6th 迎える疑い?
私、紅 一華には両親がいない。
数えてないけど、何年も前のこと。ふたりは私の目の前で動かなくなった。あの顔は今も忘れない。驚いたように目を見開いて、口角をほんの少しあげて、笑ってた。
ふたりが流した僅かな涙程度では、赤は薄くならなかった。
毎年この日、お盆になると思い出す。あんまり良い思い出じゃない。だってまだ、自分があの時正しいことをできたのか分からないから。まだ私は幼くて、今ほどいろいろできたわけじゃない。今もだけど、ちゃんと正しいことを知っていたわけじゃない。だからクーちゃんのこの笑顔を見ても、確信できない。私はふたりを少しでも救えたのかな。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「……ううん。なんでもない。ちょっと考え事」
一華は明るく笑った。
「ほらほら。準備するよ〜」
迎え火にきゅうりの馬。お供え物の調達もしないといけない。あと……。
「お父さんもお母さんも、これサボったら怒っちゃうよね」
一華はベッドの横のタンスにちらっと一瞬目をやった。その中のひとつの段には大量の小瓶が敷き詰められていた。
「もう良いと思うけど……一応、忘れないようにしなきゃ」
ピンポーン
「え、もうそんな時間!?クーちゃんごめんね、ちょっと出てくる」
一華は慌ただしくクローゼットを開けて白い上着を羽織ると、玄関のドアを開けた。
「はぁっはぁっ……コホン。おはようございます」
「えぇ、おはようございます」
ドアを開けるとそこには人だかりがあった。みんなお父さんとお母さんの知り合いだ。私とはこうしてたまに会う程度の関係だけど、ふたりは結構仲良さそうにしていたと思う。
「今日はお盆ですので、こちらをご両親にと」
先頭の若い男性が大きな紙袋を差し出した。毎年こうやって会うけど、名前もなにも知らない。本当にふたりはどうやって知り合ったんだろう。
「わざわざありがとうございます。すみません、こちらもまだやらないといけないことがありまして。今日はこれで」
「はい。皆さん、そういうことですので帰りましょうか」
老若男女様々な人たちが談笑しながらぞろぞろと帰っていく。少しだけ異様な光景だとは思うけど、正直慣れてしまった。
「私も戻ろう。暑くてかなわないよ」
家の中に戻ると、すぐそこにクーちゃんがいた。
「お姉ちゃんなんの用事?届け物?」
「うん、お父さんとお母さんの知り合いの人たちがプレゼントくれたの。ほら見て、こんなに大きな紙袋がはち切れそう」
紙袋の中にはいろいろなお菓子やお酒なんかが入っていた。だからめちゃくちゃ重たかったんだ。
「それとコレ」
そう言って手のひらくらいの麻袋を取り出す。
「何それ?」
「あーなんでもないよ。ただのあの人たちの趣味だから」
「そっか。ねぇ……お姉ちゃんのパパママって」
「うん。前に話した通り、もう死んじゃってるよ。だからほら、あの写真を飾ってる棚にいろいろお供えするの」
そう言って一華はリビングの端にある小さな棚を指さした。昨日の夜寝る前に一華が少し飾り付けをしており、質素な部屋の中でそこだけは華やかだった。両親とその他あまり知らない人たちが、どこかの森で撮った古い写真。写真自体はくすんでいるけど、その中の笑顔は色褪せない。
「……じゃあちょっと買い物してくるね」
しばらくして、帰宅した一華は庭にクワを呼んだ。
「なに?」
一華は袋からなにか、いろいろなものを取り出した。そして黙々と組み立てた。クワも黙ってそれを見つめた。
「ふぅ、これが迎え火だよ。亡くなった人はこれを目印に帰ってくるの」
そう言って一華はライターをポケットから取り出すと、積み上げたおがらに火を放った。
「へ〜、この火かぁ」
クワは手で顔を仰ぎながら、少し離れたところで呟いた。
「それにしても暑っついねー。中に戻ろっか」
「……うん!」
暑い日はまだまだ続く。でもこの前の梅雨みたいに、いつの間にか時間が経って季節が変わって、終わるはず。
リビングから庭に繋がる窓。そこから赤く燃える火を見て一華は呟いた。
「ここだよ、みんな」
いつもと同じ暗い夜。
でも今日だけは少し不安になる。
何かが起こってしまうんじゃないか。何かが来てしまうんじゃないか。一華はクワを視界の端で確認すると、ベッドから起き上がった。
「……クーちゃん、もう眠ったね」
ゴソ……。
ペタ……ペタ……ペタ……。
ガチャ……ギィィィィ……バタン。
スッ、スッ……コツ、コツ、コツ、コツ、コツ……。
ガチャ……ギィィィィ……バタン。
「お父さん、お母さん。久しぶり」
一華は薄暗い部屋にいた。手には銀色の鍵が握られている。一華は灰色の壁に体を預けて、部屋の奥へはなしかけ続けた。
「私も無事に高校生になれました。そう思うと、なんだか急に大きくなった気がしない?」
反響する声に答える者はいなかった。
「……今度はちゃんと紹介しないとね。クーちゃんのこと」
一華はスマホを取り出すとライトをつけた。その部屋の中で足元を照らしてくれる光はそれだけだった。
コツ、コツ、コツ、コツ……。
一華は部屋の奥に移動すると、壁についている大きな看板のホコリを払った。
「……そっか。そうだったね。……五年前、か」
一華は暗闇の中で、少し笑顔になって言った。
「何度見ても拙い字だなぁ……。そうだ、今年もちゃんと持ってきたよ」
一華はズボンのポケットから小さなガラス瓶をいくつか取り出すと、その中身を手に出して暗闇の中にサッと撒いた。ベッドの横のタンスの中に入っていたものだった。
「こんなのが良いことなんて、やっぱり私にはわかんないや。さてと、それじゃあまたね」
その部屋はまた一華によって閉ざされた。
一華とクワの笑顔で埋め尽くされた夏はゆっくりと姿を変え、ついに終わりを迎えた。一華にとって春の次に好きな季節になった。ふたりのなにもない平凡で幸せな日々は続く。
その日、とある事件が起きるまで。
こんにちは!はとです!
待って、マジでなんで私がこんな速度で書けてるの!?あの1ヶ月なんて余裕で書かない私だよ!?別に細かいところまで固めてたわけじゃないしなんなら定期テスト期間中だしおかしくね?
まぁいっか……。ということで意外と順調に物語が進んでおります!この調子が続くなら近いうちに一華の街に雪が降ってもおかしくないですね。
ラストの“事件”とはなんなのか。次回早速明らかにしますのでお楽しみにっ!
次回「月が貴女を誘うから(仮)」!決闘待機w!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
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それではまた!( *¯ ꒳¯*)ノばいばーい♪