表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/18

ファンタジー世界で現代経済しろっての?

「見たことのない建物だ……」

「……キレイなガラスの戸」

「ああ、ここまで質のいいガラスは見たことない」

「扉がひとりでに開いたぞ! 何か魔法がかかっているんじゃないか?」


 肩を落とす俺をよそに、異界の住民たちは、俺が召喚したコンビニに興味津々のようだ。


「何やら棚ばっかりならんでおるが、何も物がおかれておらぬの」


 ファンタジー世界に突如現れたコンビニの店舗を不思議そうに見渡しながら、ルミナがなんとなしにつぶやいた。


「救世主様よ。この召喚物はいったい何なのじゃ?」

「便でいいよ。コンビニっつって、俺の世界で食い物とか日用品とかいろいろ売ってる店のこと」

「なるほど、そういう召喚物か。で、その食い物とやらはどこにある?」


 店舗には大型冷蔵庫や、FF総菜を作るためのフライヤー、中華まんを作成するためのスチーマーや焼き芋什器、その他掃除用具や商品棚、チルド什器など、店を運営するためのものは一通りそろっている。が、肝心の商品は1個もなく、店内はひどく閑散とした様子だ。


「よくわからんが、ないなら揃えるしかないだろ」

「どうやって?」

「俺の世界じゃ、事務所にあるコンピューターから、売りたい品を発注してだな——」


 そこまで言いかけたところで、俺はバックヤードへと足を運び、事務所のドアを開けた。


「あった、ストコン」


 ストアコンピューター、略してストコン。店舗のデータを見たり、欲しい商品を発注したりするためのパソコンやタブレット。現代コンビニの運営を支える大事な基盤となる備品の一つだ。


 俺はサイドにある電源スイッチを押すと、モニターに見慣れたメニュー画面が表示される。

 見たことのない画面を食い入るように見つめながら、俺の周囲にルミナたちが集まった。


「ヨスガよ。これは……これはなんなのじゃ……?」

「まじかよこれ……」


 表示された発注画面をみて、ルミナたちは興奮した様子で唾をのみ、俺は安心半分、解せない気持ち半分で画面を見て額を抑えた。


 まず表示されたのはコンビニの中食にはかかせない【おむすび】の発注画面だ。おむすびとは当然ライスボールのことである。

 鮭、昆布、梅、ツナマヨといった定番の具材はもちろんのこと、期間限定で取り扱っていた高単価おむすびや、地域限定販売のおむすびまで発注画面に存在している。


 まあ何が問題って、これが異界オリジナルの商品とかじゃなく、サイズや包装紙など、何から何まで、俺が生前働いていたブランド商品そのまんまなわけで。

 自社製品だけならともかく、スナック菓子のページを開けば、湖〇屋だの、カ〇ビーだの。酒のページを開けばア〇ヒだのキ〇ンだの、いろんなメーカーの既存商品がたくさん出てくる。


