13話 見えない挫折
数ある作品の中から、私の作品を見つけてくださり、ありがとうございます。
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二十七階層
ここに足を踏み入れた瞬間、明らかに空気が変わった。
塔の中はどの階層も独特の雰囲気がある。
しかし、この階層は、これまでの階層とは明らかに違う“異質さ”をまき散らしているかのようだった。
湿り気のある冷気が肌にまとわりつく。
視界の端で揺れる影。
音が吸い込まれるように消えていき、足音すら響かない。
まるで、この階層そのものが生き物で、侵入者をじっと見つめているような、そんな錯覚すら覚える。
初めてのトライとはいえ、ソロでの攻略は慣れている。
事前のリサーチからも、私がここで十分通用することはわかっている。
今日もソロで十分うまくいくはずなのに、妙に集中できない私がいた。
目の前の敵の動きをいなしながら、ふと、あの二人の姿が頭をよぎる。
二十一階層で遭遇した、あの男女二人組のペア。
プラモを纏っていたせいで年齢は分からなかったけれど、自分より下か、同じくらい。
少なくとも大人ではない。
それでも、あの動き。あの機体。
忘れられるわけがない……。
トトと呼ばれていた方の機体は、エントリーでもハイクラスでもない。もっと上。反応速度も、装甲の質も、稼働の際の関節の滑らかな動きさえも、そこらのエントリーやハイクラスの域を軽く凌駕していた、そう、あれは噂に聞くマスタークラス……。
そして、果敢にも私に突っかかってきた女の方、確か、名前はアイラだった。
彼女の機体はさらに異質だった。独特で特殊なペイント。
あれは作品のレベルと言っても過言ではない、相当な腕前のビルダーによるものだろう。
性能も、私の赤いハイクラスを上回っている可能性すらある。
一定の領域を超える工作は、プラモそのもののスペックを向上させる、あれはそういう領域の塗装だ。
でも、速さだけなら、私の方が上のはず……。
そして、戦いにおいて、スピードは最も重要なファクターとなる……。
そう思った瞬間、目の前の敵が大きく踏み込んできた。
魔物が薙ぎ払った大太刀の一閃が、私の首を刎ねようという、明確な意志を持って迫る。
しかし、私は既にその場にはいない。
視界の端で、大太刀の軌道がスローモーションのように流れる。
私は通常の三倍のスピードで敵の攻撃を回避しつつ、背後に回って蹴りを入れると、鈍い衝撃が足の裏に伝わる。
「当たらなければ、どうということはないわ。」
私の赤い機体は、蹴りを食らってダメージを受け、そのまま前のめりに崩れた魔物の後頭部に、マシンガンの連射をお見舞いする。
赤い閃光と共に、魔物の頭部が破砕されていく。
魔物はそのまま黒い霧と化し、霧散する。
「ふんっ。多少プラモの性能が高かろうが、経験も実力も、私の方が圧倒的に上よ。そうに決まっているわ!」
この階層であっても、雑魚魔物であれば問題ではない。
私のスピードであれば圧倒することができる。
しかし、この階層の“空気感”が、どうにも私から冷静さを奪い取ろうとしてくるように感じる。
まるで、何かがこちらを誘い込んでいるかのような……。
しかし、その予感は、すぐに現実となって、目の前に現れた。
階層の奥、黒い霧が集まり、巨大な影を覆う様に渦巻いている。
収まりきらない魔素が、魔物の周囲に漂っている様だった。
二十七階層のボス“クアドラ”。
全身を黒い金属の鎧で覆い、四本ある腕にはそれぞれ、常識外れの巨大な大太刀を握りしめている。
その存在感だけで、空気がさらに一段重くなる。
「出たわね……!」
私は一気に距離を詰め、速さで翻弄するように左右に回避行動をとる。
クアドラの大太刀が地面を抉り、火花を散らして私を捉えようと迫る。
しかし、その攻撃は遅く、飛び道具があるわけでもなさそうなので、問題なく回避し、背後へと回り込んだ。
