世界情勢と、とりあえずの目標
「……勝手に金が減っている」
店の事務所で一晩を過ごし、朝起きて通帳を確認すると、開業資金が減っていた。
理由は通帳に記載されている。
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デンキダイ 9864G
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何もしなければ資金は減るばかり。どうにかして店の資金を増やさなければ、元の世界に帰れなくなる。
というか、世界樹様よ。世界を救ってほしいわりに、俺の異能に制約つけすぎじゃない? ルミナから聞いてた歴代の異能に比べて、明らかに制限が多い気がするんだが。
「ルミナ。Gはこの世界の共通貨幣だって言っていたな。そもそもどいつらが発行しているんだ?」
とにかくまずは商売相手を探さなければ始まらない。
俺が尋ねると、ルミナは「待っておれ」と地図を取り出してきた。
中心にあるのが世界樹様。童たちがいるのがそのお膝元あたりじゃな。世界樹様を中心として、東西南北に大きく分けて異なる4つの種族が治める国がある。Gの発行は4か国間の協議によって、毎年決められた量だけ発行するのじゃ。」
「それぞれ、どんな国なんだ?」
ルミナが周辺に存在する4つの国々を一つずつ指さした。
「まずは東の火山地帯を拠点にする【鋼竜族】と呼ばれる者たちが治める国【ドラガリア】じゃ。珍しい鉱物が多く採れる地での。竜燐族は力も強く、鍛冶が盛んな国となっておる」
「鍛冶か……」
鍛冶、というとドワーフが浮かぶが、この世界ではドラゴンが鍛冶を得意としているのか?
「北の霊峰地帯に住まうのは【有翼族】。そして有翼族が治める国が【フリュンベルグ】じゃな。鳥のような大きな翼が背から生えた、空が飛べる種族じゃ。空を飛べることを生かし、空路での行商を営む物が多いの」
「この世界の主な輸送手段は?」
「主に馬車や荷車を使う。童たちは使わんが」
大型トラックなどの輸送手段がなく、舗装されている道路も限られているなら。確かに空路は便利な輸送手段かもしれない。行商を生業にしているなら、珍しいものを仕入れればたくさん買ってくれるかもしれないな。
「南には【海人】と呼ばれる種族が住んでいる。住処は陸上じゃが、水辺での活動にたけた種族じゃの。珍しい海産物なんかはこのあたりで採れる」
住処が陸上ということは、魚人みたいな種族だろうが?
「そして西。ここが【人間】の住む国じゃな」
ルミナの声が少し低くなる。
「平坦な土地が多く、先ほど挙げた国々と比べると、土地的な特長には欠ける。よく言えば安定はしている。他国の有用な資源をめぐって、馬車を走らせている姿はよく見たが」
「積極的に他国と貿易しているってことか?」
「そうじゃな」
「それなのになんでお前ら襲われたんだ? 世界樹を管理しているお前らを狙えば、人間だって被害を受けるだろうに」
俺の疑問に、ルミナは低くうなりながら答えた。
「……わからん。強いて言うなら、童たち神樹精が管理している土地が狙いじゃろう」
「土地?」
「ああ。世界樹様周辺の土地はマナが濃くての。普通の土地に比べ植物がよく育つ。何百年と前から童たちに、農業用に土地を譲ってくれないか催促があった。それで、要求を拒み続けていたわけだが……」
なるほど、むこうが我慢しきれなくなって侵略戦争をおっぱじめちゃったわけね。
「今までも似たようなことはあったらしくての、童の両親や、先祖様は魔法の力を駆使し、人間を傷つけないように追い返してはいたらしいが、此度、あやつら妙な武器を持っていてな……瞬く間に同胞たちが殺され、命からがら逃げてきたのじゃ」
「他の国は黙ってなかったのか?」
「抗議はしているじゃろうが……、人間よりもずっと交流しておったからのう……。味方になってくれるかはわからぬ」
人間がなぜ神樹精たちを侵攻してきたのか。外の状況や世界の情報を含めて、知らなければならないことが多いな。
だが、やるべきことは見えてきた気がする。
「とりあえずは、情報収集と、お前らに飯を食わすことからだな」
「おお、あの美味なる飯があれば、皆喜ぶの。……しかし、いいのか? お主の異能は際限なく食料を呼び出せるわけではないのじゃろう?」
帰るための条件は、ルミナからも預かった水晶の台座をマナで満たすこと。そのためには、俺の行為で幸福の感情を生み出し、マナを発生させなければならない。
無償で飯を食わせれば、少しずつマナはたまっていくだろうが——
「ちなみに、お前ら、このGとかいう貨幣は持っているのか?」
「あるぞ」
金額の減り方から見るに、G=円とほぼ同レートの通貨と見ていいだろう。この辺は生前の感覚で管理できて助かる部分ではある。
俺の異能はGを消費して、ものを仕入れたり電気代を払ったりする能力なので、飯を食わせるには、物を販売して粗利を上げ続ける必要があるんだが——
「いくら?」
「皆からかき集めて20万Gくらいじゃの」
想像してはいたが、ざけんなバカ。
国家予算=新卒の初任給みたいなやつらを相手に商売が成り立つわけもない。
「し、仕方なかろう! 童たちはあくまで世界樹の管理者! その恵みを利用し私腹を肥やすなどあってはならんのじゃ!」
俺の失望した顔を見て、ルミナが顔を赤くしながら弁明を始めた。
石のナイフとか、木製の槍とかを武器にしたりしているあたり、原始的な生活をしてきたってわけだろ? 他の種族が貨幣経済を営む中で。
立場上仕方のないことかもしれんが、有事の際に備えて、最低限の金銭ぐらいは蓄えたほうが良かったんじゃねえの?
肝心の資金源は、他所から持ってくる必要があるということだ。
「お前らに飯を食わすため、そして外の情報を集めるため、俺はさっきの種族たちを相手に商売をすることにする」
「商売……か。大丈夫か?」
俺が告げると、不安そうに首を傾けながら、ルミナが続けた。
「お主、この世界に来たばかりで、外の世界のことをほとんど知らぬというのに、いきなり商売を始めて利益が出るかの?」
「お前、俺の世界の飯を食って『うまい』って言ったじゃねえか。俺の能力で仕入れた商品は、この世界のニーズにも合致しているってことだろ。確かに、物が良いからって簡単に利益がたつほど商売は甘くないかもしれんが……」
不安そうに眉をしかめるルミナに、俺は不敵な笑みを見せた。
「こう見えても、生前俺はその道のプロだ。スーパーバイザーのコンビニ経営手腕、発揮してやろうじゃねえか」