第三章 裏切りの告白
冷たい夜が、ある朝、終わりを告げた。
いや、正確には──終わったのではない。
その朝、**エステルの世界が「壊れた」**のだ。
義母はいつものように、銀のティーセットを手にしてエステルを呼びつけた。
夫の様子を気遣っての相談かと思ったが、その声には妙な高揚が混じっていた。
「もう……気づいているでしょう?」
言葉は穏やかだが目が笑っていなかった。
エステルが視線を上げると、義母は静かにカップを置き、まるで軽い世間話でもするように告げた。
「ディビッドには、子どもができたの」
時が止まった。
耳に入ったのは「子ども」だけだった。
意味が理解できるまでに数秒かかった。
「……どなたの、子ですか?」
「ミラさん。あなたの妹よ」
何かの冗談だと思いたかった。
吐き気が込み上げ、全身の血が足先へと流れ落ちるような感覚の中、エステルは、それでも冷静を保とうと口を開いた。
「……夫は、私の妹と関係を持ったと?」
義母はにっこりと微笑む。
「愛は計画通りにいかないものなのね。ディビッドは最初から、あなたよりあの子に惹かれていたのでしょう。…若さも、愛嬌もあるもの」
その瞬間、エステルの心に長く伸びた「亀裂」は、ついに音を立てて崩れた。
夕方、ディビッドが帰邸した。
エステルは彼を待っていた。
陽も落ち、赤く染まる室内で、ディビッドは彼女の姿を見てしばし沈黙し、やがて静かに言った。
「……ミラが妊娠した。君には申し訳ないが、離縁を申し出たい」
問い詰められることも、涙を流されることも、怒鳴られることも──彼は覚悟していた。
だがエステルは、ただ一点を見据え、何も言わなかった。
その沈黙こそが、ディビッドの胸を貫いた。
「……子ができない私が、あなたにとって不要になったなら、それも仕方ありません。だけど、よりによって私の妹と…」
「……すまない」
彼の言葉には、罪悪感と、同時にどこか解放されたような響きがあった。
エステルはその姿を見て、ようやく理解した。
──この人は、もう「私」を愛してなどいなかったのだ、と。
最後に彼女が発した言葉は、ただ一言。
「ひどい人」
それだけだった。
その夜、エステルは眠らなかった。眠る必要もなかった。
すでに「妻」ではなくなったのだから。