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第二章 冷たい夜の予感

結婚から三年。

侯爵家の広大な屋敷は静寂に包まれていた。

夜風に揺れるカーテンの奥で、エステルはひとり椅子に座り、星を眺めていた。

侍女がそっと声をかける。

「旦那様は今夜もお戻りには…?」

「ええ、仕事が長引いているのでしょう」

そう言って微笑むが、頬はこわばっていた。


かつて彼は、眠る前に必ずエステルの髪に触れた。

朝には肩を抱き、額に口づけをくれた。

だが今、その温もりはどこにもなかった。

会話は減り、視線を合わせることすら稀になった。

義母の言葉が残した小さな疑念は、日々育ち、やがて冷たい確信へと変わっていく。


「まだ…授からないのか?」

ある晩、ディビッドは無表情にそう言った。

それは責めるでもなく、諦めるでもなく、ただ“冷たい確認”だった。

「……ごめんなさい」

声が震える。

医師は「体質的なもの。焦らずに」と言ったが、彼の態度は日に日に遠ざかっていった。


その翌日、ミラが屋敷を訪ねてきた。

「お姉さま、元気? このお菓子、侯爵さまのお好みだって聞いたの。良かったら一緒にどうかしら」

その姿はあまりにも無垢で、あまりにも親しげだった。

エステルは微笑みながらも、内心で何かが軋む音を聞いた。

妹の指先が、馴染みすぎた様子で屋敷の扉に触れたとき、

――彼女の中に芽生えた「疑い」は、もはや否定できるものではなくなっていた。


夜遅く、ディビッドがようやく帰宅した。

「遅かったのね。夕食は?」

「……済ませた」

短い言葉のあと、彼はそのまま書斎へ消えていった。

エステルが用意したお茶も、冷めたまま残された。

その夜、彼女は自室の鏡台の前でひとり、長い髪をほどいた。

胸に手を当てて問いかける。

(どうして、こんなに静かになってしまったのかしら)

それでもまだ、彼を責めたいとは思わなかった。

愛していた。

だから、信じたかった。

けれど、その想いは――彼女一人のものになりつつあった。


そしてその夜、侯爵家の裏口から、ひとりの若い女が帰っていくのを、古参の下女が目にする。

風に翻った薄手のマントの下に、見覚えのある赤毛の髪が揺れていた。

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