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第8話 村の外の風

 村を抜けると、音が変わった。


 風の鳴り方が違う。

 土の匂いが、湿っていない。

 空が、やけに広い。


「……これが、旅か」


 エリオは思わず笑った。

 胸の奥が、少しだけ軽い。


 歩き出してすぐ、分かれ道に出た。

 右は踏み固められた道。

 左は草が伸び、風が強い。


 村なら、迷わない。

 竜に選ばれた者がいれば、すぐ答えが出る。


 でも――


 エリオは、最初からそれを期待していなかった。


 空を見る。

 雲の流れ。

 草の揺れ方。

 地面に残る、古い足跡。


ノエルがそう教えてくれた。

だから、やってみた。

……正直、よく分からない。


「慣れか?勘か?」


「とりあえず……こっちだ」


 理由は言えない。

 けれど、身体がそう言っていた。


 左へ進んで、しばらくした時だった。


 ――ドン。


 地面が、低く鳴った。


 エリオは足を止める。

 次の瞬間、背中に冷たいものが走った。


 獣の気配。


 重い足音。

 草が、風とは違う揺れ方をする。


(……まずい)


 竜の声が聞こえる者なら、

 もっと早く気づいたかもしれない。


 でも――


 エリオは、聞こえない前提で生きている。


 鳥が、一斉に飛び立った。

 風が、逆に流れた。


 逃げろ。


 エリオは走った。

 道じゃない方へ。

 草をかき分け、斜面を滑り降りる。


 背後で、低い唸り声。

 近い。


 でも――


 足元の土が、少し柔らかい。


(……罠だ)


 直感で、横に跳んだ。


 次の瞬間、

 ドサッと重い音。


 獣が、足を取られて倒れた。


 エリオは振り返らない。

 ただ、風の流れる方へ走った。


 どれくらい走ったか分からない。

 息が切れ、膝に手をつく。


 ……助かった。


 胸が、ドクドクと鳴っている。


 もし、竜の声を待っていたら。

 もし、誰かの指示を待っていたら。


 ――間に合わなかった。


 エリオは、空を見上げた。


「……最初から、頼らないってのも」


 悪くない。


 ふと、ノエルの言葉がよみがえる。


『胸を張って、世界を見て来い』

『未知に触れるのを、楽しめ』


 エリオは、乾いた笑いを漏らした。


「結構、ハードだよ」


 でも、不思議と怖くなかった。


 夕方、開けた場所で野営を決める。

 火打石で火を起こし、パンをかじる。


 遠くの空に、影が横切った。


 ――竜だ。


 高く、悠々と飛んでいる。


 エリオは、ただ見上げる。


 呼ばれもしない。

 声も聞こえない。


 それでいい。


 火のそばで、身体を丸める。


 今日は、生き延びた。

 それだけで、十分だ。


 風が、焚き火を揺らした。


 その中に、

 言葉にならない“何か”が混じっている気がして。


 エリオは目を閉じた。


 無意識のうちに、

 次の一歩へ踏み出す準備をしながら。


―――


 翌朝。


 気まぐれに歩いていると――

 道の先、空中に何かが浮いていた。


 丸い。

 白い。

 標識を持っている。


「……なに、あれ」


 その瞬間。


 目が合った。


「――うわっ」


 エリオは、反射的に踵を返した。


「逃げよ!」


 全力で走る。


 草を踏み、息を切らし、振り返る。


 ……いない。


「よし、撒いた――」


「おーい」


 前から声がした。


「……は?」


 いつの間にか、道の先にさっきの“それ”が浮いている。


 標識を軽く振りながら、にこにこしていた。


「なんでついてくるんだよ!」

「お前、あやしいぞ!」


 エリオが叫ぶ。


 すると、丸い天使は少しだけ頬をふくらませた。


「ねえ、それ地味に傷つくんだけど」


 間。


「……しゃべった」


「そりゃしゃべるよ。案内人だし」


「案内人!?」


「うん。見たとこ新人だね」

「顔に書いてあるぜ」


これが、

エリオと標識天使との出会いだった。


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