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第16話 最初の迷宮

 風の街の外れ。


 崩れた石壁の向こうに、ぽっかりと口を開けた場所があった。


「……あれが、ダンジョン?」


 エリオは、思わず足を止めた。


 洞窟というには形が歪で、入口の輪郭が揺れている。

 まるで、世界の方が迷っているみたいだった。


「正確には」

 ルルカが、くるりと杖を回す。

「アーティファクト由来の迷宮ね」


 軽い口調だったが、目は笑っていない。


「性質は不安定。中の構造も、その場その場で変わる」

「だから――」


 一拍。


「“入っただけで分かる”ことも、多いのよ」


 ベルクが、低く息を吐いた。


「……厄介だな」


「だから、今の二人を一緒に見るにはもってこいなの」

 ルルカは肩をすくめる。

「隠れてる“異常”ほど、よく分かるから」


 ガルドが、剣の柄を叩く。


「さっさと片付けりゃいいだけだろ」


 その言葉に、誰も返さなかった。


 ただ一人――

 リュカだけが、入口を見つめていた。


 足が、動かない。


 小さく、震えている。

 指先が、ぎゅっと服を掴んでいた。


 逃げたい。

 でも――逃げなかった。


「……」


 誰も、急かさない。


 エリオは、一歩だけ前に出た。


 リュカの隣に立つ。


「……怖いよな」


 それだけ言った。


 慰めでも、励ましでもない。

 事実を、そのまま置いただけの言葉。


 リュカの肩が、ぴくりと揺れる。


「でも――」


 エリオは、入口を見る。


「今日は、ここまで一緒に来れた」


 少しだけ、声を落として続けた。


「それで、いいと思う」


 沈黙。


 数秒――

 いや、もっと長く感じた時間のあと。


 リュカが、小さく息を吸った。


 震えは、まだ止まらない。

 それでも――


 一歩。


 ほんの半歩だけ、前に出た。


「……行こう」


 エリオが言う。


 全員が、一度だけ頷いた。



 中に入った瞬間。


 空気が、変わった。


 風の音が、消える。

 足音が、やけに重い。


「……音が、吸われてる」


 ベルクが、即座に判断する。


「閉鎖型だな。戻り道は、まだあるが……」


 その言葉の途中で、リュカが小さく息を呑んだ。


 だが――

 何も起きない。


 光も、震えも、暴走も。


「……止まってる?」


 ガルドが、周囲を睨む。


「いつもなら、ここで――」


 言葉が、続かなかった。


 代わりに、ルルカがエリオを見る。


「……ふうん」


 それだけ。


 だが、その一言には、確かな意味があった。



 少し進んだ先。


 床に刻まれた魔法陣が、淡く光った。


「罠だ」


 ベルクが手を上げる。


 次の瞬間――

 魔法陣が、半分だけ反応した。


 光が走り、止まる。


「……なんだ、これ」


「中途半端だな」


 ガルドが苛立つ。


 だが、ルルカは目を細めていた。


「いいえ」

「止められてる」


 全員の視線が、自然とエリオに集まる。


 エリオ自身は、何もしていない。

 ただ、そこに立っているだけだ。


「……俺?」


「自覚ないのが、一番それっぽいわね」


 ルルカは、楽しそうでもあり、困ってもいる顔だった。



 さらに奥。


 土塊でできた小型ゴーレムが、壁から剥がれ落ちる。


「敵だ!」


 ベルクが前に出る。

 ガルドも続いた。


 ゴーレムが腕を振り上げる――


 だが、動きが鈍い。


「……遅え」


 ガルドが斬り裂く。

 一撃で崩れた。


 戦闘は、あっけなかった。


「拍子抜けだな」


「いいえ」


 ルルカが、静かに言う。


「“簡単”なんじゃない」


 一拍。


「安定してるの」


 その言葉に、リュカが、そっとエリオを見る。


 怯えでも、期待でもない。

 ただ、確かめるような視線。



 ダンジョンの最奥。


 空気が、わずかに歪んでいた。


 ルルカだけが、足を止める。


「……ここ」


 声が、低くなる。


「これは、想定外ね」


 エリオは、理由を聞かなかった。


 聞かなくても分かる。


 この先にあるのは――

 今までとは、違う。


 ベルクが剣を握り直す。


「一度、戻るか?」


 ルルカは、首を振った。


「いいえ」

「“今”が一番、安全よ」


 全員が、息を呑む。


 リュカが、小さく言った。


「……壊れない?」


 エリオは、すぐに答えなかった。


 ただ、隣に立つ。


「……分からない」


 一拍。


「でも」

「今は、大丈夫だ」


 リュカは、何も言わなかった。


けれど――


 その視線が、ふと逸れた。


 最奥の壁際。

 半ば埋もれるように置かれた――竜の銅像。


 その瞬間。


 リュカの肩が、びくりと跳ねた。


「……っ」


 呼吸が、乱れる。

 指先が、震え出す。


「リュカ?」


 エリオが声をかけるより早く、

 彼女は一歩、後ずさった。


「……だめ」


 か細い声。


「来ないで……」


 竜の銅像から、何かを感じ取ったわけじゃない。

 けれど――

 身体が、拒絶していた。


 膝が、崩れる。


「リュカ!」


 エリオが支えるより早く、

 ルルカが前に出た。


「……ここまで」


 即断だった。


「無理させすぎたわ」

「今日は、ここで止める」


 ルルカは、杖を地面に突き立てる。


 簡易結界。

 淡い光が、円を描いて広がる。


「完全には遮れない」

「でも、これ以上は進ませない」


 リュカは、エリオの腕の中で意識を失っていた。


 ――それでも。


 アーティファクトは、沈黙したまま。

 風も、乱れない。


 ダンジョンは、静かだった。


 それが意味することを、

 その場の全員が理解していた。


 ――止められている。


 エリオは、リュカを抱えたまま、

 暗い通路の奥を見た。


 逃げてはいない。

 ただ、踏み込んでいないだけだ。


 希望と、

 限界と。


 その両方を抱えたまま――


 彼らは、

 このダンジョンの中で、夜を迎えることになった。


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