第7話 まだ言葉にならない約束
村の中を歩きながら、エリオは何度も人に声をかけた。
「リーナ、見なかった?」
返ってくる答えは、どれも似ている。
「さっきまで広場にいたはずだが」
「もう戻ったんじゃないか?」
誰も、はっきりとは知らない。
――昔も、こうだった。
小さい頃。
リーナがいなくなると、決まって一つの場所にいた。
エリオは、足を止める。
村を見下ろす、丘の上。
古い遊具と、少し傾いたベンチ。
子どもの頃、何度もここで夢の話をした。
気づけば、体が自然にそちらへ向かっていた。
⸻
丘の上は、静かだった。
風が、草を揺らす音だけが聞こえる。
ベンチのそばに、人影があった。
リーナだ。
膝を抱え、俯いている。
肩が、わずかに揺れているのが分かった。
――泣いている。
エリオは、足音を立てないように近づいた。
だが、あと数歩のところで、
リーナが顔を上げる。
涙を拭う仕草は、驚くほど素早かった。
「……エリオ?」
声は、いつも通りだった。
「こんなところに来るなんて、珍しいね」
エリオは、苦笑する。
「小さい頃ぶりかな」
「昔、よくここで話しただろ」
リーナは、少しだけ目を細めた。
「……うん」
短い沈黙が流れる。
村の音は、ここまでは届かない。
代わりに、風の音が二人の間を埋めていた。
エリオは、意を決して口を開く。
「……結局さ」
「約束、守れなかった。ごめん」
リーナは、首を横に振った。
「違うよ」
エリオが顔を上げる。
「約束を守れなかったんじゃない」
「まだ、途中なだけ」
その言葉に、胸が少しだけ軽くなった。
リーナは、遠くの村を見下ろす。
「竜に選ばれることは、ずっと憧れだった」
「だから、私はここに残る」
声に、迷いはなかった。
「守り人として、この村を守る」
「それが、私の選んだ道」
そして、エリオを見る。
「……行くんでしょ?」
問いかけというより、
ずっと前から分かっていた答えだった。
エリオは、静かに頷く。
「ああ」
少しだけ、言葉を探してから続ける。
「この村で、竜に選ばれなかった者の居場所はない」
「……そう思ってる」
リーナは、何も言わない。
ただ、唇を噛みしめる。
「だから、別れを言いに来た」
一瞬、沈黙。
風が強く吹き、草が大きく揺れた。
リーナは、溢れそうな涙を必死に堪えながら、笑った。
「私はね」
「この村を、ちゃんと守るよ」
胸を張るように言う。
「竜に選ばれた者として」
「使命を、まっとうする」
それから、少しだけ声を落とした。
「だから……」
「またいつか、エリオ」
エリオは、息を呑む。
「あなたが見た世界の話を、聞かせて」
それは、引き止めない選択だった。
でも同時に、離れきらない言葉でもあった。
エリオは、はっきりと答える。
「ああ」
「約束する」
リーナは、ほっとしたように息を吐いた。
「……ありがとう」
「こちらこそ」
二人は、それ以上言葉を交わさなかった。
それでも、不思議と何かが欠けている気はしなかった。
⸻
丘を下りる途中、
エリオは何度も振り返りそうになった。
けれど、振り返らなかった。
代わりに、空を見る。
広い。
昨日より、ずっと広く感じた。
村を抜け、外の道へ出る。
その瞬間――
風が、強く吹いた。
冷たいのに、嫌じゃない。
その風の中に、
言葉にならない“何か”が混じっている気がして。
エリオは、無意識のうちに一歩を踏み出していた。
迷いは、まだある。
答えも、分からない。
それでも。
今は、それでいいと思えた。
――こうして、エリオの旅は始まった。
選ばれなかったまま。
でも、自分で選んだ一歩として。




