【六言目 ボウケンシャギルド、シンセツ、アンシン、コワクナイヨ】
いったん町に戻るともう既に辺りは暗くなっていた。ν11はまた戻ってくるからそれまでしっかり戸締りをするとように言って置いて来た。
いくら人格があるとはいえ戦車を勝手に持っていくことは横領に当たる可能性がある。許可を取らないと。
この町の夜は早く闇が深い。明かりが埼玉の街並みとくらべて圧倒的に少なく、人通りも疎らだ。か弱いななもいることだし治安の悪さを考慮して、ギルドには明日行くことにした。ジェーンが案内してくれるinnに泊まることにする。
挨拶をして御祈りの仕草をし、夕食にありつく。味はともかくボリュームがあった、ミソとダシのモトの出番はないようだ。
1日ぶりにやわらかいベッドで眠る。精神的な疲れがたまっていだのだろうか、深い眠りが俺を包んだ。
差し込む朝日で目を覚まし、朝の挨拶をして塩を振ったふかした芋と温かいスープと柔らかなパンの朝食を終えると、外の騒がしさに気付いた。なぜか注目を浴びながら俺たちはまずはギルドに向かった。
「ニッポンノミナサンハコッチコッチ、イライダイハラウ、ギルドカードウケツケル」
鼻に眼鏡をかけたカウンターの椅子に座っている女性が手を振りながら呼んでいた。
「どうも、小鳥遊ジョージです」
俺は挨拶した。
「ボウケンシャギルド、シンセツ、アンシン、コワクナイヨ」
胸は豊かだ。
「イライ、シゴト、イッパイ、ヤッチマエ。オカネ、タクサン、ウレシイ、ガッポガッポ。ランク、アガル、オカネ、タクサン、イライ、ヤバイ」
受付のお姉さんが説明している。
「シケン、テスト、ギルドカード、ツクル、サワルダケ、カンタン、シンプル、アンゼンダイイチ」
と言って紅いテーブルクロスの上に鎮座する水晶を指さした。俺が手を触れると、水晶から青い光が放たれた。
「スゴイ、マリョク、イッパイ、タクサン、エライ!」
お姉さんが叫ぶ。
「おい」
ムサシが小突いた。何か男たちが怒鳴っていた。どうやら殺気立っている様子だ。
わかった。実技も見せろということだろう。ギルドの仕事はどうやら危険な生き物とも出会うことが多いようだ。ある程度の実力は必要悪なのだろう。
「ども、小鳥遊ジョージです、お願いします」
名刺が舞う。相手は多勢、ならば包囲される前に名刺で牽制しあえて接近戦を挑むのがビジネスマンの心意気。シチューにカツレッツ。
まずはナイフを腰に差した小男の腹に拳を触れさせ威力のみを移す。崩れ去る男を後目に長剣を抜きかけた中年の男の懐に踏み込み射程を奪って掌を顎に軽く当てると、大柄な体躯から力が消え肘をついた。
伝統的空手の初歩だ。
しばらくすると水晶の近くに立っているのは受付のお姉さんとムサシと俺だけになった。
「コロスカクゴ、ダメ。ゼッタイ」
お姉さんが叫んだ。
「殺さないよ」
俺はやれやれとあきれて首をかしげた。。こんなことで一々人を殺していたら、さいたまアリーナは死体で満杯だ。
まったくここは物騒な国だ。平和な埼玉では考えられないようなことがよく起きる。
「変わった眼鏡ですね。すこし見せて貰えませんか?」
アクセントが微妙に異なる日本語が聞こえた。みると人のよさそうな青年がジェーンに話しかけていた。
「異世界に興味がありまして日本語を習っています。どうかその眼鏡を見せていただけませんか?」
自主的に外国語にチャレンジするとは見上げた心がけだ。俺も海外誘拐を経験したから埼玉に帰ったら少し勉強してみよう。
ジェーンが眼鏡をはずして青年に手渡すと、青年は物珍しげに弄り始めた。
「これはすごい、たしかに今の紐巻き眼鏡と理屈は同じだが耳核にかけるだけでこんなに安定するなんて! 神よ、耳核はこのためにお作りになられたのですね」
青年は興奮したように口走った。
「いいえ、違います」
ななが諦観したように小さく呟いた。
「しかもこの眼鏡、折り畳める? 金属の周りに樹脂を被せている! それにレンズが違う? 重さも屈折率も従来のものとまるで別物だ。この焦点からするといったい何のために使うんだ? これはすごい。この眼鏡は小さな眼鏡だが、人類にとって偉大な眼鏡だ!」
青年は叫んだ。大げさな。
「そろそろ私の眼鏡返して」
ジェーンは言った。裸眼ではさらに鬱陶しい顔付きである。
「どうも、小鳥遊ジョージです。失礼しました」
俺は挨拶するとその場を離れた。
ムサシから説明を受けた。どうやら少し勘違いをしていたらしい。それはともかく、何やらいろいろ書かれたごわごわの妙な紙と、いつの間に撮ったのか写真の入ったカードを渡された。
奥のテーブルでしばらく考える。
「この書類にサインするだけで便宜を図ってくれるのか」
聞いてみた。
「ダイジョーブ、イタクナイ、カンタン! ベンリ!」
カウンターの奥でお姉さんが答えた。
「なるほど、確かに簡単で便利そうだ、だが断る」
俺は決めた。
「どうして?」
なながどうでもよさそうに尋ねる。
「この俺の夢は、簡単に無茶苦茶をいうクライアントの案件をはっきりと断ることだ。内容もきちんと分からない契約書にサインなど出来ない」
きっぱりと答えた。
個人情報の扱いもずさんだ、証明写真の隠し撮りなんておかしい。いきなり丸腰の一般人に多勢で武器を持って襲いかかるなんてよく考えると変な気がする。
ムサシの説明ではギルドはどうやら強い権力を持っているようだ。連帯保証人になったら希望の船にレッツゴー。現代人の誰がそんなものにサインするというんだ。
「ヨノルナサン、イライノタッセイヲカクニンデキマシタ、マドグチマデイラッシャイ」
ヨノルナ?ジェーンがなぜか慌ててまくし立てた。
「なんだか手続きが終わったような気がする。うん、きっとそう。だって私は☨銀河美少女☨だもの」
早足で駆けていく。どういうことだろう。
「ハイ、ドーゾ」
ジェーンの受け取った何かを、興味がわいて横から覗き込む。これがこの国の通貨か、見たことがない。
ずいぶん0の多い紙幣だ。インフレでも起こっているのだろうか。
アルカイックスマイルを浮かべてお姉さんは言った。
「当支部ではこの額の支払いはお取り扱いしておりませんので、本契約書通りこの支払い票に記載の日時までに本部にて手続きをお願いします」
滑らかで手慣れた日本語だった。
登場人物紹介
ギルドの受付の眼鏡のお姉さん
ギルドの受付のお姉さん。今の彼氏と交際歴2年。非処女。眼鏡は鼻掛け。近視。
キルドの眼鏡の職人
冒険者ギルドでだべっていた職人。職工ギルドに属する最年少の工房の親方。
最近の仕事が飽きてきて、さぼりながら冒険者たちのほら話を聞いていた。日本語を話せる。
月光の眼鏡に出合い彼の運命は一変した。のちに眼鏡の革命と呼ばれる激動の歴史の旗振り役として活躍する。
テンプレギルドです。眼鏡が少し書けて良かったです。次は魔王回です。