プラマイプラス。その『マイナス』
コンビニを開店して2週間。客足は減ることなく、仕入れた分だけ売れるような状況だ。
これだけ盛況していても客足の総数が増えないのは、交通手段が限られている影響だろう。そもそも客足が増えたところで、稼働しているレジは1台だし売り上げが増えるわけではない。
店の資金は順調に溜まりつつある。問題があるとすればマナの方か。開店して間もないころと比べるとマナのたまりが遅いように感じる。
まあ、初日は未知の商品に対するインパクトがあったのだろう。その衝撃の大きさがマナの増加を促したのかもしれない。ブーストが切れただけで、あとは堅実に稼げばいいだけだ。
さて、連日レジを回してさすがに疲れた。飯前に外の空気でも吸いに行くか。
外に出ると、普通の馬車に比べて、ひときわ大きく、装飾も豪華な馬車が留まっていた。
近くで火を焚いているグループが馬車の主か。今まで見てきた商会連中に比べて見るからに身なりがいい。確かレジでも食料はそこそこに、衣料品や紙、たばこのカートンなんかを沢山買っていったか。
人相が悪く、レジでの態度も結構横柄だったな。感じの悪い客には慣れているが、異世界でも目の当たりにしても腹が立つものはある。
絡まれたらだるいな。と場を離れようとしたときだった。
「いやあ、上質な品が安くで手に入りましたねえ」
「ああ。あとはこれを街に持って帰って売るだけだな」
……は? もしかしてこいつら転売ヤー?
俺は思わず足を止め、そいつらの会話を聞いてしまった。
「コショウや砂糖も、開拓地の畑ができる前に、高値で売りさばいておかないとな。いくらで売れると思う?」
「仕入れ値の5倍でも買うものはおるかと」
「それにしたってこの店の主も馬鹿よのう。こんなに良い品を安値でばらまくような真似をするとは」
は? 高値で売る? ふざけんじゃねえぞ馬鹿共が。
俺は利用客の給料事情をシミュレーションしてその値段に設定してやってんだっての。それを理解せず好き放題言ってんじゃねえぞ転売屋風情が。
死ぬほど腹が立ったが、店で金を払って買っている以上、ほかの客と条件は同じ。
個人として転売ヤーは嫌いだが、店のルールを守っている以上は責める権利はない。
これ以上聞いても毒だ。俺は怒りを抑えながらその場を離れようとしたが、別の会話が耳に入り、そこでも足を止めた。
「しかし、ここに店ができて助かるな」
「ああ。おかげで出発の時に食料を買い込む量が減って助かった」
お褒めの言葉にそうだろうそうだろうと、心の中で相槌を打つも、続く会話に俺は一つの可能性に気が付いた。
(あれ……俺もしかして。この世界の商業を破壊してる?)
別にこの世界に転売ヤーがいようが関係ない。交通手段が限られている中じゃ、他所から珍しい商材を仕入れ、別な場所で売って差益を上げる商売があって当然だ。俺の世界にも輸送業とかあるわけだし。値段つり上げの限度ってのはあるだろうが。
ちゃんと商品の生産者に金が入ればいいわけだ。
……俺が発注に使用したGは、いったいどこに消えているんだ?
使った金が何らかの形で、この世界の貨幣経済に還元されていればいいが、そうなっているとは思えん。根拠はないが、使えば消える燃料のように、どこにも出回らず消えていると考えておいたほうがいいかもしれない。
そうなった場合、俺がものを売って発注をすればするほど、この世界の貨幣の流通量が減って、物価が壊れていくんじゃないだろうか?
それに、出発前に買い込む量が減ったとか喜んでいたが、そうなると俺は間接的に、町の商人たちの仕事も奪っていることになる。
物を売って潤うのは俺だけだ。俺が商品を売っても、この世界の農家やパンや服を作る職人たちは貧しくなるばかり。この世界の経済には悪い影響しか与えない。
もしかして、マナの回収量が減ったのはこれが原因か?
俺が店の壁にもたれながら考え込んでいると、風に吹かれてゴミが店裏の森の方へ飛んで行った。
「ったく、ゴミの管理ぐらいちゃんとしろっての」
パーキングスペースを開放している影響もあり、店周辺にはゴミも目立つようになってきた。開店前と後に毎日清掃しているし、利用者にも呼び掛けているが、全員守るとは限らない。
ゴミを追って森へ入ると、リスのような小動物の死骸が目に入った。
寿命で死んだにしては若いように見えるし、だれかに襲われたような外傷もない。
だが、その動物の口元にポテトチップス包装袋のプラスチック片のようなものが付いていることに気が付いて、俺は思わず息をのんだ。
「誤飲したのか?! 店舗周辺のゴミを?!」
そういった事例が俺の世界でもあるとは聞いていたが、異世界で、それも俺の周辺で起こるとは思っていなかった。
これもマナが減った原因か?
よく見ればところどころに細かなゴミやビニール袋、たばこの吸い殻などがまばらに散らばっている。
死骸は朽ちて分解者の栄養になるだろうが、消化されずに残ったゴミはそのままだ。放っておけばまた同じようなことが起こって、自然に影響が出てしまう。
俺は動揺していることに気が付いて、頭を整理するために店舗の事務所に戻り、考え込んだ。
「何か対策を打たないと——」
と言いかけたところで、そもそも俺のやり方は本当に世界救済になっているのか? という疑問が浮かんだ。
対策云々とかじゃない。そもそもやり方はこれでいいのか?
帰るための条件は。俺の行いで正のマナを生み出し、台座の結晶をマナで満たすこと。
マナをためればいいんだから、別に世界のすべてを救わなくてもいいわけだ。
今のやり方でもマナは溜まる。資金に余裕ができた分、周辺の掃除に人を雇ってもいい。物流を破壊しない程度に発注を調整すればいい。総合値でプラスになればいい。マイナスを可能な限り抑えて、コツコツマナを回収できればいいんだ。
いくら商売敵を作ろうが、そもそも俺が帰るまでの辛抱だ。俺が帰るまで町の商人たちには、少し苦しい思いをしてもらうだけ。
そう。今のままでいい。
俺が帰るだけなら簡単なんだ。
……帰るだけでいいなら。
「……ちっ」
くそ、どうもテンションが上がらない。
帰れればいいじゃねえか。この世界のことなんか知ったこっちゃないんだ。
ああ、あれだ。きっと疲れがたまってるんだ。
申し訳ないけど、明日は店を閉めておこう。列整理の人間たちには連絡を入れておかないとな。
俺はやるべきことをやった後、店の戸を閉め、明日休暇を頂くという内容の張り紙を店前に張った。
そういえば、ルミナに3日ぐらいあってないな。
人間の出入りが増え、見つかるリスクを恐れて食料や物資を渡すのは最低限の機会になったこともあって、毎日のようには会えなくなっていた。
たまにはこっちから食料をもっていってやるか。
俺は人間たちの目につかないように、そっと店を抜け出し、物資を纏めてルミナたちが隠れて暮らす、森の離れに向かった。