 俺はおにぎりやサンドイッチの数を適当に入力し、発注確認ボタンを押した。


 すると売り場の前が光に包まれ、注文した商品が配送用のバットに入れられて突如として現れた。


「ヨスガよ、これは……」


 ああなるほど、そういう異能ね。

 仕様を理解した俺は、おいおい、と呆れた息を吐いた。


「どうやら、お主の世界のものを呼び寄せる異能のようじゃな。歴代の異能と比べかなり異質じゃが、なかなか面白いではないか。……ところでヨスガよ」

「……何?」

「これ……食っていいかの?」


 期待のこもったまなざしでみんなが俺を見つめてくる。物欲しそうになった腹の音が皆の食欲中枢を刺激した。


「いいぞ、別に」


 俺の言葉を聞いた皆が、一斉に食料へと群がった。

 堤のプラスチックごとサンドイッチをほお張ろうとした奴らを見て、「(つつみ)はとってから食えよ!」と慌てて俺がフォローに入る。


「美味しい! こんなの初めて食べた!」

「まともな食事だって久しぶりなのに……こんなにいいものにありつけるなんて……」


 コンビニのおにぎりやサンドイッチを食べた神樹精(ドリアード)たちは、目に見えて表情が明るくなり、中には安堵のあまり涙を流すやつまでいた。


「お、なんだかまんざらではなさそうじゃの」

「……自社製品だからな。良く言われりゃあ、社員は喜ぶんだよ」


 おいしそうに食事をとる神樹精(ドリアード)たちを見て、思わず穏やかな笑みを浮かべた俺にルミナが突っかかってきた。

 少し恥ずかしくなった俺は、そっけない態度でルミナをあしらった。


「お主が終わったと叫んだときは、どんな外れを引いたのかと心配になったが、なかなか便利な異能ではないか」

「世界を救えるかどうかに目をつぶればな。この力でどうやって救世すればいいんだよ」

「そう悲観するでない。早速成果が表れておる」


 ルミナが神々しい木の台座に取り付けられた水晶を取り出した。


「底にほんのりマナが輝いて見えるじゃろう」

「……? 確かに何やら光っているが」

「今の行いで、童たちに幸福の感情が生まれた。それをもとにマナが生み出され、世界樹様に還元される。そのマナの一部をためておくための台座なのじゃ」


 マナが何かはよくわからんが、水晶の底には水滴のような光輝く物質が生成されている。

 いったいこれがなんだというのか。

 首をかしげる俺にルミナが続けた。


「この水晶にマナを満たし、世界樹様にささげることで、世界樹様は十分な回復を遂げることができる。そうなれば世界樹様が礼として、お主をもとの世界によみがえらせてくれるのじゃ」

「なるほど、それで俺が元の世界に帰れるわけか」


 水晶を受け取り、しばらく俺は考え込んだ。


 俺がもらったのは、俺の世界のコンビニ店舗とその商品を、召喚することができる異能。

 帰れる条件は、俺の行いで世界に幸福の感情を生み出し、水晶にマナを満たすこと。


 で、空腹のときに美味しいものを食べたりするだけでもマナがたまるのだから……








 ……あれ? ひょっとして俺、簡単に帰れる?








「もしかして俺、とんでもない当たりを引いたのでは?」


 詳しくは知らんが、こういうのって、なんやかんやで魔王だなんだの倒してくれとか、世界を滅ぼすモンスターを討伐してくれだの、平和な世界で生きた現代人が、突然戦場に放り込まれるとかいう地獄みてえな展開になるんじゃなかったっけ?


 それが何? 商売するだけでいいの? 俺がよく知っている商品を使って?


「いいぜ。そんなぬるい条件でいいなら、世界なんて早々に救ってやるよ」

「本当か?! しかし、歴代の救世主様も手こずっておった救世の試練を、そんな簡単にクリアできるかの?」

「ばーか、こんなチートもらっちゃ余裕も余裕だ。何せ、制限なく俺の世界にあったものを仕入れられるんだ。実質制限なしに、無から食い物や水を生み出す異能。これで達成できなきゃ相当な間抜け——」


 と言いかけたところで、余裕ぶっていた俺の顔面に、ペシッと音を立て何かが飛んできた。


 この見慣れた長方形の冊子は……通帳?


 俺は茫然としながら、通帳を開いてみると、


 ~~~~~~~~~~~~


 カイギョウシキン   10000000 G

 ハッチュウダイ     -15020 G

 ========================

 ザンキン   9984980 G


 ※資金が0Gを下回ると、異能と元の世界へ蘇る権利を失います。

 ~~~~~~~~~~~~~



「………………」

G(ゴールド)はこの世界の共通貨幣じゃな。どうかしたか?」


 ルミナは日本語の部分は読めないので、通帳に書かれている数字や文字の意味が分からないらしい。

 不思議そうに俺を見上げてくるルミナに背を向け、俺は怒りのままに叫んだ。


「ファンタジー世界で現代商売やれって言うんかい‼」


 残金0=死確定。

 さんざん魔法みたいな現象見せておきながら、こんな現実的な仕様はあんまりだろう。

 俺の苛立った叫びが、店内放送が流れるフロアに響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