【四言目 だってヒロインなんだもの、仕方ないじゃない?】
よく周りを見てみると明らかに雰囲気が違う、街並みも、道行く人たちの服装も何もかもが埼玉とはまるで違った。喧噪も浦和や大宮とは質が違う、
空気の肌触りが全く違う、においもまるで別だった。
そのときふと大きな日本語の声を耳にした。ななやムサシではない。もっと高い女の声だ。
異国では同胞の人間は貴重なので、ななや武蔵に声をかけて待っていてもらう。
人をかき分けやたらと派手な服装をした杖を持つ日本人の女に声をかけた。
「どうも、小鳥遊ジョージです。こんにちは」
「チェンジ! モブはいらない。時間の無駄無駄」
振り返りざまに罵声を叩き付けられた。
「好感度の無駄遣いはしないの。命短し恋せよ乙女」
くるりと回転する。黒いドレスにやたらめったらについている色とりどりの宝石がきらめいてうざったい程に存在を主張していた。
「あたしはVRMM0OG(実質現実大規模多人数同時参加型乙女遊戯)の廃レベルランカー☨堕天美少女☨。
人は呼ぶ、東洋サーバの魔女、金色の混沌、廃女異能体といくつもの二つ名を。
腐敗したボーイズラブに立ち向かう孤高の可憐な革命家。この世界に転生したのはきっとこの地に愛を満たすため」
杖を左手に移し右手で人差し指と中指を重ねてこちらに向け「バン」と口にした。
「生存権はイケメンに限る。いい男でないオスは豚小屋に戻れ」
その二指を自分の眼鏡に鼻のところに当てて左手を腰につけポーズを決めた。誰も聞いていないのに続ける。
「世界はあたしのために回ってる。だってヒロインなんだもの、仕方ないじゃない?」
俺は口を開いた。
「日本語を喋れ」
「なにを、この顔面劣等種! 無礼者、しつこいモブはスキップ設定。本当は目立ちたくないんだけど、しかたない。いでよ! 愛のスレイブ。殺っておしまい!」
よろよろと男たちが寄ってきた。皆美形だが酷くおびえている。豪華なネックレスの揺れる無駄にでかい胸を強調してジェーンは叫ぶ。
「この世界では奴隷は合法!だから何をしてもさせても許される。こっちは大金を払ってるんだから! 逆ハーレム万歳! 人恋しソロはつらたん人恋し」
そうか。この国では奴隷では奴隷は合法なのか。俺の脳裏に学生生活や社畜生活で受けた数々のハラスメントがランニングしていた。
「そうだな。奴隷やなんやらくらいのことは、どんな綺麗事を言う国だってあるさ。文化にはそれぞれだ。でも今はそんな事はどうでもいい。奴隷を持つのが正しいかどうかなんて重要な事じゃない」
言葉を切りジェーンを睨みつける。
「お前は俺に喧嘩をセールス、俺はそれをマストバイ、それで十分、ジャストナウ」
人差し指を突出しジェーンの眼鏡を指した。
「その奴隷たちと俺自身をかけて勝負をしよう。不足ならこのイケメンもかける」
ムサシを示して挑発する。
「ふざけるな、俺は処女膜から声が聞こえるような少女しか愛せない!」
ムサシが何か叫んだが問題ない。勝てばいいのだ。空手形は額面が大きいものと決まっている。俺はななを見た。
「あんなの知らないよ、私。本当に」
ななは困惑した様子だ。
「心配するな。負けはしない」
言い切る。
「いや、むしろ……」
ななは何か呟いた。
ジェーンはムサシを見るとにたりとその紅い唇をなめた。
「しょうがない、その挑戦を受けてあげる。慈愛の心でね」
声高らかに激しく感情豊かに謡う。
「天上の炎照の神々よ、地底の灼熱の魔神達よ、今ここに命ず、我に仇なす悪しき敵を焼き尽くし塵芥に帰せよ!ファイヤーボール!」
美形たちがよろよろと逃げ出す。そのあとの空間に異質な力が集まり巨大な火球を形成しかけた。だが、すでにそこには放った名刺が向かっていた。
完成する直前に火球に名刺が激突して破裂する。吹き荒れる爆風を突き抜けて真っ直ぐに正面から最短距離を駆け、眼鏡を右手の杖で覆ったジェーンの肩を捉える。
「何をしたのかさっぱりわからないが」
足を払う。バランスを崩したジェーンの悲鳴とともに腕が離れた眼鏡の前に名刺を突き出した。
「射線を開けるのが早すぎたことが敗因だったな。ご苦労様」
からりと杖が地面に落ちた。案外軽い繊弱な体である。俺は名刺を離した。名刺は舞ってジェーンの胸元に落下する。
「眼鏡に感謝することだ。眼鏡がなければ名刺は眼底を突き破っていただろう」
ななが呟いた。
「もうやだ、異世界人」
登場人物紹介
与野 月光(☨堕天美少女☨)
ヒロイン。本人がそう言ってるから間違いない。20代後半独身OL。趣味は恋愛百戦錬磨。彼氏はデジタルデータ。処女。魔法使い。眼鏡おっぱいは自前。遠視。
眼鏡が書けて良かったです。もっと眼鏡は出したいです。みんな大好き奴隷とヒロイン登場でした。