私は背後に回り込むと、先程の雑魚にしたように、蹴りを叩き込む。
しかし、足裏に返ってきた感触は“硬い”の一言だった。
「硬っ!?」
ダメージを与えられているという手ごたえを、全く感じられなかったので、それならばと、首筋にマシンガンの弾をお見舞いする。
赤い閃光がクアドラの背中、首筋付近を叩くが、弾は全て弾かれているように見えた。
「嘘でしょ?全く削れてない……。」
火力が足りない。
速さで避けられはしても、決め手に欠ける……。
「ちっ。」
思わず舌打ちが口を突いて出る。
じり貧になるのが目に見えている、この時の私はそう考えていた。
クアドラがゆっくりと振り返る。
しかし、その動きは重いはずなのに、なぜか視覚的に捉えることが出来なかった。
クアドラは一切の気配を感じさせてはくれなかった。
一瞬の歪み、視界の揺らぎ、なんと表現すればいいのか、でも確実に言えることが一つ、移動する軌道を感じることすら許されない、圧倒的な速さ……。
「えっ!?」
クアドラの姿が消え、再び現れる。
目で追うことが出来ない、それ程に速い……。
私の目が追いつかないほどに。
「そんな……!」
大太刀が横薙ぎに迫る。
私は咄嗟に跳び退くが、刃先が頬をかすめ、火花が散った。
一本目の大太刀を避けた瞬間、別の腕が逆方向から迫る。
さらに残る二本が、私の逃げ道を塞ぐように交互に振り下ろされた。
速さだけは負けない、そう思っていたのに。
クアドラの動きは、私の速度を完全に上回っているように思えた。
「くっ……!」
避けるのが精一杯。
攻撃する余裕なんてない。
一撃でももらえば終わる。そんな確信が背筋を冷たくする。
プライドが軋む。
頬をつたう涙の温かさが、かろうじて持ちこたえている心を折りに来る。
何もかもを放り出して、へたり込んでしまいたい気持ちを必死で押さえる。
死にたくない、こんな所で死ぬわけにはいかない、あの薬を手に入れるまでは、絶対に死んでなんていられない!!!
私は一瞬の隙をついて、マシンガンの残弾を、全てクアドラの足元にぶち込み、粉塵を巻き上げることで視界を奪い、全力で距離を取った。
クアドラが追ってくる気配はない。
まるで、逃げるのを“許してやる”とでも言っているかのように……。
「……これは逃げるんじゃない。戦略的撤退よ。」
自分に言い聞かせるように呟く。
胸の奥に悔しさが刺さる。
「認めるわけにはいかないのよ。これが、こんなのが、自分自身の若さ故の過ちだなんて、絶対に認めないわ……。」
私は、そう呟くと、二十七階層をあとにした。
―― 同じ頃、二十五階層。――
「今、何か揺れたような気が……。」
僕は立ち止まり、かすかに眉をひそめ、周囲を見回す。
すると、アイラが緊張感なく振り返る。
「揺れた?地震??」
「いや……違うと思う。空間が、少しだけ歪んだ感じがしたというか、なんて言えば良いだろう、なんかね、耳の奥がキーンとしたような……。」
アイラは肩をすくめる。
「私は全く感じなかったけど、またトトの勘? でも、トトはそういうのが当たっちゃうから怖いのよね。」
僕は、アイラへの返事を返すことなく、黙ったまま、塔の上層を見上げた。
「誰か、危ない目にでも遭ったのかな……。」
すると、今度はアイラが僕の言葉を流して言った。
「どうやら、上を気にしている場合ではないようよ。」
アイラの言葉を受けて、僕もアイラの見据える方向を見ると、そこでは地面が割れて、無数の蔓の様なものが生えてきていた。
「うわ、なんだか少し気持ちが悪い魔物だね。」
「そうね、あの蔓が、私たちに向かって飛んでくる未来が見えるようだわ……。」
僕とアイラは、背筋がゾワゾワするような魔物のシルエットに、思わず顔をしかめながらも、武器を構えて、敵の出方を見極めるべく、戦闘態勢に入るのだった。
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