12.町の日常と砦の日常
Side:セド
愕然とした。
「寄ってけ寄ってけー!串焼き旨いよー!」
「アクセサリーはいかがですかー?あっ、そこのあなた!デートの記念にいかが?」
「おい、そこの坊主!これ1個食ってけ!」
「ねえ、あそこのお店おいしそうじゃない?」
「お姉ちゃん、旅行者でしょ!この飾り紐、おみやげにどう?」
「おい、セド、どうした?」
砦の向こうと、こちら側。
向こうではほんの数時間前に戦闘があり、いまだその地は血に染まっているというのに――こちらでは。
「住人には――攻めてきたこと知らせてないのか?」
「どうして知らせる必要がある?今、人間たちと戦争中だなんて、この国の人間なら誰だって知っている。そんなわかりきったことを、わざわざ言うなんて馬鹿のすることだ」
勇者や軍隊が攻めてきたことに、砦の奴らは特筆すべき反応をしなかった。つまり、これは奴ら――いや、俺らにとって日常だってことだ。
その一方で、こちら側ではどうやっても否定できない「日常」が繁栄している。
どっちが非日常なんだ?
「もう、戦えばわかるって思ったけど、セドはやっぱり複雑に考えてる!
楽しくなかったの?あれだけ楽しめば、細かいことなんてどうでもよくならないかなぁ?」
「誰もがナグサみたいに単純に考えられるわけじゃない。その点ナグサは凄いな」
「え……凄いかなぁ?えへへへ」
「いや、それ褒めてねえだろ」
くいくい、とアメがシンの袖を引っ張った。視線はすでに市場のむこうを向いてやがる。
「アメはもう我慢できないらしい。行くぞ。――セドは、帰るか?」
どうすっかなあ……。
ぐるりと目をまわす。
体は洗ったはずなのに、血の臭いはこびりついて離れない。すれ違った人を目で追えば、頭はどうやって殺すかを考えている。
ケーキ。は、好きじゃねえけど。例によって自炊力がねえ奴らが淹れたんじゃねえ、上手いコーヒーが飲みてえな。
というわけで結論。
「いや、行く」
「おいしぃ~!セドはホントに食べなくてよかったの?」
「ああ、ケーキは昨日のでうんざり」
言ってから気づく。あ、買ってきたのってコイツだっけ。
だがまあ、ナグサ自身は気づいていないみたいだから、いいか。
「それにしても、アメちゃんの今日の服、すっごく可愛いよね!」
「そうか?」
横目でアメの服をみる。……確かに、朝と服は違っているけど、可愛いかときかれるとよくわからん。
「もう、ひどいなぁ、セドは!あー、あたしも新しい服ほしいなあ~」
「ナグサは服じゃなくて食に金を使っているから貯まらないんだろ」
「あの給金を使い切るのか!?」
砦に行くときに、給金はもらえると聞いた。その額は滅茶苦茶多いとはいえねえけど、新米の兵士とは比べものにならない。小さな料理店の次男坊だった俺からすると、大金だ。
それを使い切るって、どんな食生活をしてるんだよ。
「うん、なんかねー、別に食べたいとは思わないんだけど、入れようと思えばたくさん入るんだよね」
「……底無し」
無口なアメまでもが保証するぐらいらしい。
「おや、今日はナグサちゃん、フルコースいかないのかい?」
マスターが聞いてくるぐらいひどいらしい。
「うーん、じゃあ、ケーキだけ全種もらいまーす!」
数分後、10以上のケーキが運ばれてきた。
数分後、消えた。
その動きは戦闘と同じくらい速かったとだけ言っておく。
セドは甲斐性なしだという話。