第30話 最初の歪み
背丈は、子供ほど。
忍者みたいな帽子を被り、背中には棒。
その“カエル”が、へたり込んだまま胸を押さえていた。
「た、助かった……」
声が震えている。
でも、ちゃんと息はしている。
レインは剣を下ろさないまま、短く言った。
「動けるか」
「う、動ける……たぶん……」
グロウが盾を少し下げる。
「……カエル?」
ルルカが首を傾げた。
カエルは、ぴくりと反応して――次の瞬間、なぜか胸を張った。
「カエルじゃない!」
「……いや、カエルなんだが!」
「うちの一族はな! 太古の昔、竜を飲み込んだって噂がある!」
ルルカは即答。
「魔女の国では聞いたことないな」
カエルが固まる。
「えっ、まじで?」
リリアが少しだけ思案するように視線を上げた。
「エルフの国には、似た伝承があるわ」
「……まあ、誰も信じてないけど」
そして視線を落とす。
「カエルですもの」
「ひどくない⁉︎」
声が裏返った。
ベルクが、刃に手をかける。
「……倒すか?」
空気が、一瞬で冷えた。
「や、やめてくれ!」
カエルは両手を振って、必死に叫ぶ。
「おれはまだ自由な旅がしたいんだ!」
一拍。
「“竜の地”を探すまでは死ねない!」
その言葉に、エリオの呼吸が止まった。
「……竜の地?」
思わず、食いつく。
カエルがきょとんとする。
「え、そこ?」
「自由な旅……したいの?」
「地図が役に立たないから楽しいぞ?」
「そっちじゃない!」
「……ああ、そっちか」
カエルは咳払いをして、少しだけ真面目な顔になる。
「うちの一族の伝承の続きでな」
「“竜の地に行けば分かる”って」
ベルクが眉を寄せた。
「分かるって、何がだ」
「知らん!」
堂々と言い切った。
「だから面白そうで、旅に出た!」
エリオは、思わず笑ってしまった。
「……お前、俺と一緒だな」
カエルが目を丸くする。
「お前も行きたいのか?」
エリオは答えない。
でも、その沈黙だけで、カエルは勝手に納得したらしい。
ぱっと顔を輝かせる。
「よし! 決めた!」
「エリオ、お前面白そうだ!」
エリオが即座に嫌な顔をする。
「決めた、って何を」
「ついて行ってやるよ!」
カエルはエリオの前まで、ぴょん、と跳ねた。
「なあ、いいだろ?」
「あと」
胸を張る。
「俺のことは、プルって呼べ」
(めんどいな)
エリオが、心の声そのままみたいな顔をした。
「……非常食なら、ありか?」
ルルカの目が、冷たく光る。
カエルは固まった。
「ちょ、ちょっと待て!」
「非常食って言ったか今!?」
エリオが、真顔で聞く。
「非常食になれる?」
「なに⁉︎」
カエルが叫ぶ。
「食用とは断じて言わせてもらう!」
「ダメダメ!」
カエルが即座に遮る。
「それはダメだ!」
カエルはぜえぜえ息をしながら、なおも言い張った。
「赤信号みんなで渡ってもコワイ!」
一瞬、全員が止まった。
ベルクが目を細める。
「……赤信号って何だ」
カエルも止まった。
「……ワシにも分からん」
少し恥ずかしそうに言う。
「伝承の一説に書いてある」
「伝承、便利だな」
ベルクがぼそりと言った。
場の空気が、ようやく緩む。
レインは、短く息を吐いてから、視線をリリアへ向けた。
「……そいつは、問題ないのか」
リリアはカエルの周りを一周するみたいに歩き、
鼻先を、ほんの少し動かした。
「……“残り香”がある」
笑っていた空気が、すっと消えた。
カエル――プルが、きょとんとしている。
「え、なに?」
「ワシ、くさい?」
「違うわ」
リリアが目を細める。
「あなたの中に、“かけら”が残ってる」
プルの顔が引きつった。
「……えっ」
「それ、抜けないの?」
ルルカが一歩前に出て、プルの胸元を見る。
「……さっきまでの目の濁りはない」
「でも……ゼロじゃない、ってことか」
エリオは黙っていた。
自分でも分かる。
さっき、あの黒い靄が“止まった”瞬間。
自分の周りだけ、空気が整った感覚があった。
攻撃してない。
何かを出してもいない。
ただ――“ズレ”を止めた。
リリアが、ふっとエリオを見る。
「……あなたが近づいた瞬間」
「匂いが変わったの」
ルルカが反射的に言う。
「リリア、それ以上言わなくていい」
ベルクも、珍しく茶化さない。
「……面倒なことになってんな」
ノーベルが鐘を握ったまま、低く言う。
「せやけど」
「今日のところは、生きとる。それで十分や」
レインが結論を出す。
「撤収する」
「ここは長居する場所じゃない」
プルが、慌てて跳ねた。
「待って待って!」
「撤収ってどこへ!?」
「ワシ、ひとりでここ残されたら死ぬんだが!?」
「ついて来い」
レインは淡々と告げる。
「監視も必要だ」
「監視って言った!」
プルが涙目になる。
「今、監視って言った!?」
ベルクが肩をすくめる。
「安心しろ」
「食うのは最後だ」
「安心できるかぁぁぁ!」
叫び声が、ダンジョンの通路に響いた。
エリオは、その騒がしさの中で、
自分の胸の奥が妙に冷えていることに気づく。
――役目が、近い。
まだ確信はない。
でも、体が先に知っている。
ここから先は、
戦闘じゃ終わらない。
そして。
自分だけが“整えられる”なら――
それは、守る力になる。
プルが、エリオの隣にぴょんと並ぶ。
「なあ、エリオ」
「竜の地、行くんだろ?」
エリオは少しだけ笑った。
「……行きたい」
「よし!」
プルが胸を張る。
「じゃあワシが案内してやる!」
「地図、持ってないくせに?」
「持ってないから案内できるんだ!」
「意味わかんない」
ルルカが小さくため息を吐いた。
でも、その口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
リリアが最後に、囁くように言う。
「……面白い歪みが増えたわね」
エリオは、その言葉がなぜか怖かった。
笑えるのに。
軽いのに。
どこかで――世界が、ずれている。
そして、そのずれは。
確実に“竜の地”へ向かっている。




