閑話 忘れられない記憶2 Sin
小さいころから剣を握るのが好きだった。
獣人だった俺はその才能を順調にのばし、村の大人から「シンが大きくなれば、もう安心ね」なんて言われるようになった。俺はにやりと笑って頷きかえす。
言えなかった。
剣を握るのが好きなんじゃなくて、
何かを殺したいだけだなんて。
「助けてぇっ!シン、お願い、助けて……ッ」
そう叫んで飛び込んできた姉貴の肩を抱いて話を聞けば、山のほうから魔物の大群が押し寄せてきたとのことだった。
手が震えた。
魔物の大群。
思うがままに殺せる――その歓喜に。
「シン……」
怯えたような姉貴の声。それが鼓膜に焼き付いている。
おそらく――いや、確実に。俺は姉貴を怯えさせるような笑みを浮かべていたんだろう。
「待って!」
姉貴が制止する声さえ届かないほどに、俺は興奮していた。
「あれ……?もう全滅したのか」
魔物は弱かった。
拍子抜けするくらいに。
そして飢餓は高まる。
足りない。もっと戦いたい。殺したい。
もういっそのこと、殺してしまおうか?世界の全部。俺以外のすべてを。素晴らしいアイディアだろう?
殺して殺して殺して殺されて殺して殺して殺されて殺しつくそうか?
「駄目だッ!!」
姉貴と、母さんと、父さんと。大事な人がいる。殺すわけにはいかない。まだ死ぬわけにはいかない。
ゆっくりと深呼吸すれば、自制心が再び顔をだす。
「こんにちは」
そうして俺が落ち着くのを見計らったかのように、ソイツは声をかけてきた。
「シン君……で、合っているのかな?」
「誰だ!」
「誰だとはなあ。僕だからいいけど、他の貴族にそんなこと言ったら、殺されてしまうよ?」
胡散臭い男だった。
貴族、と言われれば、ああなるほどと納得できる。着ている物が明らかに綺麗すぎるし、村の連中はこんな口調をしない。その上、丁寧というよりは慇懃無礼な話し方をした。
「思い切り戦えるところへ行きたくないかい?」
軍属しろ。思い切り戦える場所を用意してやると。
驚いた。
もちろん、他の連中を知っていれば、俺が戦いを求めていることなど、手に取るようにわかっただろうが。
だが、俺には心残りがあった。
「家族は……?姉貴とは離れたくないし」
はあ、と男はため息をついた。馬鹿にしているようだった。
「駄目だよ、家族は連れてはいけないんだ」
「何でだよ!どこに住もうが俺らの勝手だろ!?――いや、いいよ。家族と一緒にいられないんだったら、俺は我慢する」
「おや、わからないのかい?」
今度こそ、男ははっきりと、馬鹿にした目をした。哀れみ。同情。薄汚れた野良犬を見るような目。
「君に拒否権はないんだよ」
「ああ、勘違いしないでね。拒否したからって、家族をどうこうするわけじゃない。このまま我慢してたって、いつか君は家族を殺してしまうだろう?だから君は、僕の提案を拒否できないんだ。家族が大事なら、それこそね」
否定はできない。
だが、それを逆手にとって、男の――いや、国の手のひらで転がされているように思える。
糞ッタレ、と口の中で呟いた。
今回はシンの過去を書いてみました