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大繁盛

 

「いらっしゃいませー!」


 自動ドアが開くとともに、俺は愛想の良い笑みを浮かべ、気持ちの良い挨拶をした。

 自動ドアに驚きながらも、自分たちの知らないオーバーテクノロジーを目を丸くしながら、異世界人たちは店内を見て回り始めた。


「商品の説明は、各棚横の販促POPをご覧くださーい。袋の開け方や食べ方など記載がございまーす。店舗のごみは店内外のごみ箱へとお願いしまーす」


 俺は神樹精たちにこの世界の文字を教えてもらい、販促用のPOPを各棚に張り付けた。

 神樹精は最初、サンドイッチについていた梱包用のプラスチックまで食べようとしていたから、こういう説明を用意しておかないと、異物を食べて死にかねない。

 それにアイスクリームやレトルトの商品は異世界人にとっては未知の存在だろう。文化レベルを見ていると、水やパンを売るだけで十分商売として成り立つだろうが、稼ぎを上げなければいけない以上、自店にしかない強みは存分に活かす。


「お会計全部で3700Gです!」


 Gは3つの硬貨と2つの紙幣からなる通貨だ。大小2つの銀貨がそれぞれ100Gと10G。そして小さな銅貨が1Gの価値を持つ。そして紙幣が10000G札と1000G札。

 硬貨のサイズが日本円より一回り小さく、5円や5000円に代わるポジションの貨幣がないため会計が面倒だが、それ以外は日本円と同じなのですんなり扱えた。

 俺が爆速でレジを打つ間、店舗外では俺が臨時で雇った、誘導係の人間たちが店舗に入る人数を整理している。彼らには開拓者たちの賃金の平均より、やや上の給料を支払っている。


 商品を買い上げた客たちの反応も上々だ。


「なんだこのパン?! こんなにフワフワなの初めて食べたぞ?!」

「こっちの揚げ物もすごいぞ! まさかこの価格で肉が食えるとは……!」

「水もこんなにキレイなもの初めて飲んだ。今まで飲んでいた水が泥水に思えるくらいだ!」


 レジから見える店内端の方に、俺はイートインスペースを設けていた。レジをしながらでも客の反応を伺うためだ。

 予想は的中。この世界の食や文化のレベルに対し、俺の世界の商品は相当高い水準にあることは明白だ。

 真っ先に客が食いついたのは食料や水だが、身なりのいい服を着た客は、衣類や文具コーナーの商品も買っていく。

 店にあるもの全てが売れるような状態だ。


 そして、俺はオープンの12時から18時まで、ぶっ通しでレジをさばき続け、


「ありがとうございましたー! またの来店をお待ちしておりまーす!」


 閉店時間を迎えると同時、レジのカウンターに倒れこんだ。


「し……死ぬかと思った……」


 レジ打ちに自信はあったが、流石に一人でレジを回すのは無茶すぎたか。

 抑えていた疲労感が一気に開放された。やっぱ6時間立ちっぱは肉体的にもつらいものがある。水分補給は最低限しかしなかったため、喉や腹具合も限界だ。


「ヨスガさん。お疲れ様です。凄い繁盛ぶりでしたね」

「ああ、列の整理ありがとうございます。これ、給料とほんのばかりの気持ちです」


 俺は雇っていた人間たちに給料が入った茶封筒に、お菓子や飲料を添えて渡した。

 予想外のオプションに、驚きながらも喜んだ様子だ。喜びの感情からマナが生まれるなら、こういうところでポイントを稼いでいかないとな。


「会計のときに使っていた不思議な機械、私たちにも使えますか?」

「そしたら会計も手伝えると思うのですが……」

「気持ちだけ受け取っておきます。あれ我が商会独占の技術なんで……」

「そうですか。正直触ってみたかっただけに残念です」


 申し出は願ってもないが、開店初日ということもあり、バックヤードには俺の様子を見に来たルミナが控えている。今後もこういうことは起こりえるし、種族間の仲が悪い以上、スタッフルーム付近やレジカウンターに出入りさせて接触のリスクを作るのも面倒だ。

