第10話 風の街と、受付嬢ローラ
風の街は、音から違った。
人の声。
金属のぶつかる音。
笑い声と、怒鳴り声。
風が街路を抜けるたび、それらが混ざり合って、にぎやかな渦になる。
「……着いたよ」
エリオの横で、天天マルが標識をくるりと回した。
【→ 風の街】
「ここから先は、君の足で行く場所だ」
「え、ここまで?」
「うん。僕らはね、街の中までは入らない」
天天マルは、いつも通り軽い口調だった。
「でも安心して。何かあったら――」
標識が、別の文字に変わる。
【→ ギルド】
「ここに行けばいい。
仲間も仕事も情報も、だいたい集まってる」
エリオは、少しだけ言葉を探してから言った。
「……天天マル、ありがとう」
「いいっていいって」
天天マルは、照れたように笑う。
「それにさ。これから先、僕の仲間に会うこともあると思うよ」
「仲間?」
「天天ポンは、そこら中にいる」
にやっとする。
「イジワルなのもいるけど、根はいいやつらさ」
「……信用していいのか、それ」
「初回サービスは終わりだけどね」
標識を肩に担ぐ。
「じゃ、行っておいで」
次の瞬間、天天マルの姿は風に溶けるように消えた。
エリオは、街の入口で一度深呼吸する。
「……よし」
ギルドの建物は、すぐに見つかった。
人の出入りが多く、扉が開くたびにざわめきが流れ出てくる。
中に入ると――
「うわ……」
想像以上だった。
冒険者らしい男たち。
装備を整える女。
掲示板の前で口論している集団。
その中心に、受付カウンターがある。
そして――
「あら」
柔らかな声がした。
「見ない顔ね」
エリオは、はっとしてそちらを見る。
金色に近い明るい髪。
落ち着いた微笑み。
でも視線は、しっかりこちらを捉えている。
「初めてかしら?」
「え、あ、はい」
エリオが答えると、彼女はにこっと笑った。
「大丈夫よ。緊張してる顔、よく見るもの」
その一言で、周囲がざわついた。
「……おい、ローラさんが話しかけてる」
「新人か?」
「俺、半年通ってるけど名前すら呼ばれたことないんだが」
エリオは、居心地が悪くなって一歩下がる。
「えっと、俺は情報を――」
「新規登録、しておいた方が便利よ?」
ローラは、軽やかに言う。
「仕事を受けなくても、身分証代わりになるし」
「い、いや、その……」
断りたい。
でも、目の前の女性が落ち着きすぎていて、タイミングを失う。
「じゃあ、簡単な確認だけ」
ローラは、受付台の下から水晶を取り出した。
「手をかざして」
「……はい」
エリオが手を置いた瞬間。
水晶が、淡く――だが確かに光った。
「――」
ローラの笑みが、一瞬だけ消えた。
ほんの一瞬。
周囲の誰も気づかないほどの短さ。
だが、次に彼女が口を開いた時、
声の温度が、わずかに変わっていた。
「……少し、待ってくれるかしら」
「え?」
「すぐ戻るわ」
そう言って、ローラは水晶を持って奥へ引っ込む。
ざわめきが、広がる。
「今の、なんだ?」
「光り方、おかしくなかったか?」
「新人だろ?」
エリオは、ただ立ち尽くしていた。
(……やっぱり、普通じゃないのか)
数分後。
ローラは、何事もなかったかのように戻ってくる。
柔らかな微笑みも、元通り。
「お待たせ」
そして、静かに言った。
「エリオくん。
歓迎するわ、風の街のギルドへ」
その声は優しかった。
けれど――
エリオには分かった。
この人は、もう“気づいている”。
何に?
それは、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは。
ここから先は、
もう「何も知らない旅人」ではいられない――
そんな予感だった。




