第11話 風の匂いがした
空気が、少しだけ変わった。
ローラが奥に下がったあと、
ギルドの視線が、じわじわとエリオに集まってくる。
好奇心。
嫉妬。
値踏み。
その中で――
一番露骨な視線が、真正面から突き刺さった。
「……おい」
低い声。
革鎧を着た男が、椅子を蹴るように立ち上がる。
年は二十代前半くらい。
腕も脚も太く、使い込まれた剣を腰に下げている。
「新人のくせに、生意気だな」
周囲が、くすっと笑った。
「ローラさんに話しかけられるとか」
「ずいぶん運がいいじゃねえか」
エリオは、言葉を探す。
視線を向ければ、
相手が何を求めているのかは分かった。
――なら、言わない方がいい。
「俺は、別に――」
「黙れ」
男は、一歩前に出た。
「調子に乗るなよ」
「ここは“選ばれた奴”が残る場所だ」
その言葉に、別の冒険者が口を挟む。
「やめとけよ、ガルド」
「新人相手に大人げないって」
「うるせえ」
ガルドと呼ばれた男は、エリオから目を離さない。
「お前も――
“アイツ”みたいに、端に追いやってやる」
一瞬、空気が凍った。
だが、何もなかったかのように、
周囲から、どっと笑いが起こる。
「出た出た」
「懐かしいな、その話」
「まだ根に持ってんのかよ」
そのとき。
近くにいた年配の冒険者が、
低く、短く言った。
「……やめとけ」
一瞬で、笑いが止んだ。
エリオは、その変化に言葉を失った。
さっきまでの空気が、嘘みたいに消えている。
――“アイツ”。
喉まで出かけた言葉を、エリオは飲み込んだ。
だが、その沈黙に、ガルドが気づいたのか、
鼻で笑う。
「……お前は、知る必要はねえ」
その声が、まだ空気に残っているうちに――
「――そこまで」
低く、よく通る声が、ギルドに響いた。
奥から、一人の男が歩み出てくる。
白髪混じりの髪。
背は高くないが、立ち姿に隙がない。
派手な装備はないのに、場の空気が一瞬で締まる。
「ギルド長だ……」
誰かが、つぶやいた。
ギルド長は、ガルドを一瞥する。
「新人に絡む暇があるなら、依頼を受けろ」
「……チッ」
ガルドは舌打ちし、椅子に戻る。
だが、去り際にエリオを睨んだ。
「覚えとけ」
「ここは、優しい場所じゃねえ」
エリオは、何も言わなかった。
代わりに、胸の奥に小さな違和感が残る。
――“アイツ”。
その言葉だけが、引っかかっていた。
ギルド長は、今度はエリオを見る。
視線は厳しいが、敵意はない。
「新人だな」
「はい」
「ローラが奥に呼ぶということは、
それなりの理由がある」
一拍、間を置く。
「今日はここまでだ」
「……え?」
「登録は仮で通す」
「詳しい確認は、改めてだ」
ざわめきが起こる。
「仮登録?」
「珍しいぞ」
ギルド長は、エリオにだけ聞こえる声で言った。
「ここでは、
“力がある”ことより、
“どう使うか”の方が大事だ」
エリオは、うなずいた。
「分かりました」
ギルド長は満足そうに頷くと、踵を返す。
「ローラ、続きは明日だ」
「承知しました」
ローラの声は、いつも通り落ち着いていた。
だが、エリオにだけ小さく微笑む。
「今日はゆっくり休んでね」
その意味を、エリオはまだ知らない。
ただ一つ分かるのは――
この街で、
自分を快く思わない者がいるということ。
エリオは、何も言わずにその場を離れた。
ただ――
ガルドの口から出た、
“アイツ”という言葉だけが、
妙にまだ胸に残っていた。
理由は分からない。
けれど、
なぜか風の匂いがした。