 俺は彼らに次の勤務の確認をとり、彼らは開拓者たちが住まうテントに帰っていった。


「盛況だったの」


 スタッフルームに戻ると、やや不機嫌そうに眉を寄せたルミナが、事務所の椅子に座っていた。モニターで店内の様子をうかがっていたらしい。


「種の存続のためとはいえ、人間が喜ぶさまを見るのは複雑じゃ」

「そういうな。その人間様がたくさん買ってくれたから粗利が多く出たんだ。しばらくはこの金でお前たちを養うんだぞ」


 故郷を追われたばかりで、衣食住もままならない神樹精たちを、店の売り上げを使って食料や衣服を仕入れ、養う約束だ。

 手段を選ぶ余裕がない以上、文句を言われる筋合いはない。 


 俺はストコンを開き、ルミナたちの食料や衣類などを発注し、纏めて渡した。


「童は皆の元へ物資を届けるが、ヨスガは?」

「あー……俺はやることがある」


 初日は大繁盛。今日の勢いを見るに客足は暫く途切れないだろう。

 だが、すべてが順風満帆に終わったわけではない。


「クソ……もっとキレイに使いやがれってんだ」


 まずは汚れた店内の掃除だ。基本的に農地開拓で働きに来た人間の靴は土まみれで、店内の床は泥や乾いた砂でひどく汚れていた。掃除する暇もなかったが、それにしたって汚い。

 店内外に設置したゴミ箱もひどいありさまだ。自店以外のゴミは持ち込みを一応禁止していたものの、当然きっちり守られるわけもなく、明らかに店外から持ち込まれたゴミがあふれ散乱している。つーか誰だよ、壊れた大樽捨てやがった奴。粗大ゴミだろこれ。粗大ゴミをコンビニに持ち込むんじゃねえ。


 トイレもだいぶ汚された。

 ウォシュレット便座の操作方法は内側ドアに乗せておいたが、読まないアホがいたのか、大便が流されないまま便器に鎮座している。一人流さなかった奴がいたら、後ろの利用者にも連鎖したのだろう。ウンコに直接かかった尿が便器周辺や便座裏に跳ね返り悲惨なことになっている。

 尻を吹いた紙も、流すのではなく、トイレ端に寄せて捨ててあった。てめえのケツを吹いた紙を俺に流させるんじゃねえ。


 それに加え商品が売れた分、棚がスカスカだ。

 発注は異能の力ですぐに行えるものの、陳列は自分でしなければならない。この隙間を埋めるのはかなり時間がかかる。

 ついでに言えばゴミも、店舗裏のゴミ倉庫にまとめて入れておけば、経費を消費して、異能の力で処理してくれるみたいなのだが、ゴミの回収と倉庫にぶち込むのは人の手でやらなければならない。


 なんで俺の異能はかゆいところに手が届かないんだ。魔法で陳列もゴミ処理もちゃちゃっと解決せんかい。


「台座のマナはどうじゃ?」

「ほんの少しだが、わずかに量が増えている」


 まあ、いろいろ異能に関して文句はあるものの、少しずつ元の世界へ蘇るためのマナは溜まっている。便利な能力を引いたのは事実だろう。

 外のパーキングスペースで野営の準備をする商人たちを見ながら、俺はルミナに尋ねた。


「マナってありとあらゆる生物から生み出されるんだろ。俺らが食う肉や野菜も生き物なわけだが、この場合ってマナの増減はどうなるんだ?」


 目線の先では焚火で芋を焼きながら、コンビニで買った食料を食べる商人たちの姿があった。どうやらパーキングスペースで野営するつもりらしい。


 生きていく以上、生き物たちは食ったり食われたり、利用したり利用されたりするわけだ。ある種ほかの誰かを傷つけてマナを得る行為なわけだが、その場合マナの増減はどうなるのだろうか。


「無論、食われる側は恐怖や憎しみといった負の感情を生み出し、そのマナは世界に悪い影響を与える。突発的に起こる自然災害や、魔物がいい例じゃな。人を襲う魔物は負のマナから生まれる」

「じゃあ、食ったり飲んだり、ああやって木を切り倒して薪を燃やしたりって良くないんじゃないか?」

「だが、捕食被食は自然の理じゃ。そういった営みで負のマナを生み出そうとも、その死体は小さき生物や土地の糧となりて、やがて正のマナを生み出すじゃろう。負のマナよりも多く正のマナを生み出す循環ができれば、世界の平穏は保たれる」


 要するに、プラマイプラスになればいいってことね。


「では、童は物資を皆に届けてくる。やることは多いかもしれんが、お主も体を休めろよ」


 そういってルミナは俺が出した食料を袋に包み、人間たちに見つからないよう、そっとコンビニを後にした。


「とりあえず俺も飯にするか……」


 俺は発注しておいた弁当をレンジで温め、カップみそ汁を一緒に添えながら、明日の発注をストコンで入力をし始めた。

 とりあえずスタートダッシュは順調だ。

 このままマナとやらを増やして、元いた世界に帰ってやる。


 ただ、このとき俺は、あくまで『マナをためるということだけ』が順調に進んでいるということに気が付いていなかった。


 それに気が付いたのは2週間ぐらいたった頃だった。


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