閑話 忘れられない記憶1 K&A
カエデは男。1人息子。大事な跡取り。必要な教育。覚えるべきマナー。注ぐべき愛情。消えた自由。
次期当主という仮面。
カエデは女。1人娘。いつかは消える子。不必要な教育。なおざりのマナー。与えられない愛情。残された自由。
いらない存在。
僕らは混乱した。
どうして僕には親として接してくれるのに、僕には微笑むことさえしてくれないのだろう?
《感覚共有》。
スキルとは自分の意思で発動するもので、常駐発動型など珍しい。《感覚共有》も本来は成長してその存在を知り、使うもので――だからその弊害が起こったことなどなかった。
生まれたときから《感覚共有》によってすべての感覚を共有していた僕ら。「カエデとアケビ」という1つの人格があり、それが僕らを動かしていた。
おかしいことだという意識はなかった。カエデはアケビで、アケビはカエデ。体が違うだけ。体、という認識はあった。カエデが怪我をしてもアケビは怪我をしなかったから。
「ねえ、父さん。アケビは叱らないの?どうしてアケビは勉強しなくていいの?」
「ねえ、母さん。カエデはどうして遊べないの?どうしてカエデと一緒に遊んじゃ駄目なの?」
傍からみれば、互いに嫉妬しているように見えたに違いない――実際は単なる疑問だというのに。
どうして両親は、僕らを同じように扱わないんだろう?
成長して、ようやく僕らは別の人間で、感覚を共有しているだけだとわかった。それでも僕らは変わらない。
そのかわりに、違和感はどんどん大きくなっていった。
どうしてアケビの髪だけ長いの?どうしてカエデはスカートをはかないの?どうして僕らが一緒にいちゃ駄目なの?ねえ、どうして?おかしいよ。僕は僕なのに。
ある日――アケビが母さんに叩かれた。原因は些細なことだったはずだ。
あれ、何で?どうしてアケビが叩かれているの?どうしてカエデは叩かれていないの?
いつもなら流せるはずなのに、そのときはどうしても耐えられなかった。
僕らは初めて声をそろえた。ぴたりと、一寸の狂いもなく。僕らにとっては容易なこと。
「「どうしてアケビだけを怒るの?ねえ、アケビを叱らないでよ。じゃなかったら、カエデも叱ってよ。片方だけ叱るなんて、おかしいでしょ?」」
母さんは卒倒した。父さんは動転して、夜中に医者を呼びに走らせた。
その間に、僕らはかねてから考えていたことを実行した。
アケビの長い髪をきる。カエデと同じような長さまで。カエデが何着か持っていた同じ服を着た。
そしてやってきた医者に向かって言った。
「「僕らを診にきた?ねえ、どっちがアケビでどっちがカエデかわかるの?それがわかんないと、診るものも診れないよね?」」
面白かった。今までしかめっ面で威張っていた父さんが、ぽかんと馬鹿みたいな顔をしている。
いいなあ、これ。面白いし、すごく楽。やっぱり僕らが同じじゃないなんておかしいよね。
その数週間後、父さんの妾に子供ができていたのをいいことに、僕らは砦へと厄介払いされた。
ということで、カエデとアケビの過去でした
「呪い」というのはこういう意味です