第28話 歪みの中心へ
追撃を始めて、すぐだった。
――魔物が、出た。
それも一体や二体じゃない。
通路の奥から。
天井の影から。
横道だったはずの壁の向こうから。
次々と、湧くように現れる。
ベルクが、舌打ちした。
「……多すぎるだろ」
「しかも、配置がおかしい」
言葉通りだった。
スライムが、天井に張り付いたまま震え――
一斉に、雨みたいに落ちてくる。
グロウが盾を構える前に、
ノーベルが鐘を鳴らした。
――ゴン。
重い音。
光が走り、スライムがまとめて弾け飛ぶ。
だが、間髪入れず。
前方から、ゴブリン。
左右から、コボルト。
さらに奥――オークの影。
普通なら、ありえない。
縄張りが違う。
種族も違う。
争っていてもおかしくない。
なのに――
連携している。
ベルクが叫ぶ。
「冗談じゃねぇぞ!」
「黄金の鐘持ち団がいなかったら、どうなってたか……!」
ルルカが魔法を叩き込む。
「……数だけじゃない」
「質も、違う!」
斬ったはずのゴブリンが、踏み込んでくる。
避けたはずの一撃が、追ってくる。
動きが、妙に洗練されていた。
⸻
エリオは、気づいた。
魔物の――目。
どれも、濁っている。
黒い。
けれど、ただの闇じゃない。
靄みたいなものが、奥に絡みついている。
怒りとも、殺意とも違う。
理性が削られたまま、
それでも“動きだけ”が磨かれている。
レインが、低く言った。
「……強化じゃない」
一体を斬り伏せながら、続ける。
「歪められてる」
リリアが、眉を寄せた。
「ええ」
「この子たちから……“あの厄災”の残り香がする」
バフじゃない。
祝福でもない。
汚染。
触れただけで、壊れる類のもの。
「……ホンマ、厄介やの」
ノーベルが、低く呟いた。
⸻
次の瞬間。
床が、跳ねた。
――ガシャァン!
本来、単発のはずの罠が連動する。
矢、刃、落石。
時間差すらない。
グロウが盾で受ける。
金属音。
削れる感触。
盾の表面が、明らかに荒れていく。
「……盾が、もたん」
「削られてる」
ルルカが即座に盾へ手を伸ばし、
補強魔法をかけながら言った。
「明らかに」
「本来のダンジョンの罠の動きじゃないわね」
銀髪の男――ノーベルが、低く唸った。
「……触っとらん」
「それでも、動いとる」
使い切ったはずの装置が、音もなく再起動していた。
歯車が噛み合い、
本来なら二度と動かないはずの仕掛けが、淡々と作動を始める。
――おかしい。
ダンジョンそのものが、誤作動している。
グロウの盾の表面が、みるみる荒れていった。
「……盾、ルルカの補強魔法がなければ、もう削り切られてる」
その様子を見て、レインが一瞬だけ視線を走らせた。
「……さっきから、ルルカ」
「魔力の消費が激しそうだが、大丈夫か?」
ルルカは、肩をすくめて笑う。
「私の魔力はまだ余裕よ」
「大技、十回くらいはいけるわ」
リリアがすぐ返す。
「周囲の魔素は、私が調整する」
「魔力の心配はいらないわ」
ルルカが一瞬、目を細める。
「……やっぱり」
「リリア、異質ね」
ルルカが、ぽつりと零した。
「この女、化け物か?」
ベルクが、ぼそりと呟く。
「か弱い少女に向かって、化け物とは失礼ですわ」
リリアは肩をすくめ、楽しそうに微笑んだ。
その場にいた誰もが、
もう同じ尺度で彼女を見ていなかった。
⸻
戦いの合間。
リリアが、ふと立ち止まった。
鼻先が、わずかに動く。
「……分かったわ」
一拍。
「厄災そのものは」
「弱い」
ベルクが、即座に叫ぶ。
「おい!」
「それ、リリア基準だろ!」
一体を蹴り飛ばしながら、続ける。
「並の冒険者なら、最低でもBランクは必要だぞ!」
レインが、短く言った。
「だからこそだ」
剣を構え直す。
「この厄災は」
「ここで叩く」
ルルカが、静かに補足する。
「……でも」
「“場”を壊す存在なのは、間違いない」
倒せば終わる。
――そんな相手じゃない。
環境ごと、歪める。
⸻
魔物が、さらに増える。
「何でだよ」
ベルクが舌打ちした。
「魔物ばっかり遭遇しやがる」
だが、リリアは首を振った。
「違うわ」
視線が、さらに奥を捉える。
「あの“厄災”……」
「私たちを、魔物の多い場所に誘導してる」
ノーベルが、低く笑った。
「知性がある、ってことやな」
「ほんま、厄介や」
混乱を起こし、
追撃を分断し、
守る判断を迫る。
計算だ。
⸻
そして。
急に、魔物が減った。
ベルクが声を張る。
「おい!」
「数、減ってないか!?」
リリアは、即答する。
「違う」
「近いわ」
一拍。
「……でも」
「別の匂いも、混ざってる」
レインが剣を掲げる。
「次で、終わらせに行く」
「逃げられる可能性もある」
「だが、ここで引けば――」
「次は、もっと厄介になる」
一拍。
「覚悟はいいか」
その一言に、場の空気が引き締まる。
リリアが、全員に触れる。
「回復と、強化をかけるわ」
「そばに寄って」
グロウが笑う。
「栄養補給、助かる」
ルルカが、エリオを見る。
「……ていうか」
「あなた、存在感なさすぎよ」
エリオは、息を吐いた。
「いや……」
「息するだけで、しんどい」
次元が、違う。
リリアが、ふっと微笑む。
「でも」
「あなたの匂いは、強くなってる」
近い。
確実に。
リリアの視線が、エリオを捉える。
「……好きよ、この匂い」
ルルカが、即座に遮る。
「それ、やめて」
エリオは、息をひとつ飲んだ。
理由は分からない。
でも――
自分が、ここにいる意味が、
少しだけ近づいている気がした。




