49.謁見直前
Side:アレクレイ
魔界は予想以上に広かった。我が国と同じ、いやもっと広い領土が広がっている。
シンと双子に連れてこられた宮殿からは、その綺麗な眺めが見渡せた。
あの恐ろしい戦場の向こう側では、魔族たちが極めて平和に営みを続けていた。ぱっと見だが、奴隷制度やスラムもなく、おそらく人間の国より平和だろう。それが戦争ではないところで敗北を叩きつけられたようで、虚しさを感じる。
「ほんとにおーじさまだったんだね」
「僕らびっくりだよ」
振り返れば双子がいる。カエデとアケビ、というそうだ。
あの蜃気楼のような夜は、確かに存在していたらしい。
シンという名の金髪の少年は、私と双子が知り合いだったとわかっても、眉を少し上げただけで、とがめたりはしなかった。あれだけ度量が大きくないと、あのキチガイの集団をまとめられないのだろう。
「信じていなかったのか?」
「だってねえ」
「ねえ」
「あんなとこでこんな子供を買おうとする奴がさ」
「そんな高貴な方だとは思わなかったんだもん」
「王子様って、お城に踊り手とかを呼んで」
「それを抱いちゃうんだと思ってた」
くすくすと笑う。ベッドの上で散々聞いた笑い方だ。
それにしても、どんな王族に対してどんなイメージを持ってるんだ。残念ながら私は王族だが、平民の血を引いている。悪かったな。
「ねえ、王子様」
「僕ら、謝らないからね」
「何をだ?」
あの夜のことか?
「だから、王子様の仲間を」
「殺しちゃったこと」
「……ああ」
そうか。そうなのだ。
いまいちあの夜の双子と、鬼神のような魔族たちが結びつかないが、あの戦場で人を殺していたのは、間違いなくこの双子たちなのだ。そう考えると、今さらながら恐ろしい。こんな華奢な手で、一瞬にして私の命を刈り取ることなど容易だろう。
「ね、わかってるの?」
「逃げ出そうとしてる人も殺してきたんだよ、僕ら」
悪魔とののしられても仕方ないだろうな、それは。
「わかっているさ」
「「ほんとに?」」
「ああ。私は兵よりも指揮官だ。兵とは上の命令に沿って動くもの。そして指揮官とは全体のことを考えて支持を出すものだ。お前たちのことを恨むのはお門違いだろう」
嘘だ。実際は――どうなのだろう。
双子が敵だという実感が、いまだ湧かないだけだ。しっかり認識したら、殺したいほど憎むかもしれない。
「ふうん」
「それならいいけど」
「僕らね、違うんだよ」
「他の奴らと」
「他の奴らとは?」
と言いながら、感じた違和感はそれだったのかと納得した。
「あの少女たちとは違う、ということか?」
「少女って、ナグサのことかな?」
「まあね、そういうことだよ。違うっていうの、わかる?」
「なんとなくは」
双子はあの少女のように発狂したりしない。戦いに関しても、理性的な視線を持っている。
あの戦闘の中で私を見つけ、怪しんだからこそあの少女を送り込んだとしたら、目の前の戦闘以外にも目を向け、それを判断することができるということだ。
「僕らはね、砦「つまり人間たちのいう魔王城ね」の中じゃ、特殊なんだよ」
「他の奴らはみんな、戦うために生きてる。いわゆる戦闘狂ってわけ」
戦闘狂――確かにその言葉が正しいだろう。
自分の腕が傷つけられていることなど気にせず、戦うことだけに集中していた。力としては脅威だが、指揮官の立場からすると扱いにくい駒だ。それを集めることで、敵にだけ被害が及ぶようにする。力押し――というよりは、投げやりな戦法に思える。
それにしても、どうしてこんな少女たちが、戦闘狂などという恐ろしいものになっているのか。
「「僕らは違うけどね」」
「違う?じゃあどうしてあそこにいたんだ?」
戦闘の腕が彼女たちと同レベルなのは認める。だが、あの中だと危険なんじゃないか?魔王城には、双子たちのいう“戦闘狂”が集められているんじゃないのか?
「何か勘違いしてるみたいだけど」
「魔王城に集められてるのは、つまり“要らない人”なんだよ」
要らない?
「正しくは、“いないほうがいいけど、ただ捨てるにはもったいない”人」
「僕らのスキルは特異だからね~」
どうしたら、これほど楽しそうに自分たちのことを悲観できるのだろう。
私は彼らを“混じり物”だと思っていた。可哀相な子供たちだと同情していた。
だがおそらく、彼らの彼らの抱えているものは、私の常識で考えては到底思い浮かばないものだ。
なんと声をかければいいのかわからず逡巡していると、双子はくすりと笑った。
「あんまり僕らのことばっかり考えるのは」
「いけないんじゃない?」
「これから会議なんでしょ?」
「王子様の肩に人間の未来がかかってるんだから、頑張りなよ」
ハッとして前を向いた。
荘厳な扉が、私たちの行く手をはばんでいる。
「失敗したら慰めてあげるし」
「成功したらお祝いしてあげるよ」
励ましてくるなんて、この2人には似合わない――と思ってみれば、案の定ニヤニヤと人の悪い顔をしていた。
……はあ。つまり、そういう意味なのか。
どんな子供だ、まったく。
示し合わせたかのように、扉が内側へと向かって開いていく。
その向こうでは玉座ではなく、円卓――唯一左右の椅子から離れた席に、男が1人、座っている。予想以上に若いが、その地位に見合う威厳を持って。
魔王に、私は会った。




