【参考稿】第2話/初稿 祭りの夜、届かない距離
竜の日が終わると、村は一気に祭りの色に染まった。
太鼓の音。
酒の匂い。
笑い声。
竜に選ばれた者たちは広場の中心に集まり、祝福の言葉を浴びている。
未来の話が飛び交い、冗談が混じり、肩を叩き合う音が響いた。
エリオは、その少し外側に立っていた。
誰も冷たくしない。
むしろ、気を使ってくれているのが分かる。
「……飲むか?」
差し出された杯。
だが、すぐに別の誰かが言葉を重ねる。
「いや、今日は……」
言葉は最後まで続かない。
曖昧な笑みだけが残る。
話題は変わり、輪は少しだけ形を変えた。
悪気はない。
誰も悪くない。
だからこそ、居心地が悪かった。
エリオは広場の向こうを見る。
リーナがいた。
人に囲まれ、祝福され、次々と声をかけられている。
落ち着いた表情の奥に、少しだけ緊張が滲んでいるように見えた。
今なら、話しかけられる。
一歩、踏み出しかけて――止まる。
今さら、何を話すのか。
竜に選ばれた者に、
話しかける資格が自分にあるのか。
村を出るかもしれない――
そんな迷いを、
あんなにも祝福されている彼女に向けて、
口にしていいはずがなかった。
かつて交わした約束を、
守れなかったのは自分だ。
胸の奥に、
まだ名前のつかない感情が渦を巻く。
今の彼女には、
やはり悟られたくなかった。
エリオは、自然に視線を逸らした。
同じ場所に立っていたはずなのに、
いつの間にか、遠くなっていた。
⸻
夜更け、家に戻ると、父は何も言わずうなずいた。
母も、いつも通りに食事を出してくれた。
優しさが、胸に残る。
食後、エリオは一人で外に出た。
家の前に腰を下ろし、夜空を見上げる。
雲の切れ間から、星がのぞいていた。
出るべきか。
残るべきか。
考えても、答えは出ない。
それでも、このまま同じ場所に立ち続ける未来だけは、
うまく想像できなかった。
エリオは目を閉じた。
⸻
いつの間にか、眠っていた。
足元に霧が広がっている。
地面はあるはずなのに、感触が曖昧だった。
「……まだ、迷っているのか」
低く、古い声が響く。
姿は見えない。
だが、どこからか見下ろされている感覚だけがあった。
「……誰だ」
声を張ろうとしたが、喉が震えただけだった。
「答えを探している顔だな」
淡々とした声。
責めるでも、慰めるでもない。
「選ばれなかったことが、そんなに不満か」
エリオは言葉に詰まる。
不満なのか。
悔しさなのか。
自分でも分からない。
「分からないなら、それでいい」
声は、わずかに笑ったようだった。
「選ばれた者は、迷わない。
迷うことすら、許されない」
霧の向こうで、何かが動いた気配がする。
「だが、お前は違う」
心臓が、強く脈打つ。
「お前は、選ばれなかったのではない」
あの言葉だ。
「ここでは、選べなかっただけだ」
「……どういうことだ」
問いかけた瞬間、霧が濃くなる。
「その答えは——
まだ、ここにはない」
声が遠ざかっていく。
「歩け。
迷ったままでいい」
「選ぶのは、その先だ」
少し間を置いて、声が続いた。
「どうしても答えが知りたくなったら、
竜が生まれる地へ来い」
「……どこに、そんな場所がある」
「歩いた先で、いずれ分かる」
視界が、白に塗りつぶされた。
⸻
エリオは、はっと目を覚ました。
夜だった。
家の前。冷たい空気。
夢だったのか。
それとも——。
胸の奥に、妙な感覚が残っている。
答えは出ない。
だが、不思議と、先ほどより呼吸が楽だった。
エリオは、もう一度空を見上げる。
夜は、まだ深い。
※本話は物語初期の構想による参考稿です。
構成調整後の最新版は「第2話(ver.2)」になります。




