なくなった時間
時間はなくなってから気づく
気づいたときには、季節が変わっていた。
昨日まで暑かった気がするのに、
朝、窓を開けると空気が冷たい。
衣替えをした記憶はない。
でも、クローゼットの中身は、ちゃんと変わっていた。
私は、それを不思議だとは思わなかった。
そういうものだ、と思った。
考える理由がなかった。
カレンダーを見ると、
いくつかの予定が書き込まれている。
仕事。
彼との用事。
最低限の生活。
空白の日が、多かった。
――こんなに何もなかっただろうか。
問いかけは浮かんだが、
すぐに霧の中に沈んだ。
何もなかったのなら、
思い出す必要もない。
そう、自分に言い聞かせる。
ある日、引き出しの奥から、
古いメモ帳が出てきた。
開くと、
走り書きの文字が並んでいる。
行きたい場所。
やってみたいこと。
意味のない落書き。
字は、確かに私のものだった。
でも、その内容が、
まるで他人の人生みたいに感じられた。
――こんなこと、考えていた時期があったんだ。
ページをめくる。
途中から、何も書かれていない。
白紙が、
何ページも、何ページも続いている。
その量に、
胸の奥が、わずかにざわついた。
「これ、どうしたの?」
彼が後ろから覗き込む。
穏やかな声。
私はメモ帳を閉じた。
「昔のもの」
それ以上、話す必要はない。
彼は頷いて、
「もう使ってないなら、処分してもいいんじゃない?」
と、軽く言った。
正論だった。
過去に縛られる必要はない。
私は、そのメモ帳をゴミ袋に入れた。
袋の口を縛るとき、
何か大事なものも一緒に閉じた気がした。
でも、それが何だったのか、
はっきりしない。
日々は、問題なく過ぎていく。
喧嘩もない。
事件もない。
ただ、
思い出せない時間が、静かに増えていった。
写真を見返しても、
自分が写っていない期間がある。
撮っていないのか、
消したのか。
理由は分からない。
分からないまま、
私は生活を続けた。
ある夜、
ふと目が覚めた。
時計を見る。
深夜。
胸が、妙に重い。
理由はない。
でも、確かな違和感。
私は、布団の中で、
心の中に問いを落とした。
――私は、何年ここにいる?
答えは返ってこなかった。
代わりに、
遠くで誰かが息を吸う音がした。
深く。
しっかりと。
それは、
この世界の私ではない。
忘れたはずの世界の、
私の呼吸だった。
その音に引っ張られるように、
胸が、ほんの少しだけ広がる。
思い出した。
私は、
時間を失っていた。
奪われた、というより、
差し出してしまった時間。
考えないことで、
守ったつもりの時間。
でも、
戻らない。
その事実が、
はっきりと形を持った瞬間、
胸の奥が、きしんだ。
涙は出ない。
怒りもない。
ただ、
このままでは終われない、
という感覚だけが残った。
季節は、また変わる。
何事もなかったように。
でも私は、
初めてはっきりと知ってしまった。
――時間は、戻らない。
――だから、選ばなければならない。
その夜、
私は久しぶりに、
深く息を吸った。
苦しかった。
でも、
生きている感じがした。




