話は終わったかな」


 頭の中に嘲笑が響いた。


「わざわざ待っていてくれたのか。ありがとう」


 俺は礼を言った。


「……俺が食い止める」


 ムサシが真剣な顔で言う。


「今のままでは俺たちは勝てない、ここは俺に任せて王都に行け」


 扉を開け飛び出す。扉が閉まり、また視界が外に飛んだ。


魔王穿突まおうのすごいつき


 ムサシの前方の風景に黒い穴がいくつも開いた。具現化された悪意が爆ぜ飛ぶ。ムサシは口を動かした。


「あてはある。迷わず行け、いけばわかるさ」


 ムサシはふと気づいたように言った。


「ツキヨミ、たしかに会いに行ったのは女神だったからだが、今は」


 ムサシはこちらに顔を向けた。


「君のためなら死ねる」


「いらないよ」


 ななが言う。


「このムサシ、神とて少女なら命いくらでも捧げよう。また来世で逢おう、さらばだ」


 悪意の濃縮体と向き合う。



魔王鋭閃まおうのすごいひらめき


視界が一色に染まる。圧力すら感じる光の中に彼らは消えさった。


「嫌……」


ななの顔は見なかった。ν11は軌道を変更し新たな迂回ルートを取ったと告げた。


 たとえ、平凡な一般人であっても災いは関係ない。災禍は人など選ばない。だから全力で立ち向かう。あいつが必要だと判断した、俺も必要だと判断した、だから今は行く。託された希望があるから行く。



 しばなくして頭の中に声が直接響いた。


魔王輝刃まおうのすごいやいば


 数秒後、


「無駄だな」


 不愉快な嘲りが広がる。


「命乞いしろ。もはやお前は終わった。おとなしくしていれば多少長生きできるだろう」


「ほう、邪魔立てしなければ命は助けてくれると」


 ムサシが言う。


「そうだ、……」


 何か言い出すのを遮って、吐き捨てた。


「俺が飲むと弾指の間も思ったのか。あほうな雑魚め」


 ほんの一瞬で長い長い沈黙が、その時を支配した。


「なら死ね」

 

 声はそれきり聞こえなかった。



 明け方、王都に着くと大騒ぎになっていた。ジェーンとななが聞いてきた断片的な情報を総合する。

 芋が枯れていって、穀物を中心とした物価が上昇して買占めなどが発生してパニックになっているらしい。あとなにか眼鏡でさわいでるようだ。



 なんとかというやつに対してけじめをつけるためには、状況的に装備が必要なようだ。

 しかし、ギルド本部でで依頼料引換券を換金しないことには金もないし、買うための許可証となるギルドカードもないからジェーン以外武器屋がつかえそうにない。しばらく考えて俺は言った。


「軍手は手に入らないだろうか」



登場人物紹介


魔王ムサシ

 守備範囲はストライクゾーンよりちょっとだけ広い。股間の魔剣の封印を解放したが敗れた。SEXは必要ないので童貞。


*注釈


 魔族は憎しみや憎悪や恐怖が好物で、伊達と酔狂と自尊心と趣味で構成されている。


 魔王はずっと


「人や亜人も十分やばく非道で魔族とか魔王って存在意義あるのか」


と不安になりがちなので、技の"魔王の~"は気合いを入れ自信を保つ為に必要。


 魔王本来の力なら単純な技だけで十分戦えるが、魔王は寂しいと死ぬ。

 

 魔法の詠唱が必要なのと原理は同じ。

 

 別に詠唱しなくても術式自体はいにしえの契約にそって発動するが、力を貸す側がやる気が出ないので効果がない。



すべての混沌の具現者、この世の悪意の終点にして世界の終焉と再生をもたらすもの。滅星の特異点。宇宙の存続の意志、生命いとなみの反作用。


 とても面倒くさいことをしようとしている。まず手始めに芋を枯らし始めた。食料がなくなるのは大変まずい。飢えて死ぬ。

魔王は外道でしたね。よい子は真似しないでください。眼鏡が出なくて大変でした。次は勇者です。

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