35.微笑と紅茶(下)
Side:メルリーノ
王子アレクは考え込んでいるみたいですねぇ。わたくしの可愛い義弟。どうやったら夫と同じ父親からあんな素直な子が生まれるのか不思議ですわ。
彼はまだまだ若いですから、考える時間はたくさんあります。せっかくですから、気をそらさせてあげましょう。
「王子アレクは戦場へ視察に行ったそうですのねぇ。どうでした?」
「そう、ですね……。あっけないというのが本音です。何しろ、戦闘の様子すら見ることができずに、精鋭が虐殺されたことを知ったのですから」
遠くの景色を見るには、《千里眼》を使うほかありません。戦闘の様子を見るぐらい近くに寄ったら殺されるかもしれないので、そう易々と近寄れませんしねぇ。それゆえ、王子アレクなどの指揮官が戦闘を見ることは不可能なのです。
せめて様子を記録しようと思っても、《千里眼》を戦闘の間、維持していれば、魔力が枯渇してしまいます。
逃げ出して帰ってきた者たちの話では、魔王か手先かわからないが、悪魔のような――いや、実際悪魔なのでしょうね。非道な少年少女たちが、有り得ない力で虐殺を行うらしいです。
死んでいく兵たちに申し訳ないという気持ちはあります。
ですが、戦争というのは大きな力になります。共通の敵を持つことで民たちの不満をそちらに向かわす。本来ならば起こるはずの国々のいざこざは、一応の均衡を保っています。経済も活発化します。
こちらの土地は蹂躙されないので、この戦争はわたくしの目からみると有難いのですわ。
でも、王子アレクは心を痛めているようですね。彼はわたくしたちよりも兵に近いですから、仕方ないとも言えますけれど。
彼はぽつりと漏らしました。
「魔王は、どうして攻めてこないのでしょうか……?」
「え?」
魔王が、攻めてくる?
「魔王は圧倒的な力を持っているはずでしょう?あの虐殺ならば、こちらを攻め落とすことだって容易なはずなのに……まさか、あの小さな城を領地として満足しているはずではないでしょう」
素直な王子アレクの発想は、予想外でした。
魔王は、滅ぼすべきもの。ですから、どれだけ負けても戦い続けなければならない――。
わたくしはそれに、利益なども考えていますが、誰もが「戦い続ける」ことのみを思い、魔王の立場にたって考えた者はいませんでした。
小さな城――領地?
各地にいる魔族。「今までいた」から深く考えていませんでした。彼らはどこから来たのでしょう?
虐殺――まさか、進入してくる敵を排除しているだけ?
「王子アレク――この話は、聞かなかったことにしたほうがいいと思いますが」
誰が“賢姫”ですの。わたくしは狭い視野にとらわれ、こんな簡単なことにも気づきませんでした。
「魔王城の左右には森が広がっていますわね」
「はい。その向こうは《千里眼》でも見えないと。何もないはずです」
「もし、あったら……?魔王城と森の向こうに、魔族たちが住んでいるとしたら……?」
さっと、王子アレクの顔色が変わりました。
「――いえ、馬鹿な考えですね。忘れてくださいね、王子アレク」
「何故ですか!?それならば、納得が――」
「忘れなさい、王子アレク。そのほうが身のためです」
わたくしは滅多に出さない威圧で、彼を黙らせました。
わたくしは王子アレクが可愛いのです。
嫁ぐことにしか価値を見出さない両親、一回りも年上で下劣な夫、女が学問などと馬鹿にする男たち。その中で、純粋で忠誠心を抱き、時には仲間たちと堅苦しい礼儀を忘れ語り合う――そんな彼は何よりも可愛い義弟でした。
ですから、彼には幸せになってほしいのです。
口をつけた紅茶は、すでに冷めていました。
季節が巡り、再び同じ花が咲くころ。
わたくしの忠告に従わず、
差別に苦しむ人々を見殺しにできず、
戦争を止め平和を求める気持ちを抑え切れなかった、わたくしの可愛い義弟は、
結局、戦場へ行くこととなりました。
今度は、1人の兵士として。
読んでくださってありがとうございます。
《千里眼》で魔界が見えないのは、そういうスキルを使っているからです。
また、スキルで食う魔力は、人間にとっても魔族にとっても多すぎます。
アメは規格外、カエデとアケビも魔力が多く、魔法を使わないので大丈夫なだけです。
シリアスが続きましたが、次はコメディ要素が入るはずです!




