表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/35

第33話 風の行き先

 ギルドを出ると、風が強かった。


 空は晴れているのに、やけに荒れている。


「旅って言ってもな」


 ベルクが腕を組む。


「この世界はやたら広い。ゆっくり回ってたら、それだけで老人になっちまうぞ」


 エリオは空を見上げた。


「……竜の地に行きたい」


 ベルクは鼻で笑う。


「それがどこにあるか分からねえんだよな」


 ルルカが横目で見る。


「手がかりは?」


 その瞬間。


 強い風が、エリオの頬を打った。


 ――風を追いかけて歩く子がいた。


 ノエルの声が、ふと蘇る。


 地図も持たずに、

 風向きだけで道を決める。


 エリオは目を閉じた。


 胸の奥が、静かに整う。


 風の流れが、少しだけ違って感じる。


「……こっちだ」


 無意識に歩き出す。


「おい待て」


 ベルクがついてくる。


 街外れ。


 風の抜け道のような場所だった。


 そこで、見つけた。


 一本の羽。


 風向きと逆らうように、地面に刺さっている。


「なんだこれ」


 ベルクが拾い上げる。


「この時期、たまに流れてくるんだ。渡り羽って呼ばれてる」


「迷い人は、この羽の方に向かうと上手く行くってな」


 エリオは羽を見つめる。


 白い。


 だが、砂の粒がこびりついている。


 その瞬間。


 風が止まった。


 ぴたりと。

 羽の影だけが、揺れていた。


 全員が顔を上げる。


「……今、止まったな」


 ベルクが低く言う。


 ルルカの目が細まる。


「自然じゃない」


 エリオの指先が、わずかに震える。


 胸の奥が共鳴する。


 整える。


 誰かが。


 どこかで。


「この羽、最近のものよ」


ルルカが呟く。


 エリオは羽を見つめた。


「……どこから来たんだろう」


 ベルクが肩をすくめる。


「この広い世界から探すなんてな。犬以上の嗅覚がないと無理だ」


「嗅覚……?」


 ルルカが顔を上げる。


「リリアなら、何か分かるかも」



 黄金の鐘持ち団の宿。


 荷造りの最中だった。


「ルルカちゃん?どうしたの?」


 リリアが振り向く。


 ルルカは羽を差し出す。


「これ、どこのものか分かる?」


 リリアは羽を受け取る。


 目を閉じる。


 深く、息を吸う。


 一瞬、空気が変わる。


「……砂の香りが強い」


 ゆっくり目を開ける。


「砂の国ね」


 エリオの胸が、わずかに鳴る。


(そこに行けば――)


 風が、また強く吹いた。


 リリアは羽をエリオに返しながら、ふっと微笑む。


「ルルカをよろしくね」


 小さな声。


「妹なんだから、無茶させないでね」


 エリオは固まった。


「……え?」


 視線がゆっくりルルカへ向く。


(ハーフエルフと魔女が姉妹⁉︎)


 ルルカは帽子を深く被る。


 何も言わない。


 リリアがふっと笑う。


「ルルカちゃん、またね」


 ルルカは振り返らない。


「……リリアもね」


 一拍。


「次に会ったら、あれの続きをやるわよ」


 リリアは肩をすくめる。


「懲りないわね」


 ふふ、と笑った。


 そのやり取りの最中。


 今度は、明確に。


 風が、街の外へ向かって流れた。


 遠くへ。


 砂の方角へ。


 ルルカがエリオを見る。


「……行きたいの?」


 迷いはなかった。


 エリオは頷く。


「行きたい」


 プルがぴょんと跳ねる。


「大きな蛇がいるって聞いた! 美味いらしい」


「食うな」


 ベルクが即座に叩く。


「……食わない。たぶん」


 一拍。


「……いや、状況次第だ」


ベルク「だから食うな」


 空が、少しずつ霞む。


 遠くの地平線。


 薄い茶色の帯が、揺れている。


「……砂嵐だな」


 ベルクが目を細める。


 だがエリオには、違って見えた。


 風が、呼んでいる。


 整えられた流れ。


 自然じゃない。


 誰かの意志。


 砂嵐の向こう。


 プルは、風の方へ顔を向けていた。


 ぺろ、と舌を伸ばす。


「何してるの、プル?」


 エリオが覗き込む。


 プルはもごもごと口を動かした。


「味見」


「味見?」


「……砂の味。ちょっと、ざらざらしてる」


 首をかしげる。


「いつもの砂と、ちょっと違う」


「何が違うんだ」


 ベルクが怪訝そうに言う。


 プルは少しだけ黙った。


「……うまく言えない」


 一拍。


「でも蛇はいる気がする!」


「食うな」


 ベルクが即座に叩く。


 そのやり取りの最中。


 遠くの砂嵐が、わずかに膨らんだ。


 ――その頃。


 砂の大地。


 一人の男が立っていた。


 風に背を向けて。


 目を閉じる。


 遠く。


 竜の嘆きが、微かに響く。


「……弱いな」


 かすれた声。


「戻らねえよ」


 踵を返す。


 だが風は、止まらない。


 若い風が、動いている。


 砂嵐が膨らむ。


 その向こうに、巨大な影がある。


 まだ、見えない。


 砂が舞う。


 風が鳴る。


 エリオは、前を見た。


「行こう」


 砂嵐は、止まらない。


 風は、砂へ向かう。


 旅は、次の地へ。


 まだ見えない“何か”へ。


 吹き始めていた。


 その風は、迷いではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