第12話 竜守り人
翌日。
朝のギルドは、少しだけ空気が違っていた。
依頼掲示板の前に人が集まり、
武器の手入れをする音や、笑い声が混じる。
昨日のざわめきが、嘘みたいだ。
エリオは、受付の前で立ち止まった。
「あら、来てくれたのね」
ローラが、いつもの落ち着いた声で微笑む。
「ギルド長がお待ちよ。
奥の部屋へどうぞ」
「……はい」
エリオは軽く頭を下げ、奥へ進んだ。
⸻
部屋は、思ったより質素だった。
地図。
書類の束。
年季の入った机。
その向こうに、ギルド長が立っている。
「座ってくれ」
「失礼します」
一拍、間が落ちる。
昨日と同じ人のはずなのに、
今日はどこか“調べる側”の目をしていた。
机の上には、水晶がひとつ。
まだ、かすかに光を残していた。
ローラが一歩下がり、ギルド長が水晶を見つめたまま口を開く。
「……確認ですが、エリオ君」
低く、落ち着いた声。
「君は――
“竜守り人”で、間違いありませんね?」
「……え?」
エリオは、思わず聞き返した。
「よく分かりませんけど……
村では、竜に選ばれることが大事だって言われてました」
「それが普通だと、思ってましたけど……」
ギルド長は、ゆっくり頷く。
「やはり、間違いないですね」
「え?
どういうことですか?」
エリオは、戸惑いを隠せなかった。
「選ばれるって……
どこの村でも、そうじゃないんですか?」
その言葉に、ローラが少し困ったように微笑む。
「いいえ、エリオくん」
「それは……かなり特殊よ」
「……え?」
ギルド長が視線を上げ、今度はエリオを見る。
「人間の中でも、
“竜守り人”に分類される人たちは特別です」
「普段は村から出ず、
他種族と深く関わらない」
一拍、間を置く。
「――正確には、
出ないようにしている、と言った方がいい」
エリオは息を呑んだ。
「そんな決まり……
聞いたことありません」
「でしょうね」
ギルド長は、静かに言った。
「それは、外の世界の話です」
机の上の水晶に、視線が戻る。
「正直に言うと、
ローラから報告を受けた時は驚きました」
「数値が……」
ローラが言葉を選ぶ。
「高い、というより
安定していなかったの」
「安定……?」
「本来、重ならない適性が
同時に反応しているの」
ギルド長が続ける。
「分類上は、
竜縁人(ドラグガード系)」
聞き慣れない言葉だった。
「ですが、その型からも
少し外れている」
エリオは、無意識に拳を握っていた。
「それって……
良くないんですか?」
「良いとも、悪いとも言えません」
きっぱりと言われる。
「ただ――
“普通ではない”」
その言葉が、胸に落ちた。
ギルド長は、少しだけ表情を緩める。
「昔から、他種族の間では
こんな噂があります」
声を低くして。
「――“竜守り人を怒らせるな”」
「……怒らせる?」
「怒らせると、竜の群れが動く」
「一夜で街が消える」
「世界が傾く」
どれも、冗談にしては
あまりに具体的だった。
ローラが、軽く肩をすくめる。
「まあ、子どもを怖がらせる昔話よ」
微笑みながら。
「……たいていはね」
ギルド長は、水晶から視線を離さずに言った。
「ただ、全部が嘘だと
言い切れるほど、世界は単純じゃない」
エリオは、思わず口を開いた。
「でも……俺は」
「竜の声も聞こえないし、
何か出来るわけでも……」
「それでいい」
迷いのない即答だった。
ギルド長は、エリオを見据える。
「だからこそ、君は外に出られた」
「竜に従う者ではなく、
竜に縛られていない竜守り人」
一瞬、沈黙。
「しかし――それが、一番厄介なんです」
エリオは、何も言えなかった。
胸の奥に、言葉にならない違和感が広がる。
「一旦、ここまでにしましょう」
ギルド長が立ち上がる。
「詳しい話は、午後からだ」
ローラが、エリオに向かって微笑んだ。
「今は情報が多すぎるものね」
「頭、混乱してるでしょ?」
「……はい」
エリオは、正直に答えた。
「せっかくだ」
ギルド長は、少し考える素振りをしてから言った。
「この風の街を、軽く見て回るといい」
「戻る場所と、逃げ道くらいは知っておけ」
「……案内、してもらえるんですか?」
「もちろんだ」
ギルド長は、口元だけで笑う。
「ここは、親切な街だからな」
「よろしい」
ギルド長は、軽く口笛を吹いた。
「おい、ベルク。仕事だ」
「――新人の案内だ」
少し遅れて、
奥の扉が、きぃ、と音を立てて開く。
現れたのは――
どこか疲れた目をした男だった。
ふと、エリオは気づく。
男の腰に下げられた刀。
それだけ、空気が違った。
――重い。
なのに、静かだ。
視線が、自然とそこに吸い寄せられる。
そして。
刃でも、鍔でもない。
柄の端で、小さな何かが揺れていた。
(……かわいい)
(なに、あれ?)
場違いなほど小さな妖精のマスコット。
刀には似つかわしくない色と形。
だが――
男は、それを気にする素振りを一切見せない。
その視線が、エリオに向いた瞬間。
胸の奥が、ざわりと揺れた。
理由は分からない。
けれど、
その男からも――
風の匂いがした。




